これが噂の異世界転生ってやつか⁉ 2


 (よし、まずはオレの状況を確認しよう)


 落ち着きを取り戻した神崎──いや、ルビアは、揺り籠の中から辺りをじっくりと見回した。


 上、キラキラのシャンデリアと豪華絢爛な天井画。


 下、毛足の長い真っ赤な絨毯。


 右、今の神崎が十人ぐらい入れそうな大きな暖炉と立派なヒゲの肖像画。


 左、大きな窓。


 (とりあえず、今日食うものにも困るような貧乏ではないな。ラッキー)


 次にその窓の外だが、これは日頃からフィサリアやメイド長のグレースが見せてくれるので、よく知っていた。


 「さあ、ご覧ください、お嬢様。今年は特に豊作だそうですよ。もうすぐ収穫祭ですし、新しい服をご用意しましょうね」


 麦畑である。


 地平線まで続く金色こんじきの海である。


 (風の谷のなにがし……)


 言わずと知れた超有名アニメ映画のラストシーンを思い浮かべ、ルビアは遠い目になった。そして悟る。


 ここ、ド田舎だ、と。


 (空が広い! 建物がない! 人がいねえ! 延々麦かジャガイモ畑! なんやねんここは! イメージ上の北海道か何かか⁉)


 たいがい北海道の人に失礼である。


 しかし、夏服と言って着替えさせられたのは長袖だったし、冬には一寸先も見えないほどの吹雪によく見舞われたので、ルビアの中でこの地はイメージ上の北海道と定められてしまった。


 (いやいやいや。世界全部こんなんかもしれへんし、ここはまだ発達しとる方かもしれんやん。そう、希望は捨てたらアカン)


 儚い期待を込めて首を振ると、揺り籠の端に捕まって立ち上がった。起き上がれるほどの腹筋もないことにため息をつきながら。


 (さて、まずは世界観を知りたいな。歴史書……あ、新聞みたいな? とりあえず書斎的なとこを探そうか)


 こうして子守部屋からの脱走を図るわけだが……。


 「あ~! ルビアお嬢様ったら、また揺り籠から勝手に出て~。ダメって言ってるじゃないですかー、もうっ」


 (チッ。やっぱ捕まるか……)


 「子守」とついていることから明らかな通り、だいたい一人か二人のメイドが常に部屋で待機してルビアの面倒を見てくれている。


 「う~ん。今からこんなに元気だったら、馬に乗せちゃったらあっという間にどこかに行っちゃいそうですね~」


 「うっ?」


 「あっ、なんかお目目キラキラさせちゃった⁉ ダメですよ、お嬢様! お嬢様の移動は絶対馬車ですからね!」


 乗馬体験の機会もなかったルビアにとって、馬と言えば二次元の存在に等しい。颯爽と、あるいは圧倒的迫力で駆けていくキャラクターたちの姿が目の前に思い出された。


 (の、乗りてぇ~!)


 胸を高鳴らせたのがバレたのか、フィサニアには釘を刺されてしまったが、ルビアは意に介さない。不本意ながら迎えた二度目の人生、我が儘上等、やってみたいことはやることに決めている。


 そして乗馬とはべつに、もうひとつ。是が非でもやりたいことがルビアにはあった。


 「ほ、ほらほら、お嬢様~。そんなことより、お嬢様の大好きなぬいぐるみさんたちと遊びましょうね~。ふーわふーわふわわ~」


 手触りのいいクマやウサギのぬいぐるみが、フィサニアの振る杖の動きにあわせて宙に浮かび上がった。


 「キャーッ!」


 ルビアはいっそう目を輝かせて両手を叩いた。



 この世界には、魔法がある。



 これにテンションが上がらない現代日本人は少ないだろう。


 初めて魔法を目にしたときは喜びのあまり、自分の体のことも忘れて飛び上がって歓声をあげ、揺り籠から転げ落ちた。その場に居合わせてしまったグレースには、悪いことをしたと思っている。


 「うふふ。おままごとしましょうか? 天気がいいからお散歩もいいですね~」


 デレデレと頬を緩ませているフィサニアを見上げて、こっそりと苦笑をこぼした。


 (魔法にテンション上がっとるだけで、オレべつにぬいぐるみで遊ぶんが好きなわけやないけどな)


 ぬいぐるみたちはフィサニアの声に合わせて小さく首をかしげたり腕を振ったり、可愛らしい動きを繰り返している。


 何もしないのも気まずくて、それを真似していると唐突にひらめいた。両手でフィサニアの膝を叩く。


 「ん、んっ!」


 「? どうしました~?」


 「あー!」


 まだ話せないことをもどかしく思いながら、ぬいぐるみと自分を何度も交互に指差してなんとか伝えようと頑張る。


 「あっ、もしかしてお嬢様も浮いてみたいとか?」


 「んぅっ!」


 力一杯頷いて、フィサニアに寄るとスカートの裾を引っ張ってねだった。


 (やりたいやりたいやりたいやりたいやりたいやりたい……っ!)


 「うーん。どうしよ……。何かあっても大変だし……」


 「やーぁー!」


 「拗ねられてもメンド……いやいや、えーっと、そう、せっかくこんな楽しみにしてくれてるのにできないって言うのも、かわいそうだよねー」


 (オイ)


 素直すぎる彼女に思わずツッコミつつ、催促するように何度も膝を叩いた。


 「あ、そうだ。こうしましょうか、お嬢様」


 「う?」


 抱っこされ、降ろされたのは先ほど這い出た揺り籠の中。


 「行きますよ~。ふーわふーわふわわ~」


 (どうでもいいけど、それ呪文?)

 

 半笑いでフィサニアを見ているうちに、ぬいぐるみたちと同じように、杖の動きにあわせて揺り籠がふわっと、十センチほど浮かび上がった。


 「わーー!」


 本当はもう少し高く浮かんでみたいところだが、それでもこの内蔵が弾むような、ソワソワするような感覚は、


 (ジェットコースターーーッ!)


 前世で乗った絶叫アトラクションを思い出し、テンションは二割増になった。


 「これならお嬢様に魔法をかけるわけでもないし、万が一落ちちゃっても大丈夫ですよね~。我ながらナイスアイディア!」


 「んっ!」


 「わっ、お嬢様もしかして褒めてくださってます?」


 「うん! あうあうあー!」


 「ええっ! いま「ありがとう」って言いました⁉ やだ、嬉しー! よーし、じゃあ特別にもう少し動かしてあげますねー」


 「キャーッ!」


 しばらくの間、揺り籠を宙で揺らしてもらうのがルビアのブームとなった。



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