神の炎

 クトーラの目の前に落ちてきたミサイルが、その中に秘めた原子の力を開放する。

 ミサイル内部に格納されていたのは、ウランなどの核物質と水素、そして通常の爆薬。まずは爆薬が炸裂し、そのエネルギーで核物質がふっ飛ばされる。飛ばされた核物質は行く先にある他の核物質と激突し、この『圧力』により密度を高めて臨界状態へと以降。核分裂反応を起こし、瞬間的に大量のエネルギーを放出する。これだけでも莫大な、都市一つを吹き飛ばす破壊力があった。

 だが、このエネルギーすらも『前置き』でしかない。

 放出されたエネルギー爆風を用い、中心部にある水素を圧縮。都市一つ吹き飛ばす圧力を加えられた水素達は、あまりに強過ぎる圧力により原子が持つクーロン力(静電気的な反発力)を乗り越えて融合してしまう。

 水素原子が四つ集まり、出来上がったのはヘリウム原子。しかしこのヘリウムの重さは、材料となった水素四つ分よりも幾分軽い。何故なら融合時に質量の一部がエネルギーに変換され、熱や光として放出されたからだ。

 この反応過程を、核融合と人間は名付けた。そして核融合反応を用いた爆弾を、水素爆弾と人間は呼ぶ。

 クトーラの前に落とされたのは、その水素爆弾だった。


【――――!】


 クトーラの全細胞がざわめく。これは危険だと、本能で察知したがために。

 予感は正しい。クトーラの身体は戦車の砲撃も、爆撃も通じないほどに頑強だ。また自身が撃つ高出力金属原子砲による『核分裂』の爆発だって、余波なら難なく耐えられる。

 だが核融合の炎は格が違う。と同じ原理で生み出されたその熱は中心部で四億度、そこから離れるほど急速に温度は低下していくが……ざっと十万度以上の高温がクトーラに襲い掛かる。

 これほどの温度になると、物質的な硬度は意味を成さない。全ての物質がプラズマと化し、その形を失うからだ。プラズマは広い意味では気体の一種であり、つまり自由に原子が飛び交っている状態。一旦プラズマと化せば全身がバラバラに飛び散り、そして消滅する事になる。

 クトーラの身体も、神の炎の前には跡形もなく消えるしかない。

 ――――と人間達は思ったであろう。故郷を跡形もなく吹き飛ばす事を代償に、クトーラを確実に葬り去れるならば良しとしたのだ。

 だが、甘い目論見だった。


【シュオオォッ!】


 クトーラは炎が迫る直前、自らの細胞をフル稼働させた。大量の電気を生み出すためである。

 作り出した電気は細胞を通じ、全身を循環させる。電気が通る事で強力な磁力が発生。超高出力の磁力はクトーラの身体の周りに『力場』を形成した。

 この時クトーラは無数の波形の電磁波を、さながら糸を編むように絡めている。相互に絡み合った電磁波はまるで『物質』のように物理的干渉を跳ね除けるのだ。しかも実際には非物質であるため、熱や物理的衝撃で破壊する事も出来ない。さながら盾のように働き、クトーラの身体を守る。

 これがクトーラ族の誇る無敵の守り、『電磁防壁』である。

 水素爆弾の放ったエネルギーは、街だった場所を跡形もなく焼き払う。戦術核と人間が呼ぶ兵器にはそれを可能とする力があった。

 されど電磁防壁を破るには全く足りない。


【……シュオオオオオオオオオ】


 水爆の炎が消えた時、クトーラはその形を悠然と保っていた。

 電磁防壁は寸分も揺らがず存在。クトーラの身体には一切のダメージを通していない。今は濛々と漂う爆煙と、先程撒き散らした電磁パルスの影響で、人間達はクトーラの姿を見失っているだろう。

 やがて人類は知る。クトーラ族という存在が如何に絶対的で、自分達の手に終える存在ではないのだと。その時こそ、人間がクトーラに精神的にも敗北した瞬間となるのだ。

 ――――しかしクトーラの胸のうちにあるのは、勝利の喜びなどではない。

 むしろ、今まで以上に激しい闘争心が込み上がってきていた。

 クトーラは自らの種族が最強だと疑っていない。過去に『強敵』は幾つか存在したが、いずれも一種ずつ相手していたなら勝っていたと、クトーラ自身は確信している。人間達の戦いに真正面から付き合い、その攻撃を全て受けてきたのも、自分の身体ならば難なく耐えられるという自負故の行動。人間相手なら何をされても負けないという自信があった。

 されど核兵器を目にした事で、その自信が揺らいだ。


【シュゥゥオオオオオオオオ……!】


 クトーラは気を昂らせていく。ちっぽけな猿モドキが、自分の『本気』を一端でも使わせた事実が心を燃え上がらせる。

 クトーラが今まで人間に対し全力で立ち向かわなかったのは、人間の力に合わせた結果だ。虫が自分の手を刺してきたとして、それに対し本気で殺そうとはしても、『全力』を出そうとはしないように。戦い自体への真剣さと、力の全てを絞り出すのは、必ずしも同じ意味ではない。

 だが、クトーラは知った。人間が作り出した武器の中には、油断した自分達であれば殺しかねないものがあるのだと。

 この事実に怒りを感じる事はない。見下していた自分の認識が誤っていたのだから、何故相手に対して怒るというのか。むしろ舐め腐った自分の認識に苛立ちを覚えるというもの。

 人間は『強敵』だ。そして強敵に手加減はしない。完膚なきまでに、こちらの全力を以てして叩き潰す。それがクトーラ族が強敵に対して示す、敬意の形である。 

 ――――人間にとっては、最悪の展開であったが。


【シュゥオオオオオオオオオッ!】


 雄叫びと共に放つは、体内に溜め込んだままの余剰電気。電磁防壁を展開するための発電で出た残渣であるが、それは電磁パルスの形で放たれていた。

 クトーラの電磁パルスは世界中に広がっていき、星を包み込まんとする。光の速さで数千キロと飛んでいく。とはいえこの電磁パルスは極めて薄いものであり、人間達が使う機器を破壊するほどの威力はない。精々、モニターに微かなノイズが走る程度だ。

 それで問題はない。この放電はあくまで身体をリフレッシュさせ、『戦闘態勢』に入る事が目的なのだから。


【……シュゥウウウ……!】


 綺麗になった身体に対し、クトーラは新たな電流を循環させる。

 これまでクトーラは生み出した電気を主に体表面に流していた。だが、もうそんな手抜きはしない。内臓にも強い電気を流していく。

 クトーラ族の細胞は電気を生み出す力があるのと同時に、電気を利用して性能を高める事も可能だった。つまり電気が流れた事で、全ての内臓機能が向上する。五感は研ぎ澄まされ、消化器官は躍動し、筋肉が増大する。

 そして特筆すべきは、脳機能。

 莫大なエネルギーを得た事で脳細胞が活性化し、知能が大幅に向上した。ここで言う知能とは、主に演算能力を指す。受け取った情報を瞬時に解析し、その意味を理解するための力だ。

 これで何が出来るのかといえば、惑星中を飛び交う『電波』を理解出来る。

 クトーラ族は電波による会話を行える種族だ。しかもクトーラ族は地球上空に存在する電離層の性質(波長の長い電波を反射する)を理解しており、これを利用して超長距離通信も行っていた。その気になれば星の裏側の救援要請、或いは雑談に応える事も出来る。

 無論、クトーラの仲間が誰も目覚めていない今、地球の何処からも仲間の信号など飛んできやしない。クトーラが把握しようとしたのは、人間達の文明がどの程度の規模であるのかだ。これまでの戦いと三日間の観察で、人間達が電波を出す機械を使用しているとクトーラは知っている。つまり電波が放たれていれば、そこに人間達の文明が存在しているに違いない。出力も解析すれば、文明の規模も掌握可能だ。

 電離層の反射だけで地球の裏側まで電波を届けるのは、条件が良くなければ難しい。故にこの方法で分かるのは大まかな情報だけ。しかし無理に全てを把握する必要はない。どうせ星の裏側まで自ら出向くつもりなのだ。三分の一も知れば十分。


【……………シュゥオオ】


 探知したところ、人間文明は陸上のかなり広範囲に存在している事が分かった。また、その発展度合いが地域によってその大きく異なる事も知る。クトーラがいるアメリカ地域周辺はかなり発展しているようだが、南側に広がる地域はそこまでではないようだ。北側は南の地域よりも発展しているが、この地域ほどではない事も把握した。

 偶然にも此処が人間文明最強の地だった、という可能性はクトーラも否定出来ない。そしてそれは事実だ。この時代においてアメリカは未だ世界の覇権を(懐疑的な見方も出ているが)握り、圧倒的な軍事力と経済力を誇る世界最強の大国である。アメリカ以上にクトーラを苦戦させる国は、少なくとも単独では存在し得ない。

 されど何十万年も眠っていて、三日前に初めて人間と接触したクトーラにはその事実を知る由もない。そして人間を強敵と認識したクトーラは甘い考えを持たない。もっと強い地域が存在し、この戦いで得た知見を元に更なる戦術を練ってくるかも知れないのだ。また全ての地域が力を合わせ、一斉に攻撃してくる可能性もある。電磁時空防壁があれば単純な火力は全て無効化出来る自信がクトーラにはあるが、相手は自分達を上回る知性の持ち主。どのような手を使ってくるか分からない。

 確実に、徹底的に、効率的に叩かねば勝利は得られないだろう。ただし狭い範囲に留まるのは非効率だ。見えていない場所に人間文明の本命があるかも知れない。

 生産力の高い、発達した都市部の攻撃を優先しつつ、未探知領域に向かう。クトーラは頭の中に電波から得られた人間文明の地図を描き、どのように攻略するか考える。自らの生命の懸かった、危険な戦いであるが……クトーラは目覚めてからの三日間で、最高にわくわくしていた。

 ――――死ぬかも知れない戦いとは、なんて刺激的なのか。

 今のクトーラを突き動かすのは、種族の本能である闘争心。それと戦いをこよなく愛する意識。これらの衝動を止める術は瀕死に追い込む以外にない事を、クトーラ族は知っていて、人間達には知る由もない。


【シュゥオオオオオオオオオオッ!】


 人間達には通じない、クトーラの宣戦布告の雄叫びが、人間の世界二十一世紀の地球に響き渡るのだった。

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