真相① ~プロローグ~
『明日午後一時、いつもの場所で』
覚悟を決めたその日の午後、麻里奈からショートメールが届いた。
カオルとボクがセックスをした事実はリアルタイムで麻里奈に知らされているはずだからその対応の速さが事の重大さを物語っているのだろう。
彼女の申し出を拒否する理由もないし、ボクが日時を指定する権利もない。
『この世界はこれからどうなるのだろう?』
人類滅亡へのカウントダウンが間違いなく始まった今、割りと内省的な性格故漠然としたこの『問い』が確実にボクの頭の中を駆け巡るだろう。そして何の手立ても手掛かりもないたった独りの状況では、只々時間の浪費が増大するだけ。やがて窮地に立たされることは火を見るより明らかだ。
だから間を置かずボクは麻里奈に『了解』の返事を打った。
次の日の朝、自国の利益のため隣国に理不尽な戦闘を仕掛けた大国が更に圧力をかけているというニュースを目にした。直接物理的被害を受けないこの国にいても、自分の境遇と重ね合わせるとこの上なく気分を滅入らせてくれた。
麻里奈の住いからボクの家までは車で最低でも一時間。交通事情も考えると遅れることはあっても早い到着はほぼあり得ない。ボクは約束の一五分前に店に入り、先にコーヒーを注文して心の準備をする積りだった。
店のドアを開けるとそこかしこから弾む声が聞こえた。ランチタイムではあるが、平日にしてはかなりの賑わいを感じ取れた。とは言え順番を待つための椅子には誰もいないし会計をしている先客がいるから少なくとも待たされることはないようだ。
来客の呼び鈴に直ぐ様反応して笑顔で迎えたウエイトレスに後から連れが来ますと告げ、案内されたテーブルの隣りを見てボクは絶句した。
(!)
「こんにちは。ご無沙汰してます」
すぐに返事が出来なかった。唾をゴクリと一飲みし、気を落ち着かせた積りだったがやや上ずった調子で声が漏れた。
「えっ!君も一緒なの?」
この二人が連れですと告げ彼らの前に座るとウエイトレスはメニューを置いて一旦その場を離れた。
「うん、そうなの」
苦笑いをする男性に替わり返事をしたのは隣りに並んで座る麻里奈。
そう、彼は彼女の夫、石川和哉。
ということは……
「ま、和哉くんも知ってるの?」
『知ってるの?』には複数の意味がある。
カオルの正体、人類滅亡の危機、それに……。
「うん、知ってる」
「全部?」
「そう、全部」
それはボクとカオルとのセックス事情のこと。答えたのは彼ではなく麻里奈。
顔から火が出る思いがした。
私たちはもう頼んであるからと麻里奈が言うので、ボクは困惑しながらメニューに視線を落とした。心の準備ができないまま思惑はいきなり頓挫し、少し慌てはしたが小さく深呼吸をした後、いつものカレーのかかったディッシュセットのコーンスープ付き、それと食後のコーラフロートを即決。素早く呼び鈴を押した。まるで自分のために待機していたかのような素早さでテーブルの前に立ったウエイトレスに淀みなく注文を告げると直後無駄に軽やかな反転を披露しその場を立ち去った。
「知ってるって言うより、今まで話したコトとこれから話すコト、全部を私に教えてくれたの実はカズくんなの」
ウエイトレスが遠ざかるのを確かめると麻里奈はテーブルの上に身を乗り出し耳打ちするように打ち明けた。
「ええっ!!そうなの?」
ボクも声を張らずに驚いて見せた。
「……はい」
和哉に視線を送ると穏やかな笑顔を見せた。
「麻里奈の言葉に補足説明すると自分と麻里奈が出会ったのは偶然ではなく必然なんです」
「必然?」
「あ、えっと……。話せば長くなるからその件はまた後で。それより今日はもっと大事な話があるの。たっくんも分かってるよね?」
麻里奈は和哉の意味深な発言を遮った。
「う、うん……」
「覚悟はできた?」
「う、うん、まあ……」
煮え切らない返事の理由は麻里奈がどうやって助けてくれるのかが分からないから。
「それにしても今日は早かったね」
ボクは一瞬話をはぐらかした。
「娘たちは一昨日から僕の実家に遊びに行かせてるので直ぐに家を出られたし、麻里奈の実家に来る時はいつでも渋滞する道路が意外にすいてたもので……」
和哉は明確に理由を説明した。
「遊びに行ってるっていうより私たちが今日に備えてムリヤリ連れ出したんですけどね」
「今日に備えて?」
「そう。二人の契約、成立したでしょ?」
「け、契約って……」
ボクは狼狽えた。
「たっくん、ママに射精した後、たっくんの方から何かを誓わされたでしょ?」
麻里奈は鋭い視線を投げ掛けた。
(えっ?そんなことまで分かるの?……)
「う、うん……」
「それで奴らとの契約が正式に成立したことになるの」
「そうなると拓実さんを助ける命を受けた僕ら二人は人類滅亡阻止に邁進する。しばらく夫婦の営みはできない……、いやもう二度と出来ないかもしれないから嫌という程セックスを堪能したい。そのために二人は邪魔だったので」
薄い笑みを浮かべながら衝撃の告白を話す和哉は至って冷静だった。
「君たち二人で?」
「はい、僕たち二人が拓実さんに協力します」
「正直、拓実さんたちの『行い』を知らされると僕たちも結構刺激を受けるんですよ。何せ麻里奈はあなたの奥さんの娘なもので……」
『好き者』とでも言いたいのだろうか?
和哉は不敵な笑みを浮かべすると、テーブルの下で彼の手が不穏な動きをした。
「もう、カズくんやめて!昨日いっぱいしたじゃない……。そんなコトしたらまたヤリたくなっちゃうでしょ!」
麻里奈の顔が一瞬で紅潮した。
「相変わらず反応が早いね」
(!)
和哉はしたり顔をして見せている。
ボクは二人のイチャイチャをただ呆然と眺めていた。
「たっくんゴメンネ。二人でいるといつもこんな感じなの……。これからもっと激しい場面見せるかもしれないから……覚悟しておいてね……、あっ……」
やや困惑した表情で謝罪する麻里奈の隣りで和哉の手は止まらなかった。彼女は抵抗しながらも彼のいたずらを容認していた。それだけなら周囲には気付かれる程の激しさはないのでまだよかった。
ところがテーブルの下で湿った響きが聴こえてくると次第に麻里奈の息遣いが荒くなり、顔が力なくうなだれてしまった。それを見た和哉は彼女の顔を強引に引き戻し放心状態の妻の表情を見て再び不敵な笑みを浮かべた。
嫌な予感がする……。
程なく和哉は麻里奈の唇に吸い付いた。ふんだんの唾液を従えた彼の唇は卑猥な音を立て力強く妻の唇を弄んでいた。目を伏せたまま麻里奈も別の生き物のように這い回る舌の動きを堪能している。
マズイ!これでは店内中の注目を浴びてしまう……。
(!)
その瞬間だった。
不思議なコトが起こっていた。動画の静止画像のように周囲が全て止まっていた。
笑っているまま、食べているまま、飲んでいるまま。店内の全員が中途半端な状態で微動だにしていない。動いているのはボクと痴態を繰り広げている二人だけ。和哉の行動は更にエスカレートして麻里奈の胸を揉み解していた。
(二人は何しに来たんだろう。そしてボクは何を見せられてるんだろう……)
股間が俄かにざわつき始めた。これ以上続くとボクも何らかの手段で吐き出さないと昂りが収まらない。即座に麻里奈の潤う陰部を凝視したい衝動に駆られた。
「ねえ、カズくん……、ちょうだい……」
麻里奈が和哉を誘っている……。
ココで始まったらいくら何でも警察沙汰だ。
「うん、分かった。それじゃあイクよ……」
和哉も応えている。もうダメだ……
「二人ともストップ!いくら何でも公衆の面前で……、ましてやファミレスの店内で始めるなんて余りにも不謹慎すぎる!」
密室なら続きが観たい気もしたが、グッとこらえて正論を吐いた。
「……うん、分かった。やめるよ」
「えっ!?」
二人は意外な程素直に訴えを聞き入れた。
気付くと着衣の乱れも昂った表情も見受けられない。周囲の客も動き出し、まるで全てが幻であったかのように平静を保っていた。
「あ、あれ?今ヤッてたよね?」
「うん、ヤッてた」
麻里奈は臆面もなく答えた。
「今の見ていてどうだった?」
「ど、どうだったって?」
「ムラムラしてきた?」
「な、何聞いてんの!?」
他人事のように発した質問にボクは少し苛立ち。声を荒げた。
「たっくん、どうなの!?」
麻里奈も負けじと鋭い眼光で問い質していた。
「う、うん、まあ、ないと言えば嘘になるかな?」
「そう……。ま、どんなにイケナイ状況でも素直に性欲が起こるようなら、十分見込みあるよ。実はたっくんを試してたの。うん、たっくんならきっと人類滅亡の危機を回避できるよ……」
真剣に話す麻里奈の隣りで雅也も薄い笑みを浮かべ頷いていた。
(ど、どういうこと??)
「大事な話があるって言っておきながらこっちで勝手に脱線して、更に楽しんじゃったりしてゴメンネ」
(やっぱり楽しんでたのか……)
「これから今後についての詳細を話すけど、そんなに肩ひじ張らないでも、身構えなくてもいいの。今の私たちみたいな、エッチで大胆な行動が人類を救うカギになるから」
「えっ?!う、うん……」
(全く意味が分からない……)
「昨日のセックスで人類滅亡へのカウントダウンが正式に始まり、たっくんは覚悟を決めた。だからこれからなぜたっくんが思いもしなかった重責を背負わされることになったのか?andその経緯と今後の対処方針をこれから説明するからね」
「詳細話すって言ったけど今からからココで?」
「先ずはお腹空いたから腹ごしらえしてから。詳細はその後で別の場所でするよ」
麻里奈は軽くウインクをした。
(そんな軽いノリで大丈夫なの??)
「大丈夫、大丈夫。気楽に気楽に。軽いノリで考えて。これからはリラックスが大事。楽観的な気持ちが大切だからね」
心を読まれたような麻里奈の言葉にボクは静かに狼狽えた。
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