第90話 ぽっちゃり少女

「わ~あぁ、あの子、かわいそうに……」

「思いっきり顔面にボールが当たったわよ……」


「な、なんと、ネガティ部助っ人の1人、2年の前妻木まえむきさんが投げた剛速球が、い、1年の『野家乃紅伊奈やけのくいな』さんの顔面に直撃した―――っ!! 野家乃やけのさんは大丈夫なんでしょうか!?」


「くいな、良くやったわ!! あなたはどんくさくて気の利かない子だからいつもイラッとしていたけど、ようやく私の役に立ったわね? 褒めてあげるわ~っ!! この調子で頑張りなさいよね!! オーホッホッホ~!!」


 チッ……


 何て部長だ……自分の身代わりになってくれた1年生部員の顔面にボールが当たったっていうのに心配の言葉もかけないのかよ!?


 それも女子の顔なのによぉ……


「っつ……いっ、痛い……」


「おい、大丈夫か? 野家乃やけのさんだっけ? 別にあんな部長の盾なんかになる必要なかったじゃん。それに女の子なんだから顔は特に気を付けないと……」


「うっ……べ、別に私は良いのよ……わ、私みたいな『ブス』で『デブ』な女なんか……」


 美代部長みたいなこと言うなよな。


「バ、バカ野郎、何を言ってるんだ!? 『ブス』とか『デブ』なんて関係ねぇだろ!! そんな事、俺は思ってねぇし……それよりも、やっぱ女の子は男なんかより体はデリケートだろうし、顔に一生残る様な傷でも出来たらどうするんだよ!? それこそ最悪じゃんか!! こんな試合にそこまで体張る必要なんか無いよ!!」


「で、でも……私達、敵同士だし……」


「『でも』じゃねぇよ!! それと敵同士!? そんなの関係ねぇ!!」


「え?」


「俺達、部活は違っても同じ名染伊太学園の生徒で『仲間』じゃないか!! 顔を怪我してまで頑張る程の事じゃない!! ほらっ、もうそんなどうでもいい様な事は言わずに俺のハンカチ貸してやるから、鼻血やら顔に付いた土を拭き取るんだ」


「えっ? あ、ありがとう……」(ポッ…)





「くいな~っ!! そこ動くんじゃないわよっ!! とりあえず越智子美代の前に、そこの『普通の子』を脱落させるから~っ!!」



「お――――――っと!! 野家乃やけのさんに当たったこぼれ球を花持部長が拾い、そして目の前にいる1年『普通の子』目掛けてボールを投げようとしているぞ―――っ!!」


 2人共『普通の子』って何だよ!?

 ちゃんと名前で呼べよ!!


 ってか、マズいな。俺、敵陣営に入ってしまっているから逃げる余裕が無いぞ!!



 (スクッ)バンッ!!


「えっ、野家乃さん??」



 スルー……ポトン……


「あ―――っ、くくくいな~っ!? な、何でよーっ!?」


「お――――――っと!? 花持部長が『普通の子』目掛けてボールを投げた瞬間に野家乃さんが急に立ち上がり、ボールが背中に当たってしまったぞ―っ!! 結果、『普通の子』を守った形になってしまいました~っ!!」


 『普通の子』は余計だっ!!


「くいな~っ、何で私の邪魔をするのよ!? せっかく先程褒めてあげたばかりなのに、ほんとあなたって役立たずよね!! もういいわ、サッサと外野に行きなさい!!」


「や、野家乃さん……背中大丈夫か? 何で急に立ち上がったんだよ? 敵の俺を庇う形になってしまうのに……」


「フフ、あなたは『敵』じゃないから……『仲間』だから……あなたがさっき私にそう言ってくれたじゃない……あなたのお陰で『封印していた自分』に戻る決意ができたし……だからこれはお礼の気持ちなの。『布津野君』本当にありがとう……」


「『封印していた自分』?? 何の事だ?」

(あっ、この子は俺の名前をちゃんと呼んでくれるんだな?)


「それは秘密よ。『2学期』になれば分るわ……」


「へっ?? 2学期??」


 野家乃さんは何を言っているんだろうか?


「くいな~っ!! 何、敵の『普通の子』と『普通』に話をしているのよ!? 早く外に行きなさい!!」


 ややこしい言い方するんじゃねぇよ!!


 クルッ!!


「花持部長!!」


「な、何よ、くいな!?」


「私、たった今をもって『エグゼクティ部』を退部します!! 短い間でしたがお世話になりました!! 有難うございました!!」


「 「 「 「え―――っ!?」 」 」 」


マ、マジかっ!?

試合中に退部なんて聞いた事ねぇぞ!!


「くっ、くいな~っ、あなた何を言ってるの!? 退部って何よ!? お金持ちなのにそれを利用するどころか、容姿が原因なのかは知らないけど性格も暗くて積極性も無く1人も友達がいなかったあなたをエグゼクティ部に誘ってあげたっていうのに……恩を仇で返すっていうの!? それも試合中にだなんて……意味が分からないわ!!」



「お――――――っと~!! まさかの『ドッジボール対決』中にエグゼクティ部から退部者がでたぞ――――――っ!! これは前代未聞な事が起きてしまいました!!」



――――――――――――――――――――――



「ハッハッハッハ~ッ!! これは面白くなってきたねぇカイカイ!? めちゃくちゃ盛り上がってきたじゃないか~っ!!」


「フフフ、そうだな天翔……『2学期』が楽しみだよ……」


「へ、2学期が楽しみ? そう言えば今退部した女子が言っていた言葉だよねぇ? カイカイ、その2学期っていうのはどういう意味なんだい?」


「いや、気にするな。こちらの話しだ……」


「会長……? 野家乃さんの事をご存じなのですか?」


「ああ、知っているよ。私と紅伊奈は従兄妹同士だからな……」


「えっ!? そ、そうなんですか? へぇ……知りませんでした。また後で彼女の事を教えてくださいね?」


「ああ後でな……試合が終わったらゆっくりと説明させてもらうよ……キリたん……」


――――――――――――――――――――――


……野家乃さんが退部してしまったのは俺が彼女に余計な事を言ってしまったせいでもあるよな?


なんか責任を感じてしまうよなぁ……


野家乃さん、本当に退部なんかして良かったのか?

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