九鬼龍作の冒険 杏里という名の少女

青 劉一郎 (あい ころいちろう)

第1話

北海道のJR留萌線は、日本海側を留萌から幌延まで三十九駅ある。

「あった・・・」といった方がいい。今は廃線になっている。

全長五十・一キロであった。単線のため、途中いくつかの駅で、列車の通過待ちをする。その間、乗客はいらいらせずに、見慣れた窓の風景をぼんやりと眺めている。通過待ちしている列車も慌てることなく幌延まで行く。

 「さあ、行くか、ビビ」

 九鬼龍作はいつものようにショルダーバッグにビビを入れ、一両の列車に乗り込んだ。季節は、九月で、少しひんやりとしている

が寒くなく、心地よい日照りである。

 留萌駅に列車が止まっている。発車まで、まだ少し時間があった。龍作はゆっくりと乗り込んだ。乗客は・・・五人だった。開いている席はたくさんあったが、龍作は、

 「ここ・・・いいかな?」

 と声を掛けた。

 (この子だな・・・)

「いいわよ。どうぞ」

 と返事をして、顔を上げたのは、七八歳くらいの少女だった。

 なぜ、声を掛けたかと言うと、

 (やっぱり・・・この子)

 だったからである。

 「一人なんだね」

 「うん」

 と、少女は大きく頷いた。

 ショルダーバッグから顔を出して、じつと目の前の少女を大きく目で見ているのは、ビビである。

 「可愛いですね」

 「そうかい。ビビって、言うんだよ」

 すると、

 「こんにちは」

 と、少女はビビに微笑みかけた。

 「抱いても、いい?」

 「ああ、いいよ」

 龍作はショルダーバッグからビビを抱き上げ、少女に渡した。

 「きれいな猫ね」

 少女はビビを自分の目の前に持って来て、

 「大きな目ね」

 と、微笑んだ。

 ビビは、

 ニャーニャー

 と鳴き声を上げた。

 少女はビビを膝の上に置いた。

「何処まで、行くの?」

 「幌美まで」

 「そう、幌美か・・・」

 「おじさんは・・・?」

 「幌延までだよ」

 「何をしに行くの?」

 「そこにいるトナカイが元気か・・・気になってね」

 「トナカイ!」

 「そうだよ、おじさんのトナカイの世話をしてもらっているんだよ。もうじき、活躍してもらわなくてはならないんで、ね」

 「活躍って・・・そうか、クリスマスなんだね」

 「おじさんって、サンタクロースなの?」

 「そうだよ。おじさんは、サンタクロースさ」

 龍作は胸をはった。

 すると、少女はじっと目の前のおじさんの顔をにらみ、

 「でも、ヒゲは白くないんだね」

 「そうさ、黒いヒゲのサンタクロースなんだよ」

 「えっ、そんな人って、いるの?」

 「いるさ、ちゃんと、ここに」

 少女はまた怪訝な目で、龍作を睨んだ。

 「本物だよ。信じてないの?」

 龍作は笑い掛けた。

 「私は・・・信じているって」

 「そうか・・・嬉しいね。それで・・・その信じているサンタさんからプレゼントをもらったことはあるの?」

 少女は首を振った。ちょっぴり哀しそうな眼をして、龍作を見つめた。

 「ごめん、ごめん。いけないことを聞いてしまったようだね」

 「じゃ、今年は無理だけど、必ず、このサンタクロースがプレゼントを届けるよ」

 「本当・・・」

 「ああ、約束する」

「名前は?」

 「杏里って、言うの」

 「あんり・・・珍しい名前だね」

 「そうかな、私、とっても気に入っているんだから」

 「ははつ、そうか。ごめん、ごめんよ。からかってるんじやないから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る