必殺技
クトーラの頭を掴んでいたハースは、その手で異変を感じ取っただろう。
クトーラの身体が、徐々に冷たくなっていると。
最後の悪足掻きをしようと、細胞のエネルギーを温存しているのか? 等とハースは思ったかも知れない。しかし、だからなんだと言うのか。どれだけ抵抗しようと、酸欠と水分不足でクトーラは十分な力を出せないのだ。大した技など繰り出せまい。むしろ時間を与えて、何か技を繰り出す猶予を与える方が危険だろう。
下手に警戒するより、早期決着が好ましい――――そう考えたと、頭に加わる力が強まった事でクトーラにも伝わる。
クトーラは思った。実に好都合だ、と。
残った力を振り絞るように、クトーラは三本の触腕をハースに巻き付けた! 首と腕二本にしっかりと、簡単には解けないよう念入りに。
【フィイ……?】
クトーラの行動に、ハースは怪訝そうに顔を顰める。こんな貧弱な力で自分を倒せる筈がない、こんなしっかり巻き付けたら一旦距離を取る事も出来やしない。そう言いたげだ。
この時点でクトーラは自分の勝利を確信した。
このハースは、クトーラ族との戦いを経験した事がない。クトーラ族が眠りに就いた後に生まれたのか、戦いのない地で育ったのか。いずれにせよクトーラ族について知らないからこそ、こうも暢気でいられるのだ。
追い詰められたクトーラ族に密着される事は、死を意味するというのに。
【シュォォォォォォォォ……】
唸るような声を絞り出すクトーラ。その身体の表面に、バチバチとスパークが迸る。
攻撃を受けて苦しんでいた時と同じもの、ではない。ハースの攻撃を受けていた時のそれは、無理をした細胞が破損した時に生じていた。故にスパークが走った部分には小さな傷が出来ている。だが、今のクトーラが発しているスパークは、小さな怪我すらも生じさせていない。
更にスパークは時間と共に激しくなり、絶え間なくクトーラの身体の表面を流れていく。そしてその電気は、掴んでいるハースには流れていかない。流れようがない。ハースの身体には空気防壁……強力な絶縁体があるのだから。
流れたスパークは、クトーラの体表面に吸い込まれるように消えていく。正確には、ような、ではない。金属分子を多分に含むクトーラの身体は電気を通しやすく、スパーク……大気中に放出された電流の新たな通り道となっている。
放たれた電気が逃げずに身体へと戻るのだから、その身体にはどんどん電気が溜まっていく。
数十秒もすれば、クトーラの身体は漏れ出る電気により煌々と輝いていた。
【フィ……ギ……】
ここに来て、ようやくハースは危険を察した。何か不味いと思ったようで一度離れようとする……だが、もう手遅れだ。クトーラが巻き付けた触腕が、ハースの動きを封じるのだから。
そのハースにクトーラは、自ら近付いて密着する。最大最後の『奥義』を繰り出すために。
――――クトーラはこれまで、様々な技を披露してきた。
電磁防壁。高出力金属原子砲。電磁トラクタービーム……どれもこれも電気を変換して使った技だ。いずれも人間の文明では成し得ない高出力を誇るが、しかし肝心な事を忘れてはならない。
エネルギーというのは、変換を経ると損失が発生するのだ。
より正確に言うなら、熱に変わってしまう。人間文明でもこの性質は大きな問題と認識されており、例えば電線を通る時にも多量の電気が熱に変わって失われている。この損失を少しでも減らそうと、様々な研究が行われ、技術も進歩した。しかしそれでも、未だただ電気を送るだけで三・四パーセントの電力が失われている。
それはクトーラも同じだ。彼が今まで作り出した電気も、電磁防壁や高出力金属原子砲のエネルギーに変わる度、一部が熱に変わっている。その熱は体温維持などに使っていたため、決して無駄になっていた訳ではないが、『攻撃』という用途に使い切れていなかったのは間違いない。故に最大発電量と最大出力には、大きな開きがあった。
その開きをなくす方法は、簡単だ。変換すると損失が発生するのだから、変換を一切行わなければ良い。
クトーラの身体が冷めていったのは、電気の変換を止めたため。身体の中で作り出した電気を可能な限り放出せず、うっかり漏れ出たスパークは即座に回収し、身体の中に溜め込んでいく。今のクトーラの身体には、純粋な電気エネルギーがぎっしりと溜め込まれている。
クトーラ自身、今にも爆発しそうなほどのエネルギー量だ。直撃を受ければハース族といえども耐えられるものではない。
【シュォアアアアアアアアアアアッ!】
猛り狂った叫びを上げ、クトーラは電撃を解き放った!
天然の雷はおろか、人間が使う原子力発電所すら悠々と超える大電力が放出。それは密着した状態のハースに、直に注ぎ込まれていく!
【フィ、フィイィイイイッ!?】
ハースが悲鳴染みた声を上げた。彼の身体は空気防壁に守られている。空気は絶縁体であり、本来は電気を通さない。だが絶縁体はある一定の電圧を加えられると、絶縁体として振る舞う事を止めてしまう。
空気防壁も同じだ。クトーラの攻撃を防げず、貫通した電撃がハースの身体を駆け巡る。ダメージを負い始めたハースは逃げようと藻掻くが、クトーラの三本の触腕がその身を掴んでいた。離れられなくなったのは自分の方だと、今になってハースは気付く。
これまでクトーラがこの技を使わなかった理由は二つあり、その一つは制御が全く出来ない事が挙げられる。放った電流は流れやすい方に勝手に進んでいくため、一メートルすら真っ直ぐ飛んでくれない。なのにクトーラ達の大きさでは、百メートルもあれば至近距離。この距離ですら何処に飛んでいくか分からない技を、通常の技として採用する事は出来ない。今まで高出力金属原子砲という形に変換していたのは、無制御な電気を、直進する原子にするためだったのだ。
無論そんな弱点はクトーラ自身も把握している。わざわざ触腕を絡めたのは、身体を密着させ、そして敵を逃さないため。
ハースは藻掻いて触腕を振り解こうとしたが、残る三本の腕はぐるぐるに巻き付いている。根本から引き千切られない限り纏わり付くのは止めず、そして一本一本根本から引き抜くには、ハースと言えども時間が掛かってしまう。
その時間を惜しめば拘束は解けず、ハースは逃げられない。
【フィ、フィギ、ギ、ギビ、ビ、ビ……!?】
電流を受け続けていたハースは、やがてその身体を痙攣させ始める。空気防壁が分解され、肉体に大量の電気が流れ始めたのだ。
そしてこれが、ハースにとって終わりの始まりだ。
超高出力の電流は、単に物体を『予熱』で焼くだけに留まらない。超高出力の電気エネルギーにより、体組織内の物質が崩壊を始めるのだ。原子が崩壊すると、その残骸である電子やイオン化した元素が、電気エネルギーにより加速して飛び出す。それら小さな粒が持つエネルギーは周りの原子も破壊し、新たな崩壊を引き起こす。連鎖反応は止まらず、範囲は拡大していくばかり。
クトーラ族最大の『必殺技』――――放電。単純だからこそ、これまで発現させてきたあらゆる技を凌駕する高出力の奥義は、ハースの肉体を原子レベルで蝕んでいく。ハース自身自分の身体がどんどん壊れていくのを感じたのか、一層強く四肢を暴れさせたが、クトーラはこれを逃さない。むしろ更に触腕に力を込め、身動きを封じていく。
【シュオオッ!】
最後に一際強く、クトーラはハースを抱き締める。
クトーラの放電現象は、ついにハースの身体の一部をイオン化させた。連鎖反応は加速し、ハースの全身に瞬く間に行き渡る。核爆発にも耐えた身体が光り出した、その時にはもう勝負は決している。
光がハースの胸から噴き出す。
噴水のように溢れたそれは、電子とイオンの流れ。分解された身体の一部が変性して生まれたそれは、さながら出血のように溶けた閃光と化す。ハースは慌ててその光を塞ごうと手を胸に当てた、が、噴き出す光の勢いは収まらない。抑えるために当てた手が、光の勢いで粉々に砕け散る。
【フィ、フィィ……!?】
驚き、戸惑い、声を発する。
生物として当然の反応は、彼自身の身体に最後のひと押しを行う。辛うじて保っていた身体の形が声の振動で崩れ、その刺激で更なる崩壊を誘発していく。
ハースの身体が一際強く輝いた時、細胞の全てが電子とイオンへと変貌し。
そして両手で抱き締めるクトーラの力により潰れたハースは、光の帯となって散り散りになるのだった。
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