総力戦

 人間達が最初に行ってきた攻撃は、航空機から巨大な金属の塊――――空対地ミサイルを撃つ事だった。

 クトーラは未だ人間がこれをなんと呼ぶか知らないし、そんな事は興味もないが、武器としての特性はよく理解している。内部にある化学薬品の反応により、熱エネルギーと衝撃を生み出して対象を攻撃するものだ。おまけに飛んでくる速さは時速一千二百キロを優に超えている。クトーラの動きでは回避など出来ない。

 それが一度に何百発と飛んできた。軌跡が白い靄として残り、まるで霧のように辺りに立ち込めるほど。

 更にその精度は極めて高く、一本と外さずにクトーラの身体に命中した。頭部を狙っていたようで、頭の周囲に特に多く撃ち込まれる。爆炎が燃え上がり、クトーラの半身を包み込んだ。

 尤も、クトーラの感じた事は「煙い」の一言だけであったが。

 体細胞に含まれている金属原子、それと結合した有機物の働きにより、クトーラ族の肉体は鋼よりも頑強にして肉のように柔軟だ。この程度のミサイルでは傷も付かない。


【シュゥウオオッ】


 触腕の一本を大きく振るい、クトーラは煙を払う。しかし人間達の攻撃は止まず、後続としてやってきた戦闘機からまた新たなミサイルが放たれた。それが終われば次のミサイルが、それが終わればまた次が……整列した編隊による絶え間ない攻撃が続く。

 直撃を受ける事は問題ないが、煙たいのは単純に不快だ。よってクトーラはこの攻撃を『無力化』する。

 身体から発する電気を用い、強力な磁力を発生させた。ミサイルの中身は兎も角、外側は鉄などの金属で出来ている。更にその中に積まれているのは電子部品。これがミサイルの姿勢を制御していた。強力な磁力はミサイルに強引な軌道変更を強いた上に、中の電子部品を破壊してしまう。

 クトーラを狙っていたミサイルが、ぐるぐると回転するように姿勢を崩して何処かへと飛んでいく。そのミサイルはやがて地上に墜落し、市街地で爆炎が無数に起きた。今頃人間達は慌てふためいているのだろうか。頭上の航空機の動きに変化はないが、中身の様子を想像するとちょっと楽しい。

 さぁ、次はどんな手に出る?

 航空機のミサイル攻撃をいなし、クトーラがワクワクしながら待っていると、今度は頭上を跳ぶ爆撃機から一つの爆弾がクトーラ目掛けて落ちてきた。

 大きな爆弾だ。電波エコーによりその存在を感じ取っていたクトーラであるが、撃墜はせず受けてみる事にした。頭上から爆弾を落とされるという経験はもう何度も受けたが、その時はいずれも何十何百という数で攻められている。なのに今回は一個だけ。まさか何もないという訳があるまい。

 試しに受けてみると、その爆弾は緑色の爆炎を撒き散らした。


【シュゥゥ……】


 威力は大したものではない。だとすると煙自体に何か秘策があるのかとクトーラは考える。

 その予想は的中した。

 爆弾により撒き散らされたのは、毒ガスだったのだ。しかもこれは『対人用』に作られたものではない。軟体動物に特に効果的な『殺虫剤』を詰め込んで作り出したもの。

 即興で作ったもののようだが、しかし毒ガスを顔面に届けられるのならばそれで十分。成程、知性が高いと危険な毒の生産まで行い、それを上手く利用するのか――――クトーラはまたしても人間の英知に感嘆した。

 だが、これもまたクトーラの脅威足り得ない。毒自体は有効なのだが、この程度なら対処法はいくらでもあるのだ。


【シュゥオオオオオオオオ……!】


 クトーラは全身の細胞から電機を生み出すと、その電流を自らの身体に流し、周囲にも放電を始めた。

 放電により毒物を電気分解し、解毒を行う。また身体に流した電気により、呼吸器系から入り込んだ毒素も分解した。自分の身体に流れる電気で傷付く事は心配いらない。体組織にある金属原子が電線の役割を担い、体細胞が傷付くような電気は他所に流してしまうからだ。

 無力化を示すように、舞っていた毒ガスはやがて透明になっていく。完全に毒ガスの色が見えなくなったところで、勝利宣言とばかりにクトーラは一際強く放電。本来電気は通りやすいところにしか流れないが、クトーラが放った超高圧電流は空気をも切り裂く。一直線に飛んでいき、空飛ぶ爆撃機を黒焦げにして落とす。

 人間達にとって、毒ガスが無効化される事は想定内だったのかどうか。それはクトーラには分からないが、しかしこれが通じなかった時の手は考えていたらしい。すぐに次の攻撃が始まった。

 周囲に展開していた車両……戦車から次々と砲撃が開始。クトーラに砲弾が撃ち込まれたのだ。何千もの金属の塊がクトーラ目掛けて飛び、そして狂いなく命中してくる。

 とはいえただ命中するだけなら、クトーラにとって大した問題ではない。砲撃程度でやられる軟な身体ではないのだ。

 しかし今回の砲弾は、少し性質が異なる。


【シュオ……ォオオ……!】


 クトーラは気付いた。この砲弾にも『毒』が仕込まれていると。

 されどそれは化学物質ではない。砲弾に含まれている元素そのものが発揮する毒性だ。

 クトーラには知る由もないが、これは劣化ウラン弾と呼ばれる砲弾だった。ウランは鉄などよりも遥かに重く、そのため同じ大きさ・速度の砲弾で撃ち出した際の威力が大きくなる。これにより重装甲の戦車の装甲などを打ち破る、というものだ。

 それに加えて劣化ウラン弾は毒性がある。ウランは重金属の一種で生物体にとって有害なのだ。着弾時の衝撃で砲弾は粉塵となって舞い散り、呼気などから体内に入り込む。

 またウランは放射性物質でもある。劣化ウラン弾に使用されるウランはウラン燃料を作る際の残りであり、燃料として使えない、つまり核分裂し難い状態のものだ。そのため理論上放射線量はあまり多くないのだが、『不純物』として同位体ウランが混ざっており、この同位体ウランは放射線量が高い。そのため粉塵を吸い込めば内部被曝を起こす可能性がある。

 優れた知性を持つクトーラ族は、海中に漂う様々な物質を『研究』している。ウランもまたそうした物質の一つであり、クトーラ族はその性質を熟知していた。クトーラも電波エコーの反射状態から物質の比重を観測し、自分に撃ち込まれたものにウランが使用されていると知った。

 人間側の思惑としては、単純な威力の大きさが一番の期待だろう。しかし仮に倒せずとも、重金属中毒や放射線被曝で弱らせる事が出来れば……という目論見もあるに違いない。小賢しい手であるが、化学的・物理的性質を利用するとはなんと知的な作戦か。流石は独自にここまでの文明を築いた存在だと、クトーラは心から称賛を送る。

 ただし自分には通じないが、という前置きもひっそり心に抱いていた。


【……………】


 種さえ分かればどうという事もない。要は吸い込まなければ良いのだ。クトーラ族の呼吸はイカと同じく外套膜(胴体部分を形作る分厚い皮)の隙間から入り込んだ水及び空気で行うが、クトーラはこの隙間を閉じた。人間で言えば、口を閉じたような状態である。

 人間であればやがて苦しさから耐えられなくなるところだが、クトーラ族は違う。電気分解を行う事で、二酸化炭素を炭素と酸素に分離出来る。その酸素をまた呼吸に使い、そして生じた二酸化炭素を電気分解する。これにより永続的な呼吸が可能だ。

 無論これは決して楽なものではない。電気を作り出すにもエネルギーが必要なのだから。ただの呼吸と違い、急速に体力を消耗していく。

 とはいえ数時間程度であれば、問題なく継続可能だ。そして数時間あれば、この場にいる人間達を一掃する事など造作もない。


【……………】


 クトーラがじっとして攻撃に耐えていると、頭上から大きな爆弾がパラシュートと共に投下される。

 それは人間がMOABと名付けた爆弾だ。現在の人類が持つ通常兵器としては(真偽が定かでないものを除けば)最大の威力を持つ。通常の爆撃機では輸送出来ず、落とし方もパラシュートを用いたもの。規格外過ぎて色々と不便な点が多い。

 だがその不便さを補って余りある、圧倒的な威力を有す。

 クトーラの頭に直撃したものも、莫大な熱量と衝撃波を撒き散らす。まだ人間達が残っている家は熱に焼かれ、衝撃波で跡形もなく吹き飛ばされた。

 クトーラとしても驚きの破壊力だ。人間とは脆弱なものであるのに何故このような破壊力の武器が必要なのか、クトーラには見当も付かない。しかしそれでもクトーラの身体に傷を与えるには到底足りない。

 物理的な破壊力でもそうだが、浴びせてくる熱量もクトーラの身体に影響を与えない。彼等の身体は受けた熱を電磁波に変換し、更にこの電磁波を電流に変換する機能が備わっているのだ。高々数千度程度の熱量であれば、全身の細胞を働かせれば全て電力に変換出来る。

 変換した電力は細胞に蓄積し、別の用途に使える。例えば……二酸化炭素を分解する際の電力など。人間達は劣化ウラン弾と最強の爆弾でこちらを仕留めようとしているのだろうが、残念ながら自分で自分の攻撃を無力化している。クトーラ族の生理機能を知らないとはいえ、あまりにも滑稽な姿にクトーラは笑いが込み上がってきた。

 ――――さて、様々な攻撃を受けてきたクトーラであるが、そろそろ受け続けるのにも飽きてきた。

 人間達の攻撃はどんどん苛烈化している。車両に乗っていない人間も筒のようなもの(ロケットランチャーと人間は呼んでいるもの。クトーラは勿論知らない)を構え、そこから爆発する砲弾を撃ち込んでくるようになった。遥か遠方からの援護射撃として、無数のミサイルが飛んできている。激しい攻撃が、次々と浴びせかけられていた。

 だが、それだけだ。確かに攻撃の数を増やせば威力は高まるが……それではクトーラは驚きを覚えない。


【……………シュゥオオオオオ……】


 そろそろ人間達の『底』が見えた。そう判断したクトーラは、今度は自分が攻撃を行う事にした。

 ただ殲滅するだけなら、高出力金属元素砲を乱射すれば十分。しかしクトーラはあえて別の方法を選ぶ。

 まずは全身の細胞を活性化。大量の電気を生み出す。電気は細胞内で電磁波へと変換。体表面の細胞に集めていく。電磁波というのは、つまるところ光だ。正確には電磁波の一種が光である。変換過程で『不純物』として可視光が生成され、それを放出するためクトーラの身体が煌々と光り出す。

 劣化ウラン弾とMOAB、その他諸々の爆炎で見えなくなっていたクトーラの姿が、それよりも眩しい輝きにより浮かび上がる。人間達は動揺しているだろう。今までクトーラがこのような現象を起こした事は、少なくとも人間達の前では一度もないのだから。

 これはクトーラなりの敬意。

 この技はクトーラにとっても大きく体力を使う技だ。今でも人間の事は虫けら程度の存在と認識しているが、自らの技を見せるほどではないと考えていた。しかしここで見せられた数々の攻撃と知略を見て考えを改めた。

 こちらの実力の『一端』を見せる。その程度には強者であると認めたのだ。

 そしてクトーラは既に見抜いている。

 人間達が操る兵器の弱点を。


【シュオオッ!】


 クトーラは溜め込んだ電磁波を、一気に解き放った!

 放たれた電磁波はその莫大なエネルギーにより、大気分子をプラズマ化させる。さながらその光景は光の波が押し寄せるかのよう。

 プラズマを引き起こすほどのエネルギーを至近距離……クトーラから二キロ圏内の位置で受けたものは、悲惨な末路を辿る。生体であれば体内の水分が加熱され、内側から沸騰する形で焼き殺される。機械であれば過剰な電流が流れ、あちこちで発火・放電を起こす。燃料などに引火し、小さな爆発を無数に引き起こした。

 これより離れていても安全ではない。薄まった電磁波であるが、生物体であれば生体電流が狂わされて不調ないし生命の危機を起こす。しかし何より致命的ダメージを受けるのは電子機器。中の回路に強力な電流が流れ、ショートしてしまうのだ。それがクトーラの半径三十五キロ圏内で引き起こされる。

 人間の言葉を借りれば、電磁パルス攻撃と呼ばれるもの。ただし人間が思い描いたものより遥かに強力であり、破滅的現象を引き起こしている。

 名付けるならばだ。

 本来、これは小さな虫などの有象無象を滅するのに特化した技である。しかし巨大な光がドーム状に広がり、あらゆるものを破壊していく様は恐怖を通り越して美しさすら感じるだろう。その華麗さがクトーラ族の好みであり、クトーラとしても相応の敵と認めた相手にしか出さない『奥義』だった。

 強力な電磁パルスにより、人間達の機械兵器は一瞬で沈黙した。戦車などの車両は一つ残らず動かなくなり、通信機は全て音信不通。上空を飛んでいた戦闘機は次々と墜落し、ミサイルも落下して爆散する。今でも使えるのは生身の人間と、火薬式の銃ぐらいなものだ。

 一発の攻撃で、人間側は戦闘能力の大半を失った。最早抵抗する力は残されていない。


【……シュゥオオオオ……】


 唸るような声を出し、クトーラは六本の触腕を構えた。

 人間に抵抗する力は残っていない。それはクトーラも理解している。電気を自在に操る彼は、人間達の使う兵器が電気で動いている事を察知していた。その電流が細かな回路に沿って流れている事、故に過剰な電流を流せばどうなるかも予測している。

 しかし、戦えないからといって見逃すつもりはない。逃げる者を地の果てまで追い駆けて仕留めるつもりはないが、視界内にいる間は『戦い』の最中だ。ここで手を抜くなど

 触腕から放たれた高出力金属原子砲が、戦う事も逃げる事も出来なくなった人間達に浴びせ掛けられた。

 ……………

 ………

 …

 ざっと、十分ほど経っただろうか。

 クトーラが高出力金属原子砲を散々撃ち込んだため、辺りはすっかり焦土と化していた。もう人間はおろか、建物も戦車も跡形もない。隠れるような場所も残っておらず、半径数キロ圏内で生きている生物は、地中深くにいる単細胞生物ぐらいだろう。


【シュオオオオォー……フシュウゥー】


 破壊の限りを尽くし、クトーラは大きな息を吐く。さながら晴れ晴れとした気持ちを現すように。事実クトーラは勝利の余韻に浸り、清々しい気持ちに満たされていた。

 人間達の強さは想像以上だった。

 それ故に、打ち破る快感も想像以上だった。戦いで得られるあらゆる快楽は、敵が強ければ強いほど刺激的なものとなる。

 しかし、此度の戦いは人間達の総力戦だった筈だ。

 だとするとこれ以上の楽しみを得るのは、難しいかも知れない。そう思うと楽しい気持ちも萎えそうになるが、それもこれも自分達の種族が強過ぎるのがいけない――――等と考えていたクトーラだったが、ふと、展開しっぱなしだった電波エコーが新たな接近物を捉えた。

 それは、一発の金属の塊。

 『ミサイル』だ。今更何百発受けようと、痛くも痒くもない攻撃が、人間達が消え去った戦場に落ちてくる。

 なんとも暢気な攻撃だ――――と思ったクトーラだったが、しかし彼の本能は違和感を覚えた。飛んできたミサイルは今までその身に受けてきたものより随分と大柄であり、また落ち方もほぼ真上からやってきている。

 何より、妙に大きな『エネルギー』を感じた。

 一体あれはなんなのか。疑問を抱き、けれども自分の力に絶対的な自信を持つクトーラは撃墜する事もしなかった。人間達の企みを真正面から叩き潰す。それが一番楽しいのだから。

 故に彼は大人しくそのミサイルが自分の目の前に来るまで待ち……

 そしてミサイルは、その中にある『神の炎』を炸裂させた。

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