仕組まれた契約?

 放出が始まると同時にボクの中の抵抗勢力は全て無力化した。

 爆発直前に瞬時に離れようと身構えていた上半身は、カオルの両腕がボクの肘辺りを軽く引いただけで、為す術もなく柔らかな丘の上に崩れ落ちた。

 作戦遂行だけに集中して気付かなかったのか、著しい高揚感がそうさせたのか定かではないが、密着したカオルの肉体は母乳の香りを強く発していた。毎日欠かさず薄化粧を施し、一見では身なりの乱れを感じさせない佇まいも吐息を感じる程近付けば一日中育児に追われている実情が如実に窺える。

 それでも子作りのために時間を割く彼女の心情がたとえ何者かに操られているとしてもボクを本心から愛していなければ出来ない行動だと、これから起こるであろう人類滅亡へのカウントダウンを度外視して感動すらしてしまう自分は純粋に異性からの愛情に飢えていたのかもしれない。

 カオルの唇は濡れていた。目は虚ろで頬を紅く染めていた。歳を重ねて滲み出るモノとは全く正反対の若さが漲る瑞々しい艶もある。

 視覚での誘惑はそれで十分だった。


 射精は長く続いている。


 一〇分だろうか、二〇分だろうか?いやもしかしたらそれ以上だったのかもしれない。

 途方もなく長い時間に感じていた。

その半面この状況に疑いを抱く自分もいた。

 射精は本当に長く続いているのだろうか?それとも気のせいなのだろうか?

 ボクは時間の流れが明確に把握できなくなっていた。

 それには理由があった。

 自ら解放を抑える決意をしたものの、図らずもカオルの手によって自由を与えられた行為は身体の奥深くから欲望の塊を一気に噴出させた。その衝撃でボクは意識を保つことが出来ず、夢と現実の挟間を漂った。

 ちなみに男女の情交を題材にした小説では射精の表現を度々『ドクドクドク……』と記されるが実際にはそれ程長くない。

 一度の射精時の精液は数ミリリットルが一般的で精子の数は一億から四億。発射直後の勢いは通常次第に弱くなるもの。長く続いてもおよそ一分程度。

 これが現実ならばボクは常人が一度に体液を放出できる時間と量を大きく逸脱している。しかもこの現象を成り立たせているのは自分の意志ではなく、外部からの働きかけによるものだと明確に断言できる程ピンポイントの刺激を受けていた。

 カオルの絡み付く両脚がボクの腰を一定のリズムで強烈に締め付け、十本の指で包まれる感覚が陰茎全体を滑るように摩擦した。萎える暇もなく絶頂と勢いがすぐさま復活し、いつまで経っても根元が脈打ち膣内へのピストン輸送を繰り返していた。

 その度にカオルの頬はまるで点滅を続ける信号機のように朱を色濃くし、言葉にならない喘ぎを漏らした。その艶めかしい響きがボクの性欲を刺激し、更に恍惚状態に拍車をかけた。

 そんな混沌とした意識の中でも疑問符は沸き上がる。

 どんなに大量の精子を吐き出しても受精するのは精々一個か二個。仮にたとえ十億や二十億、或いは百億や二百億の精子が膣内に注がれたとしても受精卵が出来るのは一度に一個か二個。


『過ぎたるは猶及ばざるが如し』


 という諺もあるように多ければ良いというモノでもない。

 まるで一度に大量の受精卵を製造して、ストックする為に射精をさせられているようにさえ思えてしまう。


 ストック……?


 待てよ。さっき見た幻影は意味深な言葉をボクに聞かせていた。


『あなたの子供を何十人でも何百人でも産んで大事に育ててあげる……。』


 明確な答えを導き出せないまま、まるで吸血鬼に血を吸われて精気を奪われ息絶えるように、ボクはカオルの胸の中で気を失うように眠りに就いた。


        ※


「……たっくん……ねえ、たっくん……」


 カオルが耳元で囁く声が頭の中に次第に大きく広がり始め、ボクは意識を取り戻した。


「おはよう」


 カオルは笑顔でボクの顔を覗き込んでいた。


「お、おはよう……」


 慌てて自分の全身を見回した。昨夜の余韻は跡形もない。気持ちが落ち着き再びカオルを見た。彼女は黙ってボクの行動を見守り静かな笑顔を向けていた。そして何かを思い返しているように視線が一瞬宙を泳いだ直後、突然恥ずかしそうに目を伏せ呟いた。


「昨晩(きのう)のたっくんは凄かった。もちろんエッチには淡白なパパにもあんなコトなかった……、生まれて初めて……」

「えっ!ボクが……?何を……?」


 あられもない失態をやらかしたのか……?


「私が<出して>って呟いたらたっくん、急に動きが荒々しくなって何度も何度も突き上げて、私の中に……」

 カオルは言葉を発しながら顔を紅潮させていた。

「たっくんの押しが激しすぎて腰が砕けるかと思った。思わず『もうやめて!』って叫んじゃった。でもそれがかえってたっくんを煽っちゃったみたい」

「つ、辛かったらボクを突き飛ばしてでも止めさせればよかったのに」

「ううん、それは出来なかった」

 カオルは静かに首を横に振った。

「どうして?自分の身に何かあったら、赤ちゃんやボクのコトどころじゃなくなるでしょ?」

「それもそうね。でもあんなコト、面と向かって言われたらとっても嬉しいし、『たっくんのためなら』って何でも我慢できると思って……」

「何を言ったの?」


 突然不安に駆られた。責任持てないコトをボクはカオルに宣言したのか?


「『ボクはカオルちゃんが大好きだから、どんなコトがあっても……死んでもボクがカオルちゃんを守るから、ボクの子供をたくさん産んで!』って何度も何度も叫んでた。だからたっくんは一生私のそばにいてくれるって確信したから……」

 カオルは再び頬を紅潮させ、目を伏せた。


 一生そばにいてくれる?

       

「だから、たっくんが腰を突き出す度に私も腰に絡めた両足に力を込めて吐き出すの、応援しちゃった」


 カオルは戯けて舌を出した。


 ボクは無意識の内に何かを約束させられたのだろうか……?!


「あっ!」


 その時気付いた。大量の放出は自らの潜在意識によるものだと……。

 幻影のカオルが見せた一瞬の憂いにボクは心を乱された。彼女を支配する何者かにその隙を突かれ、ボクの方からカオルへの服従を誓うよう洗脳され、その証としてあの行為に及んだのだ。

 人類滅亡も危機に対し『直前に外で出す』などという浅はかで愚かな考えでは始めからムリだったのだ。

      

「それでね、昨日のセックスで間違いなく妊娠するとは思うけど、たっくんが思いも掛けず激しくて私の中にいっぱい溢れちゃったから、女の子かどうかは『神のみぞ知る』っていう感じかな?」


 神のみぞ……?


 人類滅亡の危機に神様が加担しているのか……?

 いやそんなことはあり得ない。

              

「また男の子かもしれないってこと?」

 カオルは小さく頷いた。

 全くその自覚はないのだが、獣のような振舞いをした事実を聞かされ、改めて顔から火が出る思いがした。

「ご、ごめんね。カオルちゃんのその……あの……醜い欲望で汚しちゃって……」

「ううん、いいの。全部たっくんが私を愛してくれる証だと思ってるから。今ならあなたが出す排泄物さえも愛おしいって思えちゃう」

 カオルは少女のようにはにかんだ。


 ボクは逆になぜか背筋が凍る思いがした。


「それに……」

「そ、それに?」

「心配しなくても大丈夫。だってたっくんが射精(だ)したモノ、ぜーんぶきれいに受け止めたから」

「全部?」

「そう、私のアソコ、間違いなく濡れてたけど、たっくんの精液では全然汚れてないの。全部受け入れたから」

「えっ、全部?」

「たっくんが何回も射精した全部を、私の肉体(からだ)がまるで一滴残すまいと、きれいサッパリ吸い込んじゃったの。!」

「えっ、吸い込んだ?」

「あ、『吸い込んだ』って言うとあまりにも情緒がないね……。『全部美味しく頂きました!』って感じかな?」

 カオルは戯けて微笑んだ。

       

 カオルの艶めかしくもグロテスクな器官が、ボクの全てを呑み込んだというのか…

…?

 その光景に情緒もへったくれもない。


 再び背中に冷たいモノが走った。


 カオルとの行為は確かに夢のような快楽を齎すが、明らかに常人とは異なる結果が付いて回る。

 ボクは覚悟を決め、麻里奈に全てを委ねることにした。

 この時生まれて初めて自らの死を切実に想像した。

 追い込まれた気持ちの中で唯一の拠り所は楽観的なあの言葉だ。

       

~麻里奈が『必ず』、『絶対』、『確実に』、救いの手を差し伸べてあげるからさ。それも間違いなくたっくんが奴らとの戦いがこんなにも楽しいコトなのかって思うような方法でね。だから本当に安心して~


        ※


~これで間違いなく『セカンドベビー』が宿る。そしてその胎児(子)が生まれたら私はやっと自由の身になれる……。~    

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