大ピンチ

 ハースの身体は光と電子とイオンに変わり、大気に飛び散った。

 光は真昼の太陽よりも眩しく煌めき、電子は稲光よりも激しく飛び散り、イオンは兵器の如く破壊を撒き散らす。閃光としてハースが完全に霧散した後、そこには爪で抉ったような痕跡を幾つも残した、不気味なクレーターが出来上がる。

 クトーラはその中心にいた。抱き締めるような体勢でしばらくじっとしていたが、やがてその触腕をゆっくりと広げる。


【……………シュ、ウゥッ】


 そして力尽きるように、大地に倒れ伏した。

 放電はクトーラ族最大の威力を持つ必殺技だ。だが、迂闊に使う訳にはいかない切り札でもある。

 というのも放つ電力があまりにも強過ぎて、クトーラ自身も感電してしまうのだ。それは単に痛いというだけでなく、体細胞に含まれる金属元素が必要以上に磁化して身体の動きを妨げたり、刺激を受け続けた神経が鈍くなった結果麻痺が起きたり、全身が焦げたり……色々と不具合が生じる。

 身体へのダメージは時間があれば回復可能だが、技を使った直後では身動きも出来ないほど深刻である。万が一にも敵が生きていたなら、逆に追い詰められてしまう。絶対に仕留められる、ここぞというタイミングでなければ使えない。

 また大量の電気を生み出すべく、酸素も相応に消費している。呼吸で確保出来ない状態だったので、身体の水分から無理やり作り出した。今のクトーラは極めて重篤な脱水状態に陥り、酷い目眩と吐き気に襲われている。口から胃液がどろどろと流れ出し、大きな目玉の焦点が定まらない。

 しばし休息が必要だ。一息吐いたら一度海に戻ろう。そう考えていたクトーラは、一つ重要な事をうっかり忘れていた。

 この世界には、もう一つの『強敵』がいる事を。


【……………シュゥ?】


 地面に伏したクトーラは、ふと、違和感を覚える。

 空から、妙な音がする。

 鳥の鳴き声ではない。風の吹く音でもない。妙に甲高くて、それでいてこっちに向かってくるような音。聞き覚えはあるのだが、はて、これは一体なんだったか――――

 考え込んでいるうちに、音はクトーラのすぐ傍まで接近……いや、激突。

 


【シュゥオオッ!?】


 突然走った痛みに、クトーラは大きく呻いた。それと同時に霞がかっていた頭が幾分晴れ、故に空に目を向けようという判断が行える。

 大きな目玉が捉えたのは、空を飛ぶ三つの影。

 『戦闘機』だ! クトーラを攻撃してきたのは、人間達が操る戦闘機、そこから放たれたミサイルだったのである。

 そしてこれを合図とするように、今度は地平線から砲弾が飛んできた。

 何時の間に来たのか。クトーラがいるクレーターの周りを、ずらりと囲うように戦車が並んでいる。それらが倒れているクトーラに砲撃してきたのだ。

 次々と飛んでくる砲弾はクトーラの身体に命中。鋭い針に刺されたような痛みをクトーラにもたらす。

 ――――人間達は自分とハースの戦いを見て、一網打尽にしようとするだろう。

 これはハースと戦い前に、クトーラが考えていた人間側の作戦である。その予想は見事的中していた。

 クトーラは知る由もないが、今、クトーラの周りには人間の軍隊が集結している。それも此処フィリピンの軍だけではない。米国、中国、ロシア、日本、NATO……様々な国や組織の軍隊が集結している。戦車や歩兵はフィリピン軍が主体だが、高速で飛べる航空機には海外の軍隊が多い。フィリピン以外の軍は、急いで駆け付けた事が窺えるだろう。また普段であれば反目し合う者達すら協力体制を敷いている状況だ。クトーラ(及びハース)という脅威を前にして、人類は一致団結していたのである。

 そしてクトーラにとって大問題なのは、この総攻撃が極めて有効な事。

 ハースを討ち倒した放電現象により、クトーラは全身の細胞に含まれている金属元素が磁化していた。これにより金属元素同士が互いに引き合い、細胞内で小さな塊を作っている。クトーラの身体は本来電磁防壁など張らずともミサイルに耐えるほど頑強だが、それは細胞が金属元素を含み、鎧のように頑強だったからに他ならない。この金属が一箇所に集まってしまった事で、細胞全体としては柔らかくなってしまっていたのだ。

 今のクトーラは一般的なイカよりちょっと丈夫なだけ。ミサイルや戦車砲でも十分傷付く。ましてや核兵器を投下されたならどうなるか。

 電磁防壁を展開出来ればなんとでもなるが、そのためには大量のエネルギーが必要だ。ハースが消えた事で周りの酸素は徐々に戻りつつあるが、未だ酸素濃度は薄い。そして身体は脱水状態。こんな疲弊した状態では、とても電磁防壁の再展開など望めなかった。

 このままだと人間達に討ち取られる。そう予感したクトーラは、即座に決断した。

 逃げるべし、と。

 戦い好きの誇り高き種族なのに逃げるのか? 人間ならばそう思うかも知れない。しかしクトーラ族はそうであるのと同時に、野生動物に近い性質を持つ。好んで戦いはするが、負けを認められず命を粗末にする事はしない。人間の奇襲攻撃を卑怯だと思わないように、そこから逃げ出す自身や相手を臆病だとは感じないのだ。勿論、逃げる自分の背に攻撃してくるのは、正当な攻撃だと考えている。

 よって全力で、一切の容赦なく、逃げる。


【シュゥオオオオオオオオオオオオッ!】


 渾身の雄叫びを発し、クトーラは挨拶代わりの電磁波を放つ!

 極めて強力な電磁パルス。これで人間の兵器を無力化、と言いたいところだが、一部兵器を除いて効果はない様子だ。

 人間達も電磁パルス攻撃の存在は(あくまで人間が繰り出す想定だったが)、クトーラ出現以前から知っていた。そのため対策は研究されており、兵器にも搭載されている。それでも体調万全のクトーラならば力押しで無力化出来たが、今の彼の電磁パルスにそこまでの出力はない。

 しかしクトーラは動じない。元よりこの電磁パルスは攻撃のために放った訳ではないのだから。

 『挨拶』を終えたクトーラは触腕を大地に突き刺し、身体を引きずって前進する!

 三本の触腕を縦横無尽に動かし、土煙を上げながら進む姿は、飛行するよりも獰猛な雰囲気を人間達に感じさせるだろう。だが、その速度は精々時速八十キロ程度。普通に飛ぶ方が速いし、引きずらないので身体も傷付かない。つまりこれは飛行するだけの体力がない故の、苦し紛れの移動法に過ぎない。

 人間達が気圧されたのは一瞬だけ。クトーラの状態が良くない事を見抜いたのか、すぐに戦闘機と戦車からの攻撃が再開された!


【シュ、シュゥウウオオオアアッ!】


 撃ち込まれるミサイルと砲撃により、クトーラの身体から血肉が飛び散る。致命的な傷ではない。だが確かなダメージに、クトーラの闘争心が湧き立つ。

 反撃として繰り出すは、得意技である高出力金属原子砲。触腕の一本を差し向け、クレーターの縁に並ぶ戦車に向けて撃ち込む。

 亜光速の粒子の反応により起きた核爆発が、戦車を巻き込む大爆発を起こす。ところがその半径はほんの数十メートル。疲弊しているがために、大きな力を出せなかったのだ。直撃した戦車は跡形もなく消え、巻き込んだ車両は粉々になったが、数にしてほんの二〜三両。クレーター縁に並ぶ戦車は何百もの数があり、たった数両破壊しても砲撃の激しさは殆ど変わらない。

 これでは戦車を掃討するよりも、体力が尽きる方が早い。それに電磁防壁を展開出来ない今、核ミサイルに対処する術は高出力金属原子砲で撃ち落とす事のみ。あまり無駄撃ちは出来ない。


【シュオォォォォ……!】


 クトーラは砲撃を無視して前進を続行。並ぶ戦車達が後退を始めたが、それも無視して突撃していく。触腕の下敷きになった戦車が一両爆散し、されどクトーラはそれに見向きもせずに突き進む。

 手痛い攻撃を無視して進む様はがむしゃらにも見えるが、クトーラは理知的に進むべき方角を定めている。

 クトーラが目指す先にあるのは、海だ。クトーラにとって海は棲家であり、本来の活動空間。地上の生物である人間を振り切るには、水に潜るのが一番確実である。

 幸にしてフィリピンの首都マニラは海沿いの都市。全速力に程遠い速さでも、海までの距離が遠くなければ短時間で辿り着く。

 ハースとの激戦区から少し離れた位置である海沿いには、まだビルが残っている。クトーラの巨体はそのビルを押し退け、蹴散らし、海までの道を切り開いた。無論、その中にいる人間の事などお構いなし。道路も建物も通り道にあるものは全て引っ剥がす。

 もうすぐ海に辿り着く。だが、クトーラはその事に安堵せず、むしろ気持ちを引き締める。

 目覚めてからずっと戦ってきたから分かる。人間の優れた知能ならば、自分が海から来た生物であり、何かあれば海に逃げ込む三段なのは読まれていると。

 海沿いに戦車と歩兵がずらりと並んで待ち構えている事は、クトーラも想定していた。想定していたが、それでも顔が歪むぐらいには厳しい状況なのだが。


【シュ、ゥギゥウウ……!】


 まるで豪雨の中のように、無数の砲弾と縦断がクトーラに襲い掛かる! 今のクトーラにとっては銃弾でも防ぎきれず、クトーラの身体は僅かながら抉れて傷が出来る。皮一枚程度の傷も繰り返せば深手となり、体液が滲み出る。

 全身から青い体液を流すクトーラは、しかしその身に力を滾らせていく。何故なら視界内に海の青さが見えてきたから。ゴールが迫ってきたのであれば、もしもに備えて力を温存する必要はない。


【シュゥウオオオオアアアアアッ!】


 猛り狂った叫びと共に、クトーラは触腕の一つから高出力金属元素砲を撃つ!

 ただし此度放ったそれは、扇のように拡散させたものだ。面積当たりの威力は著しく下がるが、しかし生身の人間や機械相手ならこれで十分。淡い光を浴びた人間と機械は小さな核爆発を起こし、身体や車体の一部が弾け飛ぶ。戦車は機能不全に陥り、人間は無惨な死を遂げる。

 広範囲の人間と兵器を一層し、その中を辛うじて生き延びた輩は踏み潰し、クトーラはついに海に辿り着く。渾身の力で身体を浮かせ、這いずった勢いのまま飛び込んだ。

 一週間ぶりに味わう水の感触。出来ればこのまま浸っていたいが、流石にこの浅瀬でそれをやるのは間抜けというもの。人間の生活空間から遥かに離れた深海を目指し、身体から生える四枚のヒレを動かして泳ぐ――――

 最中、突如クトーラの周りで爆発が起きる!


【シュォアッ!?】


 これにはクトーラも驚愕。混乱から動きが鈍ってしまう。

 クトーラを襲った爆発の正体は、人間達が仕掛けた機雷だ。クトーラにしろハースにしろ、生き延びた方が海に逃げ込む事態を人間達は予期していた。そのため逃げ道に機雷を設置しておいたのである。クトーラはまんまとその罠に引っ掛かったのだ。

 機雷の威力は凄まじく、ミサイル以上の打撃をクトーラに与えた。傷付いた身体から多くの体液が流れ出し、ただでさえ衰弱した肉体が更に弱っていく。

 しかし人間達の攻撃の手は緩まない。

 遠くから、何かが近付いてくる音がする。なんだ? とクトーラが思ったのも束の間、それはクトーラの側面を直撃。大爆発を起こし、クトーラに更なる打撃を与えてきた。


【シュオゥゥ!?】


 またしても起きた爆発。しかも今度は遠くから飛んできた。困惑するクトーラに、次は反対側で爆発が起きる。皮膚が傷付いただけでなく、ついに傷だらけの触腕が一本千切れてしまう。

 何か不味い状況にあるのではないか。そう思ったクトーラは電波エコーを展開し、自身の予感が正しい事を悟る。

 クトーラは今、人類の海軍に包囲されていた。

 海中には何十という数の潜水艦が存在し、次々と水中を飛ぶ武器……魚雷を撃っていたのだ。更に海面にも駆逐艦や巡洋艦が多数展開し、クトーラ目掛け対潜ミサイルを射出。何百ものミサイルがクトーラに迫っている。

 クトーラは海中に逃げ込めば、もう人間達の手は届かないと思っていた。だが、それは甘い目論見だったらしい。人間達の技術はクトーラが思っていたよりも進んでいて、水中でも戦う力を失わないようだ。


【シュ、シュウゥゥゥ……!】


 電波エコーから得た情報が正しければ、全方位からミサイルや魚雷が迫っている。幾度となく攻撃を受け、ボロボロになった今のクトーラの身体ではこの猛攻撃を耐える事が出来ない。仮にこの攻撃を耐えたとしても、周りに潜水艦と戦闘艦がいる限りいくらでも再攻撃は可能だ。

 どうすればこの状況を切り抜けられる? 思考を巡らせ、自分の状態を鑑みて……クトーラは決断を下す。

 残り少ない体力を振り絞る。全身の細胞から電気エネルギーを作り出し、体表面に溜めていく。金属が偏った細胞は上手く電流が流れず、余計なところまで『感電』。全身からぶくぶくと白煙が昇り始めたが、それでもクトーラは発電を止めない。

 弱りきった身体では少しずつしか力を生み出せない。電波エコーでミサイルの位置を確かめ、限界まで引き寄せて――――間近に迫った瞬間、クトーラは溜め込んでいた力を開放した!


【シュオアアアアアアアアアッ!】

 

 全身から放出したのは、電気エネルギーにより加速した亜光速の粒子。水分子と激突を起こした粒子は崩壊し、強烈な光エネルギーを生み出す。

 強い光エネルギーは物理的衝撃を伴い、ミサイルや魚雷の装甲を凹ませる。更に物理的打撃により生じた熱が、ミサイル内の爆薬を着火。クトーラに着弾する前に爆破し、ダメージを防ぐ。そしてその輝きは、海中のみならず海上すら白く染め上げた。

 クトーラ族の最終奥義『体内放射光』だ。尤も最終奥義呼ばわりな理由は、逃げる時しか使い道がないため。全方位に拡散するエネルギーに強敵を打ち倒す力はなく、目眩ましが精々である。

 しかし人間の兵器相手なら、これでも十分対処出来る。勿論目眩まし効果により人間達の目は一時的に潰れ、周囲の認識を難しくした筈だ。見えなくなった今のうちに、海の深い場所に潜ってしまえ。

 クトーラのそんな目論見は、残念ながらまたも失敗する。確かに海上を浮かぶ戦闘艦には、強烈な閃光は効果的に働いた。されど潜水艦は元々ソナーやレーダーで海中を見通しており、眩い光を放っても船員は気付きもしない。

 海中を潜るクトーラを、潜水艦達が追跡してくる。潜水艦の移動速度は六十〜八十キロ程度。対して今のクトーラの遊泳速度は七十キロ以上。簡単には追い付かれないが、引き離すにはまだ足りない。

 追跡してくる潜水艦達から、新たな魚雷が放たれた事をクトーラは電波エコーで察知。魚雷の速度は時速二百キロを超えており、これを振り切るのは不可能だ。しかしもう、身体に電気エネルギーを作り出す余力はない。

 だが、それでもクトーラにとって海はホームグラウンドだ。例え電気を作り出せずとも、海であればいくらでも戦う術はある。


【シュゥオオオオオオオオッ!】


 クトーラは身体を高速で回転させ始める。この時胴体にある四枚のヒレを小刻みに動かし、細かな水流を無数に引き起こす。

 生じた水流はさながら小さなミキサーのように、触れたものを引っ掻き回しながら切り裂く。

 迫りくる魚雷であろうとも、クトーラが作り出した波の前ではバランスを崩す。大きく傾き、他の魚雷とぶつかった衝撃で爆散。衝撃や破片で他の魚雷も次々と爆発する。これで何十という数の直撃は回避した。

 それでも全ての魚雷を潰せた訳ではない。難を逃れた魚雷が二発、クトーラの身体に着弾する。


【ジュギィイッ……!】


 魚雷によるダメージで、クトーラのヒレが一枚、原型を留めないほど形が崩れた。

 傷口から溢れ出る体液。だが、それよりも大きな問題がある。ヒレを失っては、もう水流を起こせない事だ。まだ三枚残っているが、先程より無効化出来る魚雷は格段に少なくなる。泳ぐスピードも落ちてしまい、もう振り切る事は出来ない。

 動きの鈍ったクトーラを、潜水艦達は再び包囲する。今度こそ絶対に逃さないとばかりに距離を詰め……追撃の魚雷を放った。

 流石に、クトーラにこれ以上力は振り絞れない。

 細胞が硬さを失い、水流も電気も生み出せない今のクトーラは、ただの巨大なイカだ。魚雷の直撃を受ければ、胴体に大穴が空いて大量失血や臓器の欠損など、生命に関わる重症に至るだろう。宿敵ハースとの戦いで弱った状態ではあったが、それでも人間はクトーラをここまで追い詰めた。強いモノには敬意を払うのがクトーラ族。クトーラも人間達に敬意を示し、感嘆と祝福の眼差しで見つめる。

 この勝負、人間達の勝ちだ。クトーラもそれを認めた。

 ――――ただし、クトーラの敗北は、彼の死を意味しないが。


【シュブブププ】


 。そう思いながらクトーラは、体液中に含まれる僅かな金属を体表面に集める。集められた金属元素は細胞の働きで結晶化……巨大な『鉄塊』をクトーラの頭の中に生み出した。

 瞬間、クトーラの身体が海中目掛けて急速に沈んでいく。

 クトーラは力を込めていない。というより金属の塊を作り出したところで、ほぼ全ての力を使い果たした。今や息をするだけで精いっぱい。にも拘らずその身体は時速三百キロ以上の速さで海底に沈んでいく。

 突然の、しかも猛攻を受けてボロボロにも拘らず生じた加速に、人間達は戸惑いを覚えた事だろう。それでも即座に潜水艦は、放った魚雷と共にクトーラの後を追うように近付いてくる。

 弱った相手を逃すまいとするのは、悪い手ではない。だが此度の人間達は結果的に焦り過ぎた。

 クトーラに近付いた途端、それらの兵器は強烈な電波障害を引き起こしたのだから。

 精密機器は不調を来たし、外壁は歪み、次々と破損していく。軽度のうちに咄嗟に引き返した潜水艦は難を逃れたが、判断が僅かに遅れたり、手柄を求めて深追いした潜水艦は電子機器が物理的に潰れて破損してしまう。航行不能に陥った潜水艦、それと機能停止した魚雷は、潰れながらクトーラと共に海底へと沈む。そこに生きた人間がいようがいまいが、お構いなしに。

 潜水艦に襲い掛かった異常事態。その原因は、クトーラを加速させた力――――強力な磁力によるものだ。

 沖合まで出てきたクトーラは知っていた。ごく狭い範囲にだけ、強力な磁力が展開されている事を。クトーラは身体中から集めた金属を用い、その磁力に引き寄せてもらったのだ。潜水艦や魚雷が破損したのも、この磁力により金属部品が引き寄せられ、装甲や電子機器が歪んだ結果である。

 そしてこの磁力は間もなく消える。人間達が後から調査に向かっても、痕跡は何も残らない。

 何故ならこの磁力は、『仲間』の一体が生み出しているものだから。

 クトーラとハースの戦いにより、近くにいた仲間が目覚めていたのだ。遠くから観戦するだけで、地上に現れる事はなかったが……クトーラが死物狂いで発した救援要請電磁パルスに応え、磁場を生み出してくれていた。深海に辿り着くまでは誘導してくれるだろう。


【シュウゥゥゥゥゥ……】


 仲間がいなければ死んでいた。そう考えながら、クトーラは海底深くに潜っていく。

 勝者である人間達を完全に振り切り、傷を癒やすべくの居場所へと戻るために。

 その心に感動と感謝、そして『闘争心』を燃え滾らせながら……

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