第2話
九鬼龍作は、その事故を見ていた。
実に、詳細に見ていた。その後、詳細に調べたのは、それなりの理由があったからである。
A市の街中を突き抜ける国道と、少し広い脇道からの交差点での追突事故だった。角にはスタンドがあり、どちらの道路からも死角になっていて、一応国道側は優先道路だったが、それなりの徐行が必要な交差点だった。
周りは田んぼだった。所々にはまだ収穫前の稲が豊かに実っていた。西の彼方には山がいくつも連なり、そこから、つまり交差点から見る光景は心地よい緑がゆったりと繁栄していた。若い夫婦と六七歳くらいの女の子が乗っていた。この家族は国道のほぼ直線を走っていた。もう一方は、脇道から国道に出て、右折をするつもりだったらしい。こっちに乗っていたのは、二十二三歳の若者だった。半ば強引に右折を試みたようだ。
その結果、
若者の車はスピンし、田んぼに突っ込み、こっちは大した怪我ではなかった。家族連れが乗っていた車は電柱に追突した後、衝撃でフロント部分が大破し、おまけに二回転ばかりした後、対向車線で止まった。
何人かが事故の現場に近寄って来ていた。
「誰か、救急車を呼んで!」
龍作が叫んだ。ガススタンドの店員が、
「分かりました」
と、緊張仕切った声で答えた。運転席をしていた男は即死だった。女の方は・・・まだ生きているように見えた。
が、この女は、後部座席の乗っていたであろう子供を抱き抱えるようにして、フロントガラスを破っていた。シートベルトをしていたのだろうが、外されていた。
「大丈夫か!」
女は少し目を開けたが、もう意識は薄れて来ているように見えた。口が動いている。
「何だ?救急車は呼んだ。もう・・・すぐ来る」
龍作は、この言葉が無意味だと分かっている。
「子供は、大丈夫だ。安心しなさい。むっ・・・」
多分、子供を救うためにシートベルトを外し、子供を守ったのかもしれない。
女は苦しい中、何かを言おうとしているように見えた。
「何が・・・言いたい!」
「この子に・・・」
龍作は女の口元に顔を近づけた。
言葉にならないようだ。だが、女は口を動かし続けている。龍作は、口元を読もうとしている。
十秒くらいすると、女の意識はこと切れた。
「分かった。必ず伝えるよ」
やがて、救急車が来て、パトカーもやって来た。この時には、もう龍作の姿は消えていた。
母親が残した言葉は、二十二三行の文字だけだった。女が残したその言葉は、二三日龍作の脳裏にこびりつき、離れなかった。
次の日の新聞の記事で、事故にあった家族連れの名前が分かった。
(どうする・・・名前は分かったのだが・・・)
調べてみるか・・・杏里という少女のために。そして、自分が犠牲になっても助けた怜奈という母親のためにも。
「道警の樫山巡査部長に頼まなくても・・・」
龍作は、すぐに女の自宅を見つけることが出来た。
一戸建ての新築だった。
誰かがいる気配はなかった。杏里という女の子は、まだ病院にいるのかもしれない。
龍作は、叔父ということにして、家の近所に聞き込みに入った。
この辺りは米山団地というらしい。聞き込みをして、何かが分かるという保証はなかつたが、女が残した言葉を伝えると約束したからには、龍作はそうしてやらなくては・・・と決めていた。
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