Bさんの場合

 離れて暮らすお母さんから電話がかかってきて、私は着信画面を見ただけで泣きそうになってしまった。

 ビデオ通話だったので、お母さんとお父さんが並んで座っている映像がスマホに映った。向こうも泣いていた。

「あなた達の娘に生まれて幸せでした」と言った時、「愛してる」と言われた時、「俺の娘に生まれてきてくれてありがとう」と言われた時。

 一言一言を反芻はんすうして、ああ、みんな死ぬんだ。と少しずつ噛み締めた。

 電話を切る時、「身体に気をつけてね」とはもう言われなかった。こっちも「またね」とは言えなかった。

 これが、最後だから。

 後から後から流れてくる涙は止まらない。

 そこでようやく、死にたくないなあと思った。まだまだ生きて、いつしか結婚して、可愛い子供を抱いて、平凡だけど暖かい人生を歩みたかった。

 昨日まで疑っていなかった私の『これから』は、ただの幻想。

 ああ、どうしよう、と私は焦った。誰かと喋っていないと不安だけど、誰とも話したくないような気もする。

「死にたくない」と口に出して言ってみた。

 それしか考えられなくなった。

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 大事な人達の顔が次々と浮かんでは消える。

 本当は一緒に、生きていきたいのに。

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