第一章 これが噂の異世界転生ってやつか⁉

これが噂の異世界転生ってやつか⁉ 1


 神崎アカネは死んだ。


 病気でも事故でも、ましてや事件でもない。後にはきっと、「未曾有の大災害」とニュースで言われるような災害の犠牲者となったのだ。


 亨年、二十一歳。未来ある男子大学生だった。




 (……の、はずやんな?)


 神崎は己が死んだことを理解していた。同時に、「死んでんのにオレ死んだんやなっておかしいやろ」とも思った。ついでに言えば今、どういうわけか体の感覚がある。


 神崎は、思いきって目を開けた。


 「あっ! 奥様、お目覚めになられましたよ! や~ん超可愛い~!」


 キラキラと輝く濃い金髪を左右に束ねた、クラシカルなメイド服の女の子が頬を紅潮させて神崎を覗き込んでいた。


 (⁉ ⁉ ⁉)


 神崎は混乱した。それはもう、盛大に混乱した。


 (なんやこれ誰やねんお前どこやここ何がどうなってんねんなんなんやこれ)


 声も出せずに固まっていると、茶髪をきっちりとまとめた別の女性が視界に映った。


 「まあ、かわいそうに。あなたが大きな声を出すからビックリしているじゃない。さ、奥様のところへ行きましょうね」


 「あー! メイド長ズルーい! アタシも抱っこしたいです~」


 「あなたは落としそうだからダメ」


 「そんなことありませんよ⁉」


 神崎は細身とはいえ、百七十センチを超える立派な成人男性である。軽々と女性に抱えられるような大きさでも重さでもない。


 ここでもうひと混乱ありえたかもしれないが、


 (めっっっちゃ胸当たってる……)


 ふわふわとした柔らかい感触が最高だったので、神崎は小さな体を預けて一切の思考を放棄した。



 生前、マンガやアニメやラノベにそこそこ親しんでいた神崎は、今の状況を的確に表す言葉を知っていた。


 すなわち、『異世界転生』である。


 それ以外に有り得ないと、落ち着いたらすぐにその結論に至ったわけだが、もちろん「はいそうですか」とはいかなかった。


 (なんでオレがこんな目に遭わなあかんねん⁉ あとちょっとで推しキャラゲットできるとこやったのに! てか、今イベント中のゲーム何本あったと思てんねん! 来月には新刊がアレもアレもアレも出るし、超楽しみにしとったのにっ!)


 後悔をあげればキリがない。


 実際には赤ん坊なので、「あー! うー!」としか声にできなくても、とにかく叫んで手足を振り回して、理不尽に己の命を弾き出したあの世界の運命を呪った。



 けどそれも、しばらくやれば飽きるのである。



 飽きるというと語弊があるが、ようは叫ぶのにも動くのにも体力が必要だったのだが、産まれて三つに満たない今の神崎にそんなものはなかったということだ。


 疲れた神崎は、記憶を取り戻してから半月経つのを機に、全てを諦めることにした。


 (よし分かった。泣いても喚いてもどうにもならんっつーのは、嫌ってーほど分かった。これはもうしゃーない。神様には会わんかったし、チート能力的なんがあるんかは知らんけど、とにかく! なんとかこの世界に適応して生きてやろう)


 吹っ切ることさえできたら、この男は並の人間より逞しかった。


 そう。


 「ルビアお嬢様~。今日のオヤツは旦那様も一緒にお庭でピクニックですって。キャー、楽しそう!」


 


 テンションが高めの金髪のメイド見習い──フィサリアに抱えられながら、内心で拳を握りしめた。


 (神崎アカネ改めルビア=S=トゥルニエ。オレ流のやり方でこの世界を全力で楽しんでやるから、目ぇかっぴらいて見とけや神様のクソやろうッ‼)




 人はこれを、ヤケクソという。

 


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