これが噂の異世界転生ってやつか!? 3


 さて、それから数年が経ち、ルビアはようやく満足に会話ができるようになった。


 「ねえ、グレース。これ読んで!」


 なのでさっそく、分厚い歴史書の読み聞かせをねだる。


 「…………」


 さすがは歴戦のメイドというか、華麗にスルーされ、子供向けの易しい絵本にすり替えられた。


 「さあ、今日はこの世界を創った神々のお話ですよ」


 (むぅ……)


 ルビアとしては不満が残ったが、めげずに何度も突撃していろんな本を読み聞かせてもらったことで、やっとこの世界の輪郭が見えてきた。 


 この世界は、両性具有の一なる女神・フローリアスによって創造されたことになっている。全ての恵みと幸福は彼女からもたらされるといわれ、女神を讃える神殿が世界中のどんな場所にでも建てられていた。


 (つまり一神教ってことやんな)


 女神は人間を創造すると、愛の証として三つの贈り物をした。


 世界大陸メリア、言葉、そして魔硝石だ。


 世界大陸メリアあるいは、たんにメリア大陸とも呼ぶ。人はここか周囲に点在する島々でしか生きられず、海の果てには未知なる怪物が住むとも、虚無に流れ落ちているのだとも言われている。


 (これは事実なんやろか。それとも、そう言われとるだけで実は地球と同じやったりするんやろか。地球は平らやったって信じられてた時代もあったらしいしな)


 そして、ひとつの場所で人間たちが互いに協力して円滑に生きていけるように、共通の言語が与えられた。


 地理的特性によって多少訛りが生まれた地域もあるが、メリアの中ではどこに行っても言葉が通じると思っていい。


 (ってことは、第二言語学ばんでええってことか⁉ いよっしゃあああああああ!)


 第二言語どころか英語も常にギリギリの成績だったルビアは、それを知ったときスタンディングオベーションする勢いで喜んだ。


 「お嬢様? 貴族の令嬢として相応しい言葉遣い、振る舞いをするように、と何度も申し上げているはずですが?」


 「わ、分かっているわ、グレース。大丈夫よ……ホホホ……」


 眼鏡の奥の瞳が冷たくなったのを見て、慌ててルビアは姿勢を正した。グレースがそう釘を刺すのにも、理由がある。


 ルビアの両親であるトゥルニエ子爵夫妻は、積極的に領民と交流を図るタイプの人だった。


 祭に招待されたり視察で各地に赴くことも多く、最近では日帰りできる距離だとルビアもついていくようになった。


 そこにはルビアと年の変わらない子供もいて、一緒に遊んで泥だらけになってグレースの雷が落ちること早何回……ということである。


 ちなみに、両親は笑っているだけだった。


 「領民に信頼されるというのも領主にとって大切なことよ。そのためには、一緒に行動して、私はこういうものですっていうのを分かってもらうのが一番早いわ」


 「まあ大人になれば、もっと利害が絡んでくるから付き合いは慎重にならないといけないだろうが、子供のうちはそんなこと気にせず、よく遊んでよく学びなさい」


 「はい! お母様、お父様」


 「はい、ではありませんお嬢様。仮にも子爵家の令嬢が『すげー』や『うまい』などと口にするなんて!」


 グレースの目が三角に吊り上がる気配を察して、ルビアは急いで父カーネルの背中に隠れた。


 「まあまあ、この子はまだ子供だよ、グレース。同じような年の子たちと一緒にいて、ついうっかりその話し方が移ってしまうのも仕方ないだろう」


 「ですが旦那様……」


 (ごめん、お父様。それ、他の子供の影響やなくて前世の影響なんや……。絶対言えんけど)


 父を盾にしてしまったことと、寄せられた信頼をある意味裏切ってしまっていることに一抹の罪悪感を抱く。


 それを知ってか知らずか、子爵はルビアの頭を大きな手で優しく撫でた。


 「それに、家やお茶会の場ではちゃんと振る舞えているだろう。大丈夫、この子は聡い子だよ」


 ね? と顔を覗き込まれ、ルビアは精一杯の笑顔を作って頷いた。


 「もちろんですわ、お父様! わたくし、お父様とお母様に恥じない立派な淑女レディになってみせます!」


 口先だけのつもりはない。これ以上のボロを出すことがあれば、きっとこの世界での居場所を失ってしまう。


 ルビアは改めて肝に命じた。


 「ほら、ルビアもこう言っているんだ。グレースが心配してくれているのは分かっているよ。でも、もう少し見守ってあげてくれないかな」


 「……はぁ、かしこまりました。お嬢様はまだ幼いことですしね……」


 「ああ、ありがとう」


 雷がひとつ去り、ルビアが胸を撫で下ろしていると、突然カーネルに抱き上げられた。


 「それにしてもルビアは偉いなあ! こんな小さいのに、お二人に恥じない立派なレディに……なんて! 心配しなくてもいいよ、ルビア。君はもうとっくに、私たちの自慢の娘なんだから」


 (しまった! オレ今幼稚園レベル! 絶対こんなこと言わねーわ! ごめんお父様、オレなんもえらないから! 勘違いせんとってな!)


 冷や汗をかきながら、ぎゅうっと抱きしめて頬ずりしてくる子爵に、もう一度心の中で謝るのだった。


 「お、お父様どうさま゛……ぐるしい゛です……」


 「ん? ああっ、すまないルビア!」


 というようなやりとりがあってから、グレースのレディチェックが度々入るようになってしまった。


 そして最後の魔硝石だが、これは読んで字の如く、魔法を使うのに必要な石のことだ。魔硝石の鉱山は世界中に存在し、各国はこの鉱山を中心に栄えている。


 この魔硝石に生命エネルギーたる魔力を流し込み、魔法式を発動させることで、人は魔法を行使できるのだ。


 (えーっとつまり? 魔力が電気で、魔硝石が家電で、それをレンジにするか洗濯機にするか決めてんのが魔法式っちゅーことか)


 ざっくりとしたまとめ方だが、大きく間違ってはいない。


 創世の時代から汎用性や利便性を求めて研究が進められた魔硝石は、今では粗悪品も含めて広く市場に流通するようになり、一般家庭にも普及している。


 ただし、その多くはあらかじめ魔硝石に魔法式が組み込まれたものだ。魔硝石に魔力を流し込んだあと、自分で魔法式を描き、その都度違う魔法を行使することもできるが、それには熟練の技が必要となる。


 (あ~、なるほど。だからあのとき……)


 まだ「うー」としか言えない頃、フィサリアが休暇でいなかったある日、グレースに代わりに浮かべてほしいと頼んだことがあった。


 ちなみに、めちゃくちゃジェスチャー頑張った。この数年のおかげで、今ならどんな無茶ぶりジェスチャークイズにも応えられる気がする。


 閑話休題。


 「ああ……。最近お嬢様が夢中になっているというアレですね。申し訳ございません、私は『浮遊』の魔法式を持っていませんので、すぐに別の者を呼んできますね」


 「う?」


 その言葉通り、別のメイドがすぐに来て揺り籠を浮かべてくれて楽しんだのですっかり忘れていたが、メイド長として屋敷の使用人を束ねるグレースに子守用の魔法は必要なかったということだろう。


 現在、どれだけ質のいい魔硝石でも魔法式を十個以上組み込むことはできないとされている。そして、質のいい魔硝石は魔法式を自分で描く人へ売られることが多いため、一般人が手にできるそこそこの魔硝石には、平均して四つほどしか魔法式が組み込まれていないのが普通だ。


 (電話、メール、カメラ、あとネット? って、初期のガラケーかよ。で、それに対してアプリもれれるスマホみたいな感じ? 格差ヤベー)


 ルビアは高校まではガラケーユーザー、大学からはスマホを使っていて両方を知っている分、乾いた笑いしか出てこなかった。


 そして気になる「呪文」だが、実は自分がどの魔法式を発動するか理解していればいいので、呪文はなくてもいいし、あっても人によって違うのが普通だそうだ。


 「ではお嬢様、しっかり掴まっていてくださいね。せーのっ、ふわふわり~ん」


 (だからなんやねんその呪文!)


 あのとき、そう内心でツッコんでいたのだが、そういうことだったようだ。


 (でもつまり、某剣と魔法の世界の呪文がそのまま使えるってことやんな?)


 勇者やスライムが出てくる超有名ゲームを思い浮かべて、ドキドキしながらルビアは夕食後の家族団らんの時間に父親に尋ねてみた。


 「ねえ、お父様。わたくしも早く魔法が使えるようになりたいわ。魔硝石ってどこに売ってるの?」


 「おや、もう魔法に興味があるのかい? それは将来が楽しみだ。十二歳の誕生日に杖をプレゼントするのが我が家のしきたりだからね。それまで楽しみにしていなさい」


 「え」


 父親の何気ない一言は、ルビアにそれはそれは大きなショックを与えた。


 具体的には、部屋の隅でよよよ……と泣き崩れるぐらい。


 屋敷中が大慌てで慰めるも、彼女はまったく泣き止まず、誰とも口を利こうとすらしなかった。


 (年単位どころか、今までの人生のほぼ倍待たなアカンとかひでぇ~~~~~! 今すぐ使わせろよアホォ~~~~~!)




 まあ翌日には書斎に籠り、来たる日のために予習を始めたのだったが。

 切り替えが早いのか、またもヤケクソになっただけなのかは、神のみぞ知る。



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