第5話 姉ちゃん!

 想定外の人生初であった女性と二人だけの時間はあっという間に過ぎて、俺はその帰りの電車のなかで余韻に浸っていた。

 目を瞑り、笑顔のいおりさん、楽しそうに歌っているいおりさん、冗談を言っていたずらっぽく笑ういおりさんを何度も思い出し、思わず口元がニヤニヤしているのが自分でもわかる。


 クスクスと、少し離れた所に立っていた女子高生らしき二人組の笑い声か聞こえ、ハッと自分が笑われているんじゃないのかと目を開け様子を見るが杞憂だったようだ。

 どちらにせよ、ニヤニヤし続けていたら本当に俺が笑われるのも時間の問題だ、俺はスマホを取り出し何をするでもなく画面を眺めた。

 眺め、一つのアプリが目に入った。いわゆるメールソフトだ。


 ──あ、そうか。いおりさんにお礼のメールでも送った方がいいかな?


 メールソフトをタップして、メール作成を選んだところで指を止めた。


 ──まてよ、さっき駅であいさつは終わらせているわけだしここで必要以上にお礼を言うのもどうなのかな


 ここにきて対女性スキルのなさが俺の判断力を鈍らせる。


 ──ましてや、いおりさんがネナベプレイをしていた理由が出会い目的の人を避けるためって言ってたわけだし、ここでメールしちゃって変に意識してるって思われるのもなぁ・・


 一人電車で周りの目も気にせず落ち着きなく悩んでいると、車内アナウンスで降りる駅に到着したと気付き、慌てて席を立ってドアの前に移動した。


 ─―結局メール送れなかったなぁ・・


 ドアが開きすぐに電車から降りると、外はかなり冷え込んでいて車内との気温差で身震いした。寒さから逃げるように足早に改札口のある屋内に向かっている途中、手に持っていたスマートフォンが突然ブーッブーッと震えた。


 ──メール? まさか!?いや落ち着け!どうせこれ、なにかのアプリのどうでもいい通知とか、メールだとしてもダイレクトメールとかなんだから! 変な期待するな!


 そう自分に言い聞かせながら、恐る恐るスマホを見る。スマホに表示されている通知を見ると─


“ヌカヨロコビショッピング クリスマスセールのお知らせ”


 ──くそがーっ!!


 思わずスマホを握った腕を上に振り上げぶん投げたくなる衝動をおさえ、冷静に冷静にと気分を落ち着かせていると再びスマホが震えた。


“ヌカヨロコビショッピング メール内容訂正とお詫び”


 ──ふっざけんなぁぁああーっ!!!


 とは、思いつつもなにを期待しているかと冷静な自分もいて、手に握るスマホをズボンのポケットにではなくカバンの奥にしまった。これなら、どうでもいいスマホの通知音に気付かないし、音が鳴る度にいちいち心乱す事もないだろう、そんな情けない理由で。


 駅から二十分ほど歩き自宅についた頃には23時を回っていた。こんな時間まで遊び歩いたのは社会人になってからは久しくなかった。

 一度自分の部屋に行きカバンと上着を放り投げ、風呂に入ってから缶ビールを冷蔵庫をから取り出しリビングに向かう。

 本来なら今日は男性のはずだったガイさんと居酒屋にでも行くつもりだった、ゲームの話や、いままでの相談事の顛末を笑い話として盛り上がるつもりだったのにまさかこんな結果になるとはなぁ、そう思いながらリビングでテレビの電源をいれた。


 今後はガイさんにどう接すればいいかすらわからず、大きくため息をついたその時


 ガチャ


 急に後ろにあるリビングのドアが開く音がして振り向く。


「あれ? なんだ、秋頼。オフ会で飲んでくると言ってなかった? なんで一人で飲んでるのよ」


 家族にしかまず見せないだろう気怠そうな顔で2つ年上の姉である春佳はるかがドアの所に立っていた。よく見ると今しがた帰ってきたばかりのような恰好をしていて、まだ風呂にも入ってないようだった。おそらく俺が風呂に入っている間にでも帰ってきたのだろう。


「色々あったんだよ、ほっとけよ」 


「ああん? まさかまたあんた面倒事に巻き込まれた訳?」


 姉は俺が六年前のオフ会での詐欺騒動で二度とそういったものに行かないと決めていた事を知っている。色々とショッキングだった当時の俺は姉に相談と言うか愚痴のように話していたのだ。


「違うよ、ただ予想と大きく違ってたってだけだよ」


「ふぅん? 行く前は年上のおじさんじゃないかって言ってたよね、会ってみたら未成年でお酒飲めなかったって感じ?」


「違うよ、どうだっていいだろ。ほっといてくれよ」


 今日の件で複雑な気分でいる所を変に詮索されるのが嫌で、俺は不貞腐れるようにビールを飲む。


「そうは言っても私の可愛い弟がこんなに悩んだ顔してるのほっとけないじゃん?」


 そう言って俺の頭に後ろから強引に抱きついてきた。


「おい、やめろ! ビールこぼれる! てか、酒臭い!春姉はるねぇ、飲み会だったのか!? かなり酔ってるだろ!!」


「んー? 何があったか知らないけどさぁ、昔行ったオフ会みたいに酷くはないんでしょ?」


 酒臭い息を漏らしながら耳元で囁く姉、


 姉に幻想抱いてる友人達はこういう姉を羨ましいとか言っているけど、これリアルに姉にやられると気持ち悪いだけだかんな!

 振り解こうとするががっちりホールドされ一向に抜け出せずひたすらもがく。


「離れろって! そら、あの時と比べるまでもなく今日は楽しめたよ。あんな警察沙汰になったオフ会と一緒にすんなって」


「警察沙汰どころかあんたあの時病院にまで行ったって言ってたもんね」


「ただの付き添いでな! つーか、いい加減その脂肪の塊を俺に押しつけるのやめろーっ!」


 六年前、俺のトラウマとなったあのオフ会は詐欺に気付いた子連れの最年長だった人が止めに入った事で、結果傷害事件にまで発展したのだ。

 被害者は子連れの男性。その人が警察に通報しようとした時、一人だと思っていた詐欺目的のメンバーが実はもう一人いて通報を止めさせるために瓶で後頭部を殴ったのだ。

 結果、殴られた人は緊急搬送になる大怪我、殴った人は傷害で現行犯逮捕となった。あまりにも衝撃的なオフ会。こんな事は普通では起きないとわかっていても、オフ会なんて二度と御免だとなっても俺は当然だと思う。


「アハハ、照れるなって、童貞だろ? 本当は嬉しいんだろ?」


「うるせーっ!!!」


 ドッターンッ!!ゴンッ!!


 力の限り抵抗して強引立ち上がり、ようやく振り解く事に成功したが代わりに姉は後ろに豪快に転倒した。無様すぎるその転んだ姿に姉ながら情けなくなる。


「ほら、春姉ぇ、大丈夫か? パンツ見えてんぞ」


 痛がる姉に仕方なく手をさし伸べて起こすのを手伝う、姉は後頭部を手で抑えながら涙目のまま俺の手を取って起き上がった。


「あいたた、本気で抵抗されたら敵うわけないじゃんかぁ!」


「本気で抵抗されるような事すんな!」


「悩んでるように見えたからせかっく元気付けてあげようと思っただけなのに」


「は?」


 確かにモヤモヤしてるし悩んでいないと言ったらうそになる程度には悩んでいるけど、なんでわかった?


「男だと思っていた人が女性だったからってそんなに悩む事ないって、いつも通りでいいんじゃない?」


 思わず吹き出す。


「は? な、なんで!? あ、春姉ぇ俺のスマホ覗いたのか!」


 って、それは違う。ガイさんとスマホでやり取りしたのは最初の合う直前の時だけで、内容も性別不明なメールだ。

 図星と言うか正解そのものを言い当てられ焦る俺を尻目に、酔っぱらった春姉ぇはニヤニヤと楽しそうにして


「ヒントその一、お姉ちゃんは今日飲み会でしたぁ」


「ん?」


「わからない? それじゃヒントその二、場所は福福亭でしたぁ」


「あ……、福福亭って○○駅前のビル一階にある飲み屋か!?」


「ピンポーン!十九時から飲み会だったんだけど、店に入る直前に飲み屋があるビルの2階のファミレスから女の子と一緒に出てきた秋頼みてビックリしたよぉ」


 思わず頭を抱える、まさかあんな所で身内に目撃されるとは思いもしなかった。見られて困るものでもないが正直、気分的に春姉ぇには見られたくなかった。


「はぁ……。なるほどね……」


「で、どうなの? 仲良くなれそう?」


 興味津々に聞いて来る姉に少しイラっとするが、見た目の良さから恋愛経験だけは豊富な姉だ。ここで思い切って洗いざらい吐けば楽になれるかもしれないし、なにか教えてくれるかもしれない、……よし。


 俺は春姉ぇに今日の事を話した。アドバイスを求めるようにではなくただ事務的に話した。話して今後に少し悩むと伝えた。


「もっと適当にやんなよ、悩む必要なくない?」


 あまりにも適当な返事に話すんじゃなかったと少し後悔したが、姉は続けて


「秋頼、あんたさぁ。ゲームばかりしてたから体力と弱々な性格はともかく、背格好と顔は悪くない方なんだから、普段通り堂々としていればいいのよ。なんで昔から普段はバカみたいに決断が早い猛進タイプなのに色恋沙汰になるとナヨナヨしたヘタレになるかなぁ」


「う、うるせぇなっ、バカとヘタレは余計だろ!」


「あんたは男と思い込んでいたと言っても、いおりちゃんって子はオフ会には参加しない主義なのに会ってくれたんでしょ? なら、それってなにか思う事があったから会ってくれたんじゃないの?」


 そう姉に言われて、ハッとした。確かに当たり前すぎてスルーしていた、そういう考えは俺は思い浮かばなかった。


 ―─だとすると、いおりガイさんが俺と会ってくれた理由ってなんだ?

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