第4話 あと二週間!

 結論から言えば、ガイさんこといおりさんの歌唱力は、カラオケに行き慣れていない俺と比べてとてつもなく


 下手だった! これは予想外だっ!


 聞くに堪えないというレベルではないが、どういうわけかほぼ必ずワンテンポ遅れ、キーが常に二つはずれ続けている感じだ。

 いおりさんが持っていたカラオケ店の割引券はそれなり通っていないと貰えない類の割引券だった、たまにねなんて言ってたけど実際に相当なカラオケ経験者のはず……、それなのにこの歌唱力とは……!


 試しに採点機能を使ったら、比較的優しい採点基準のものでも七十点台にすら乗れないでいた。

 しかし、本人は気にするでもなく気持ちよさそうに歌っているし俺も女子と二人でカラオケってだけで気分は翼を授かった状態で浮かれているのでオッケー。

 それに、これだけ可愛い人なら歌が下手でもそれが逆にいいよなぁ……。


「ああ、また六十七点……、ってそろそろ秋頼さんも歌ってよぉ」


 いおりさんから突っ込みが入る。

 そう、実は俺、カラオケに来て一時間経つが歌いたい曲がないと言い訳をしてずっと歌っていなかったのだ。もちろんそれは嘘で、趣味丸出しの選曲をいおりさんに見られるのが恥ずかしいと言うのが本音だった。

 しかし、たしかに一度も歌わないって訳にも行かないだろう。それにこの一時間、いおりさんの選曲は予想斜め上で好みが完全に一致していた。もっと一般的なJ-POPあたりを歌うのかと想像していたけど、まさかのそっち系ばかりとは!

 それを臆することなく選び歌ういおりさんの姿に俺もビビっているわけには行かないと、ついに決心し選曲をした。


「よし、少し恥ずかしいけど趣味全開でいく!」


「まってましたー♪」


 パチパチと手を叩いてくれるいおりさん、まじありがと!


 俺が選曲した曲のイントロが流れ出し、俺は久々の人前ましてや初対面の女子の前でドキドキが止まらない。そして、予想以上に反応するいおりさん


「こ、これっ! 何年か前に動画サイトですごく流行った歌だよね! 凄い! これ秋頼さん歌えるんだっ!?」


「あ、いや歌えるというか、好きなだけなんだけど」


「私も好きだよ! でも途中で裏声になる所が難しくて諦めてるんだよねー」


 ん? 裏声のパートなんかないぞ。この人は歌が下手というよ耳がバカなのかも知れない……。


 ───


 採点結果 八十七点


「ヤッバー! 八十七点なんて初めてみたよ! 秋頼さん尊敬しちゃう!」


「いや、そんな。俺の友達なんか九十点台後半を普通にだすから大したことないよ」


 てか、八十七点を見るのが初めてって、普通に歌えればそんなに珍しい点数でも無いはずなんだけどなぁ。


「九十点なんて夢のまた夢だよ、秋頼さんはなにか練習したりとかしてる?」


「いや特にしてないけど……。そうだ、九十点台後半を簡単に出す友人と行くことが何度かあったんだけど、そいつと一緒に歌っていたら自然と点数が上がってたかな。やっぱり自分より上手な人の歌い方って参考になるよね」


「へぇ、そうなんだ?」


「うん、だからいおりさんもカラオケ友達いるでしょ? その友達の中に上手な人がいたら今度参考にしてみたら?」


「え……、う、うん! そうだね、そうするよ」


 一瞬だけいおりさん曇った顔をしたのに気付きなにかまずい事言ってしまったのかと焦ったが、すぐに元の笑顔に戻ったのもありホッと胸をなでおろす。

 表情が曇った原因が俺でないことを確認するように、俺はすぐに口を開き


「い、いおりさん。次の曲が入ってないよ、なにか決まってるなら俺いれようか?」


 と、ディスプレイ付きの大きいリモコンを手に取った。


「んー、それじゃ……あ! そうだ!」


 なにか閃いたようで手をパチンと叩くと、いおりさんは俺の方に満面の笑顔を向けてきた。


「ん?」


 ───


 採点結果 七十六点


「やったーっ!」


 両手を上げて喜ぶいおりさん、その横でぐったりと疲労感が隠せない俺。


「おめでとう、俺も頑張った甲斐があったよ」


 いおりさんが閃きと同時に手を叩いてからおよそ1時間半、ひたすら同じ曲を俺が歌い、それを聞いたいおりさんがそれを歌う、さらに俺がまた歌っていおりさんがまた歌う、時には合唱で歌って、いおりさんがまた・・。


 一時間半さすがに同じ曲をエンドレスで休む間もなく歌い聞くのは精神面と体力の両方が削られ、疲労から自然とため息もでてしまう。


「あ……。秋頼さんごめんね……。私、自分の事で夢中になりすぎてた」


 疲れ顔でため息をついている俺に気付いたいおりさんが心底申し訳なさそうな顔でしょんぼりと謝罪してきた。


「あ、いやいやいや! 大丈夫! 大丈夫だから! 俺も好きな曲だったし、なんだったらもう一時間半行けちゃうよ!?」


 まずいと思い、空元気ではあるもののマイクを持ってガッツポーズをして見せ、いおりさんはそれで笑ってくれた。


「あはは……ありがとう。でもごめんね、もう22時になってるし。帰る時間だね」


 そう言って腕時計を俺に向けて見せてくれた。すぐに俺もスマホをズボンのポケットから取り出しもう一度時間を確認する。


「今日は誘ってくれてありがとう。会おうって言われた時、会うかどうかすごく迷ったし会うまで怖かったけど会えて良かった」


 そう言ってくれるいおりさんにポカーンとする俺。


 ああそうか、もう時間か……、気付けば四時間半が一瞬ってくらいにあっという間だったな、楽しかった。


「あ、ああ、うん……」


 俺は何と言っていいかわからず、あいまいな返事をしてしまった。

 四時間半かけてようやく砕けて話せるようになった気がしていたのに、帰ると聞いて急に現実に戻された気分になり、またヘタレな自分に戻ってしまったようだ。


 ―――


 カラオケ店を出て駅まで十分程の道のりを2人並んで歩く。

 食事をしたファミリーレストランを出た時よりさらに寒くなっていて、見るといおりさんは寒さをしのぐように腕を組みながら歩いている。

 それとどこかで聞きかじった、道を女性と歩くときの基本、車道側を男が歩くを初実践して1人ひっそりと達成感を感じる俺。


 ふっと、いおりさんを見ていた俺の視線に気づいたのかいおりさんが俺の方に顔を向け見上げてきた。目線が合ったところで


「えへへ……、なぁに? もう22時だし帰るからねぇ」


 なんて、わざとらしくつーんとした顔して言ってきた。


「あ、いやそうじゃなくて、寒そうだなって……」


 慌てていおりさんを見ていた理由を言い訳っぽく言った。


「なーんだ。でも本当に寒いよねぇ、あと2週間で12月だもんね」


 12月まであと2週間。

 それはつまり、ライいおりガイさんが出会いずっと一緒に遊んできたオンラインゲームが終了するまであと2週間と言う事だ。

 ゲームでもすごく頼りになって、どんな相談でも親身に乗ってくれて、いつも的確で安心できるアドバイスをくれたガイさん。

 ずっと男性と本気で思っていたガイさん、そのガイさんが女性と知った今、出会い目的じゃないから会ってくれたと言っていたガイさんに俺はまた会いたいと言ってもいいのか……。


「……ちょっと、そのぉ。なぁに? あんまりジロジロ見ないでよぉ」


「へ? あ! ごめん、考え事してた!」


「もーっ!」とそっぽ向いたいおりさんに機嫌を損ねたかと心配したが


「ずっと騙してとは言っても、一応女子なんだからねっ!」


 なんて、笑いながら言われ俺はいおりさんにまで聞こえるんじゃないかってくらいの心臓の強い鼓動音に戸惑った。


 ―――


「それじゃ、私は上りだから……」


 駅の上り線と下り線が分かれる構内の通路で俺たちはお別れとなった。


「うん、俺は下り。ガイ……いおりさん今日は会ってくれて本当にありがとう。帰り道気を付けて」


「うん、秋頼さんもね。私からもありがとう、すっごく楽しかったよ」


 いよいよお別れか、また会いましょうって簡単に言えればな……、けど、やっぱりヘタレな俺には言えないな。


「うん、ゲームもあと二週間で終わっちゃうけどそれまではよろしく」


 ゲーム内であと二週間よろしく、これが俺の限界だった。


「あと二週間楽しもうね!」


 いおりさんが俺に手を差し出してきた。握手を求めているとすぐにわかり、その小さな手を握る。冷たい風の中を歩き冷え切っているはずの手は実際の温度よりずっと暖かく感じた。少し握った後、手を放し


「いおりさん、もう電車来ちゃうから行った方がいいよ」


「あ、うんそうだね。それじゃ!」


 そう言っていおりさんは手を小さく振って体の向きを変え俺の行くホームの反対方向に歩き出した。俺はまだ数分余裕があったから少し見送ろうと思っていたら、いおりさんが足を止め振り向きこっちを見た


「あ、あの秋頼さん……」


「え、あ、はい?」


 お別れした後にまさか振り向いて話しかけてくるとは思ってなく間抜けな返事をしてしまう、目が合い数秒沈黙が続いた後


「あ・・・、いえ、なんでもない・・です」


 それだけ言うと慌てるように頭をぺこりと下げて、足早に上り線のホームに駆け下りて行ってしまった。


「なんだ今の」


 いおりさんが去った後一人になった淋しさをもろに感じつつ、俺も下り線のホームへ降りる階段へ向かった。


 ―そういえば最後のいおりさん、敬語だったなぁ。


 なんて考えながら。

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