第10話 それが私!

 俺は言われるがままいおりさんに連れられてカフェを出たが、結局答えは聞けていない。


 お店を出た後は、スマホのマップアプリで散策できそうな所を二人で探して、結局いおりさんが見つけた駅から少し離れた所にある雰囲気の良さそうな公園に行くことにした。


 多少肌寒いとはいえ天気のいい日曜日の午後と言うこともあり、駅前の通りは人も多く注意しながら歩かないとすぐに人と接触しそうなほどだ。

 少し離れた位置で横を歩くいおりさんを横目で見ると、さっき一瞬だけ見せた不機嫌な表情は微塵もなく、にこやかな表情で手に持つスマホをチラチラと公園に行くまでの道を確認しながら歩いている。しかし、このたくさんの人混みの中では少々危なっかしくも見える


「いおりさん、人が多いから前を見て歩かないと」


「え、あ、うん。ありがとう」


 するといおりさんは俺の横からススっと移動して、俺の後ろに着くのかと思ったらそのまま俺の真横にピタッと張り付く位置に着いた。それこそお互いの腕が歩くたびに接触する距離だ。


 ─んん!? 近すぎないか!?


 家族以外の女性と二人きり、ましてやこんな至近距離で歩くことなんか俺の人生には無かったことだ。たったこれだけの事で内心はドキドキで、度々触れるいおりさんの腕を猛烈に意識してしまう。

 恋人でも親しい異性友達でもないのにこんな至近距離をなんとも思ってないのだろうか、それとも俺がヘタレ故に意識しすぎなのかと、ギクシャクしながらいおりさんの様子を窺おうと顔を向けると、頭だけが見えた。


 ―ん、いおりさんてやっぱり背がかなり低いんだな、俺と三十センチくらい差があるか。うーむ、やはり小さいってだけでかわいさアップだなぁ


 いおりさんをほぼ見下ろす形になることでその身長差を実感する、と同時にあるものが目線にはいる、小柄な体格のわりに存在を主張する大きなおっぱ・・胸。上から見下ろす形になり、


 ──これ夏の薄着なら相当やばいんじゃないか……


 男なら無反応と言うわけにもいかないだろう。ゴクリと唾を飲みこんだ瞬間、いおりさんが俺の方に振り向き心底焦る。


 ─やばい、今の唾を飲み込む音が聞こえたか? それとも視線!?


「ねぇ、今から行く公園。土日だとキッチンカーが結構でてるんだって!」


「え? ああ、そうなの? 良さげなのあったらなにか食べようか」


 ─あっぶねぇ、普通の会話だった。思わずおっぱ・・胸を見ていたのばれてないよな!


「うん、そうだね! お昼あまり食べてないから少しお腹空いたかもぉ」


 そう言って手でお腹をポンポンと叩く仕草がまたいい。

 って、その姿を見てふと思った。よく見るといおりさんて二十歳って割には色々あどけないよな、全体的に垢抜けていない感じだし・・、学生服着せちゃえばまだ十六歳とか言われても信じちゃいそうな……。


 あ! え? もしかして、実は二十歳じゃなくてまだ十六、七歳の未成年?

 そうなると、例のオフ会の時にいた十歳の子がまさかいおりさんってこと?

 たしかに、未成年ならお父さんがやたら厳しいのもわかるし、色々と辻褄があってしまう……。


 俺はもう一度、見下ろす位置からいおりさんの横顔をまじまじと見る。斜め上からになるから記憶に残る女の子と合致するところがそれが見つかるかは分からないけど、なにか思い出せるかもしれない。


 物腰の柔らかそうな誰が見ても可愛いって思えるような整った顔、奇麗な瞳に、少しカールの入った黒髪のセミロング。それと、薄く化粧された頬を少し赤らめて耳まで赤……ん?


「ね、ねぇ。なんでそんなに私の顔ばっかり見てるの・・? さすがにそんなにずっと見られると恥ずかしいんだけど……」


 ──しまった!またしてもまじまじと見すぎた!


 いおりさん流石にも見られている事に気付いて顔を赤らめ照れている、まぁそれもかわいいのだが。


「いや、いおりさんの顔を見てれば何か思い出せるかなって……、ところでいおりさんて二十歳だよね?」


「もう、先週も言ったでしょ? 二十歳です! それに、 顔見て思い出せるならとっくに思い出してるよ。どうせ私の勘違いですから、思い出さなくて結構ですよ!」


 いおりさんはそう言って、ツンっと俺の反対方向を向いてしまった。と同時にさっきカフェを出る直前にいおりさんが一瞬見せた不機嫌な雰囲気の原因がなんとなくわかった。


「ごめん、勘違いって言ったのは言葉のあやというか、思い出せない言い訳みなたいなもので……」


「いいよ、思い出したら許してあげる。あ、ほら公園着いたよ」


 思い出したらってそんな無茶なと思うと同時に、いおりさんが指さした方には駅からそんなに離れていないにも関わらず、木がたくさん立ち並ぶ立派な公園があった。夏ならさぞ緑が生い茂った自然豊かな公園なのだろう。

 敷地に入ってすぐの案内板を見ると、この公園は奥の方にある神社と併設する形であるらしく自然が多めに残されているのもうなずけ、大き目の池もあるようだ。


「へぇ、神社も池もあって結構大きいな。キッチンカーは右上の広場のあたりかな?」


 案内板のマップを眺めキッチンカーが来てそうな場所を指さし言う。


「そうだね、行ってみよう」


「後で神社も言ってみる?」


「うーん、神社かぁ……」


 神社には意外にもすぐには行こうと言ってくれなかった。あまりこういうのには興味ないのだろうか。まぁ俺もなにがなんでも行きたい訳でもないからいおりさんが行かないならそれはそれで構わない。


「神社は無理にとは言わないからいいよ、案内板にあったから言ってみただけだし。とりあえず広場の方に向かいながら公園内を歩こうか」


 そう言って、公園内に続く歩行者専用の道に歩き出そうとしたら唐突に俺の左腕の裾を掴まれ「待って」と止められて


「行かないとは言ってないよ、秋頼さんが私の事を思い出してくれたら神社に行ってもいいよ」


「え? ああ、うん」


 公園内をゆっくり他愛のない話をしながら2人並んで歩く、時折すれ違う知らない人から見たらカップルに見えているんだろうなぁなんて考えながら。

 広場の方向かってしばらく歩いていると、美味しそうな匂いが風に運ばれ漂てきた。いおりさんもその美味しそうな匂いに気付いたらしく。


「いい匂い! 秋頼さん、早くなにか食べよ!」


 楽しそうにそう言って歩くペースを上げた。


 ――――


 広場の中にあるベンチに並んで座って各々キッチンカーで買ってきたものを頬張る、いおりさんは、俺は小腹が空いていたのでケバブをチョイス、このローストされた肉が好きで見かけたら食べるようにしている。で、いおりさんはと言うと・・


「なにそれ、ハンバーガー?」


「うん、美味しいよ」


 美味しいとかいう以前の前にそのサイズはなんだ・・!?

 某有名ハンバーガーチェーン店の最大サイズのハンバーガーの軽く4倍位あるサイズじゃないか!?


「す、すごいでかいね」


「え? 食べたい?」


 言ってない!


「しょうがないなぁ、はいどーぞ」


 そう言って俺の目の前にその巨大ハンバーガーを持ってきて食べろと催促してくるのだが、口をつけていない部分は紙に覆われていてどこに口をつけてもいおりさんが口を付けた所になる。これいいのか・・?いおりさんはそう言うの気にしないタイプなのか!?

 目の前に差し出されたハンバーガーを凝視し、どこに口を付けるべきか悩む間もハンバーガーから発せられるやけに美味しいそうな匂いが鼻を刺激し、食べたいと言う欲求も沸き上がり、意を決して口を付けた。


 ─!?


「美味い!」


 このサイズでこの美味さとは恐るべしだな、俺はケバブをチョイスしたがこれならこのハンバーガーにしても良かった。


「これ、本当に美味しいね!いおりさん知ってたの?」


 ハンバーガーをくれたいおりさんの方を見ると、持っていたハンバーガーを手元に引っ込めてほぼ体ごと顔を俺の反対方向に向けていた。

 俺の質問にも答えてくれないし、なにか気になるものでも見つけたのかと思いいおりさんが見ている方を俺も見ながら


「なにかそっちに気になるものでもあった?」


「べ、べつになにも……」


 と答えるいおりさんの通り見ている方向を見てもなにもない精々広場で遊んでいる親子やカップルがいる程度で特別気になるような人も物ない、いおりさんに向き直すと耳が赤くなっていることに気付く。


 ─あれ?もしかして勢いでハンバーガーを差し出しただけで、俺が口を付けたこと気にしてる怒ってたり?謝っておこうか・・


 そう考えた矢先、いおりさんが俺と顔を合わせないまま


「ねぇ、さっきなんで年齢を確認してきたの?」


 と、俺に聞いてきた。一瞬どう答えるか悩んだが嘘をついても意味がないと思い正直に答えた。


「いや、さ。六、七年前に一度だけ参加したオフ会の時に十歳くらいだった女の子がいたんだけどさ、もしかしてその子がいおりさんだったのかなぁって思って、ただそうすると二十歳のいおりさんとは年齢が合わないし、実は二十歳じゃないのかもって思ってさ。でもやっぱり違ったみたいだ、あはは」


 いおりさんは俺の話を聞くと、俯いたままハンバーガーを両手でしっかり持ちながら俺の方に体を向きなおして小さく言った。


「正解、その子が私」


──あ、そうなの?


 それを聞いた俺は意外にも冷静だった。

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