第8話 一度じゃない!
7年以上続けたハマりハマったオンラインゲーム終了まで残り一週間の日曜日。
俺は先週の土曜日と同じく、いおりさんとの待ち合わせの為に○○駅敷地内にある広場へ向かっている、先週と違うのは夜ではなく昼の明るい時間帯であると言う事だ。
待ち合わせの時間は十三時だけど今は十一時半を過ぎたばかり。早すぎるのはわかっているが少し確認しておきたいことがあり、あえて早すぎる位に来たのだ。
駅の出口から広場まで続く道は一本、俺は広場の入口付近にあるベンチに腰掛けて、駅の出口が見えることを確認した。
─―情けない事をしているのは分かるけど、やっぱり怖いんだよな
スマホと駅の出口を交互に見ながら時間を潰すこと一時間弱、十二時二十分を過ぎた頃に駅の出口から出てくるいおりさんを見つけた。先週と同じく黒のショートコート姿で遠目に見てもやはり可愛いと思ってしまう。
そして、一人であるその姿を見てホッと胸をなでおろした。
このままここで待っていても良かったのだが、その姿を見ると思わず早く声をかけたくなり、ベンチから立ち上がって広場のあるこっちに向かってくるいおりさんの方へ俺も向かった。
すると、いおりさんは向かってくる俺の姿に気付いたようで、少し驚いた顔をしている。待ち合わせの四十分近く前に来たのに、それ以上に早く来ていた俺に驚くのは無理もないだろう。
結局広場ではなく広場に続く道の途中で対面することになったが、俺はいざ対面すると昨晩の件からなんて声をかけていいかわからず、ろくに挨拶もできす
「どうも……」
としか言えず、いおりさんも言葉を選ぶように口を開いた。
「あ、えっと……、こんにちわ……早いですね、その、待たせちゃいましたか?」
先週の別れ際と同じように敬語だった。普段の電話でも敬語なんか使わないノリの人なのに。意図はわからないけどそれだけでいつもと違う心境なのは伝わってくる。
「いや、早く来たのは俺の都合だから」
そう言うと、上目遣いで少し困った顔をして
「もしかして、まだ美人局とか疑ってます?」
その言葉に言葉が詰まる、その通りだったからだ。
もしかして、ケンジと2人で来て俺が来るのを隠れて待っているかもしれないってどこか思っていたから、その不安を払拭するために早く来て駅の出口を見張っていたのだ。
「……ごめん」
「いいです。疑われるような状況を作ったのは私なんですから」
そう言って、俯き俺から目線を外した。
見張るような疑うような真似をして、さぞ見損なったんだろうなと思ったが、すぐに顔を上げて少しだけ笑いながら
「でも、もうやめてくださいね」
そう言ってくれた。いおりさんの瞳はよく見ると、笑顔でありながらもわずかに涙が滲んでいるように見え、ズキッと胸が痛んだ。俺の自分勝手な行動がいおりさんを悲しませたのかもしれないと思うと罪悪感が沸きだし、「ああ」とただ小さくうなずくことしかできなかった。
────
昨晩、いおりさんからの電話で
とだけ強く何度も何度も最後の方は涙声のような声で、俺がうなずくまで言われ俺が折れる形で翌日である今日土曜日に会う約束した。実際には怒ってなどはいなかったが、いおりさんからすればそう感じたのかもしれないし、怒っていないと思っているのは俺の心の内だけで傍から見れば怒っていたのかもしれない。
――――
俺といおりさんは、それぞれ昼食は済ませていたので落ち着いた小さなカフェに入ることにした。お昼とは言え十一月下旬となると外は寒く、ゆっくり話すならこういう所が良いだろうと一応事前に調べておいたのだ。
店に入りほとんど会話のないまま席に付きコーヒーを二つ注文して二人無言のまま時間が流れ、コーヒーが手元に届いた所で俺から口を開く。
「えっと、話す前に一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「え、はい。何ですか?」
「それ、その敬語は止めてもらっていい?先週みたいにタメ口でいいから」
いおりさんはそう言われ何かを言いかけようとしたが、すぐに止めて間を置き
「うん、わかった・・」
と返してきた。いおりさんなりに思うことはあるのだろうが俺としては他人行儀の敬語の方が嫌だった。
そのまま、また無言の静かな時間が続きそうになったからコーヒーにミルクと砂糖を入れてかき混ぜ、いおりさんにもミルクポットを渡そうと声をかけるが無言で首を横に振られた。いおりさんはミルクは入れない派らしい。
一口、コーヒーを飲んだところで意を決したかのようにやや俯き気味だった顔を上げいおりさんが口を開いた。
「あの、昨日は私のお父さんがごめんなさい!」
「は? え、お父さ・・え?」
予想外の言葉に、思わず手に持っていたコーヒーカップがずり落ちそうになってしまい返す言葉も即座には浮かばない。
「ほら、やっぱり信じてくれない」
「いあ、信じる信じないとかじゃなくて、あのケンジって人がお父さん? お父さんって父親のお父さん?」
「うん……」
いおりさんは二十歳って聞いてるから、そのお父さんなら若ければ四十代?その位ならゲームをしてても珍しくもないけど、確かにいきなりそう言われても100%信じれるかなんて難しいかもしれない。ましてや、五年も一緒にプレイしての初耳なのだから。
「それは流石に驚くな。あのトッププレイヤーの一人がいおりさんのお父さんだったなんて」
「うん、ずっと黙ってたから誰も知らない。私が男のフリをしてプレイしているのもケンジがお父さんなのも秋頼さんにしか言ってない」
「そうかぁ」
父親なのであれば、昨日のケンジが言っていた“嘘ついてもわかる”ってのも、やり取りの後すぐに事情を知っていおりさんが電話してきたのも、同じ家に住んでいるからと言えば辻褄がが合うな、でも。
信じたい気持ちがある反面、それすらも嘘で万が一裏切られたらと思う俺の臆病な気持ちが完全に信じる事を拒み、悩む。
その俺の煮え切らない姿をいおりさんは察したのか、スマホを小さなバックから取り出し
「これ、これ見て!」
と、テーブルに体を乗り出して俺にスマホの画面を見せてきた。
スマホの画面には写真が表示されていて、ピントがずれてぼやけているが風貌から40代後半くらいの男性が部屋着で映っている。その後ろには、ピントが合っているいつものゲーム画面が表示されたパソコン、そしてそのゲーム画面にはプレイキャラクターであるケンジが映っていた。
ついでによく見ると、この40代後半の男性はかなり痛そうに右目の上を手で押さえているように見える。
「これは?」
「昨日撮った写真、証拠になるか分からないけどお父さんとお父さんのキャラが同時に写るように撮ったの」
「なるほど……で、このお父さんが痛がってるように見えるのは……?」
そこも気になり尋ねてみた。
「これは……、その、私が、勢いで投げたコップが当たっちゃって……」
「投げた……」
「だって、『
「お、おう……」
意外と激情型なんだないおりさんて。
スマホの写真を見てもこの人がお父さんである証拠がないって言っちゃえばそこまでなんだけど、一緒に写るパソコンを見る限りケンジであることは間違いなさそうだし、話に矛盾もない。これ以上疑う必要もないか……。
それよりも、たった一度しか会っていない俺なんかの為になんでこんなに怒るんだろう……、そっちの方が疑問として残った。
「信じてくれた?」
「うん、まぁそうだね」
「よかった~」
ホッと胸を撫で下ろすようにテーブルに乗り出していた体を椅子に戻し、安堵のため息をついたいおりさん。ここにきてようやく自然な笑顔に戻った姿に思わず俺もホッとしてしまった。
安心したからなのか、手を付けずにいたコーヒーにようやく手を伸ばし口に運ぶ。
「少し冷めちゃってる」
俺を見ながら苦笑いしている姿がなんとも可愛い。
いおりさんが美人局とかの俺にとって悪い人じゃないってわかってホッとしたのか、急にいおりさんと目が合うのが恥ずかしくなってしまい俯いてしまった。
俺は元々コミュニケーション能力は高くないって事を緊張で忘れていただけで、ここに来て一気に思い出してしまった。
それと同時に、なんでこんな俺なんかを気にかけてくれるのか、なんで俺と会ってくれたのかという疑問が再燃した。ここで聞いてしまうか? それともこのまま聞かずに行くか……。
「私ね、今日広場に行く途中で秋頼さんと会えた時、本当はすごく嬉しかったんだよ? やっぱり美人局って疑われたんだってすぐにわかったけど……、でも会えないよりずっとよかったから」
俺が何も言えずにいたら、そういおりさんが言ってきた。顔を上げるとやっぱり笑顔で俺を見てくれている。
──嬉しかったって、俺と会えたから? なんでそんなに・・
そう思うと、俺は自然と口から言葉が出ていた。
「あの、いおりさんはどうして一度しか会ってないような俺をこんなに気にかけてくれるの? 俺から誘って言うのもなんだけど、俺ってそんなに楽しい奴でもなければお洒落ってわけでもないし、その……もちろん嬉しいんだけどなんでだろうって違和感もあるんだ。だから昨日の件でも疑うなんてことしちゃってるし・・」
一度開いた口は、今思っている疑問を一気に吐き出してしまった。返答次第ではこれってもうダメになっちゃうのだろうか? 言い切った後に少し後悔したが時すでに遅し。
いおりさんは俺のからの質問に少しキョトンした顔をしたけど、すぐに笑顔に戻りテーブルの上に両肘をつけて身を俺の方に乗り出し笑顔でこう言った。
「一度じゃないからだよ!」
と。
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