第11話 演技派!

 あの時、病院の緊急処置室と思われる場所の前にある長椅子に座り、大怪我をして緊急搬送された父親を心配して泣きじゃくる女の子に必死に励ますように声をかけていた。

 なんて声をかけていたかなんて覚えていない、きっと気の利いた事なんか言えなかっただろうからありきたりの言葉ばかり並べていたのだと思う。

 その子の母親が到着するまで二時間位かかったと思ったけど、結局最後までまともな会話など一度もできず、途中からはずっとその小さな手を握っていた、それしかできなかったから。

 その子のお母さんが病院に到着後は経緯を説明し、軽く挨拶だけをして帰った。帰りの途中、そう言えば名前も聞かないままだったななんて思ったけど、もうオフ会には参加しないからいいかとも思っていたし、覚えておく必要もないかとその時の事はそのまま記憶の奥底に沈んでいった。


 ───


「正解、その子が私」


 俯いたままそう小さな声で言ったいおりさん。

 答えを聞いた俺はと言うと、自分でも驚くくらいに冷静だった。わかってみればそれしか答えがないのは明白だったからだ。それほどまでに俺の人生って女性との縁のなさが寂しい。


「あー、やっぱりそうなんだ」


「いつ気付いたの?」


「気付いたというか、さっき公園に向かっている時にいおりさんの顔を見ていたら二十歳って割に幼いなって思って」


「なにそれ、褒め言葉じゃないよね」


「あ、いや。悪気はないよ。ただ、少しビビるね、まさかいおりさんがまだ十六、七歳だったなんて。演技も上手過ぎだよ」


 どんっ! と横に座るいおりさんが肩で体当たりをしてきた。


「ちがーう! 二十歳って言ってるでしょ!」


「え? だって」


「はぁ、逆だよ逆。あの時に十歳って言っていたが嘘なの、あの時はの中学二年生の十三歳!」


「ええ、そっち?」


 さすがにそっちは驚いた。今のいおりさんがまだ十六、七歳と言われたら下手すると信じちゃいそうなあどけなさを持っているが、当時の記憶を思い返しえてもあの時の子供が13歳と言われてもあまりピンと来ない。

 それほどまでに、あの時いおりさんは小さかったし終始おどおどしてほとんど俯いていて父親以外と話している所は見ておらず、例え父親が十歳の子と紹介していなくてもせいぜい小学高学年程度にしか見えない幼さだった。


「え、でもなんで十歳なんて嘘を?」


「あー、それは……、ちょっとずるい話になっちゃうんだけど、あの時のオフ会をしたお店って食べ放題だったでしょ? それで、ほら、小学生料金って大人の半額とかになるから、お父さんが小学生のフリをしてろって」


 おっとー、思った以上にセコイ話いただきましたー。


「ははは、なるほど……。確かに元からの知り合いでもなければ当時のいおりさんなら小学生で余裕で通る背格好してたね。おどおどしてる雰囲気もばっちりだったしあんな演技されたら誰も中学生なんて思わないだろうなぁ」


「あ、いや。あの時おどおどしてたのは演技じゃなくて……、私って元々引っ込み思案でコミュニケーション能力低いし声も小さいし体も小さいし気も小さいし……」


「へぇ、そうなんだ。今のいおりさんからは想像つかないなぁ」


 こうやって直接会ってさえいなければ、俺の中ではいつまでも頼りになる歳の離れた兄貴ってイメージなのだ、引っ込み思案と言えるようなそんなイメージなんて微塵もない。


「まぁ、でも人って変わるもんなんだな。もし今のいおりさんも当時のような引っ込み思案な雰囲気全開だったらもう少し早く気づいてたかも」


 ケバブを頬張りながら俺がそう言うと、いおりさんがギリギリ聞こえるかってくらいの小さな声でボソッと「今もそうだよ」と言った。


「え? またまたぁ、それはさすがにないよ」


 俺がそう言うと、いおりさんは大きくため息をついて言った。


「秋頼さんが私に持っているイメージって、絶対にでしょ? それが本当の私だと思う?」


「違うの?」


「違うよ、さっきも言ったけど気の弱い……友達も少ない、陰キャだよ」


「陰キャって……、先週も含めてむしろ陽キャで、陰キャの雰囲気なんか全然なかったけど?」


 陰キャはむしろ俺の方だと胸を張って言える、情けないが。


「演技って言ったら?」


「演技? 演技って先週から今日まで全部? だとしたら、それをやり通してるってある意味すごいけど」


「バレないかってドキドキしながらで大変だったんだから」


「えっ、本当に? なんで演技なんかを?」


 そう尋ねると、いおりさんはおもむろに立ち上がり俺に背を向けたまま言った。


「だって……、イメージと違うなんて嫌われたくなかったんだもん」


 イメージって、そう言った意味では年下の女の子って時点でイメージは完全にぶち壊れてたけどな。そう思ったけど口には出さなかった。


「だから、先週は秋頼さんと会うまでに何度も何度も頭の中で会話の練習してたんだよ? 予想外の事を言われるとパッと返せなくて焦ったりして」


「そっか、えーとじゃあ、もう大丈夫だから。演技なんかしないで本当のいおりさんでいいよ。そんなんで嫌いになるとかないからさ」


 いつまでも立ったまま背中を向けているいおりさんにそう言ったが、いおりさんは何も言わずに黙り込んだ。顔は見えないが、上に下に右に左に僅かに頭を動かす姿からどことなくなにか考え込んでいる?と、感じた。


 すると


「ごめんね、もう少しでいさせて!」


 と言いながらようやくこっちを向いてくれた。顔を見るとなんだか決意を帯びたような真剣な顔をしていて、語尾の強さから俺は「お、おう……」としか返せなかった。


「きっと、今しか言えないから、いつもの私には言う勇気もないから……」


 そこまで言って、一度言葉を止めたと思ったらグッと力を込めるように再び口を開いた。


「あの日から、お礼を言いたくてずっとずっと秋頼さんに会いたかったんです! あの時は本当にありがとうございました! 気が動転して何もできなかった私をずっとそばにいて励ましてくれて、手を握ってくれて、あんな事態になっていたのに嬉しいって思ってました」


 そう言って頭を深々と下げてきた。

 と、同時に俺のここの中にあったモヤモヤみたいのがスーッと晴れた気がした。

 そうか、いおりさんは俺にお礼が言いたいから会いたがって電話してきて、お父さんの事を必死に弁解して……、そうか、そうか。

 まぁ、でもそりゃそうだよな、そんなうまい話ないよなぁ、なにを期待してたんだろうな俺。


「……そんな昔の事、気にしなくていいのに。でもわざわざ演技までして直接伝えてくれてありがとう、俺も嬉しいよ」


 そう言って俺も立ち上がった。頭を下げている相手に座ったままいるのも失礼という思いもあったけど、それ以上にこの場にいるのがいたたまれなかったからだ。

 心のどこかにひっそりとあった勝手な俺の思い込みが恥ずかしかったからだ。


「いおりさん、用事も済んだしそれじゃ今日はもう帰ろか?」


 演技をしていない素のいおりさんも気になるけど、一刻も早くこの場から、いや、いおりさんから逃げ出したい俺は帰ることを提案した。いおりさんに対して俺が変な期待してたんじゃないかって見透かされるのが怖かったから。


 俺はもういつでも帰れるように公園の出口の方に体を向けた。すると、


「ま、まって! まだ……、あるから用事」


 下げていた頭を慌てて起こして俺を呼び止めてきたいおりさん。


「まだって、なにかあったっけ?」


「その……、神社に行くって……約束……」


 あ、そうか。確か俺がいおりさんと昔どこで会ったのかを思い出したら神社に行ってもいいって言ってたな。

 でも、あれって俺が行こうって言ったのに対して難色を示したいおりさんが出した条件でしかなかったし、


「それなら大丈夫だよ。元々俺も行きたいって思ってた訳じゃなくてなんとなく言っただけだから、そんな約束したからって気を使ってくれなくても……」


「そんな気なんか使ってない、ただ私が秋頼さんと行きたいの」


 半ばムキになっているように言ういおりさんはよく見ると顔がわずかに赤くなっていた。

 なんだ? 微妙な態度とったり行きたいって言ったり、それに俺と行きたいってどういう事だ。もう誤解するような事は言わないで欲しいんだけどなぁ。

 

 そう思いながらも、いおりさんの希望ならと俺は神社に向かう事を了承した。ここで意地になって行かないと言うのも逆に意識しているみたいでいやだったからだ。



 行くならお互いが手に持つ食べかけのハンバーガーとケバブを食べ切ってからにしようとなったが、それは11月の寒空の下ですっかり冷え切っていた。

 

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