ふたりの始まり。

 ボクの父は十年前に他界した。

 それまで父のお供で何度も足を運んでいた故人を見送る行事(=葬儀)は、ボクの人生には何の意味も持たず、ただ煩わしい時間でしかなかった。

 だが父の葬儀の喪主を務めて以来、その考えはとてつもなく浅はかで、連綿と続く人間の、一族の絆を軽視した愚かな扱いだと痛感した。


 誰にでも訪れる終焉を今厳かに見守っている。

 叔父、佐藤真一が亡くなった。

 三人の娘たちは全て家庭を持ち、親元を離れている。六人の孫との楽しかった多くの思い出を携え、叔父は黄泉の国へ向かった。真一の住いに残されたのはボクの義理の叔母である妻のカオルとロシアンブルーのような毛並みをした雑種の飼い猫ゴンだけ。

 カオルは本当は薫と書く。でも画数が多くて面倒くさいと言って、名前を書く時いつもカオルと表記していた。年齢は五十七歳と還暦を間近に控えてはいるが、枯れた中にも未だに美しさが見え隠れする。不整脈という自病を抱えているせいか、少し痛痛しい佇まいが妖艶で、密かに思いを寄せているボクの心を更に騒がしくさせた。四十九歳の自分がずっと独身でいるのはカオルの存在が原因なのは否めない。

 母の弟である叔父の事をボク、坂本拓実は物心ついた頃から「しんちゃん」と呼んで親近感を表現していた。叔父が結婚する時、当時十九歳だったカオルを「かおるちゃん」と呼び始めたのは自然な流れだった。カオルもボクのことを直ぐに「たっくん」とか「たくみくん」と気兼ねなく呼んでくれた。

 生前色々とお世話になった叔父の為に、ボクは佐藤家の仏事を手伝い、一周忌が過ぎるのを待った。喪中に動くのは気が引けたというのが大きな理由だ。

 そしてボクはカオルに求愛した。叔母と甥の関係だが、血の繋がりはない。年齢差はたったの七年。昨今の結婚事情を考えると、歳の差婚は日常茶飯事だし、生理的に受け入れられない場合は別にして、男女関係を完全否定される程の根拠や違和感はない。

 とは言え、第一声は相手にされなかった。

 確かに、叔母がとても近しい甥にされる行為として想像できるものではない。しかしそれは想定内だった。こんな老婆をからかわないで、それに私はあなたの叔母だしと、予想通りのセリフを口にしながら、カオルは顔の前で右手を振った。ボクは直ぐにカオルが想定外であろう行動に移る。振られている右手を掴み、身体を引き寄せ強引に抱き締めた。ちょっと何するのやめてと腕の中で真顔で抵抗する彼女の耳元で囁く。


「ずっと前から好きだったんです。ボクのこと、嫌いですか?」


 好きだったのは嘘ではないが、動機の一〇〇%でもない。十代の頃から接してきて彼女が抱く「大人しい」「引っ込み思案」というイメージを払拭し、男らしい意外な一面を印象付けたかった。

 とはいえ、こんなにもボクに大胆な行動をを決意させたのは、間違いなく『あの夢』だった。


 そう、あの夢のリリスの正体はカオルだった。

 カオルがボクを誘惑していた。

 だが、あの夢を見た後、カオルがボクを誘ったことはないし、意味深な素振りすら一度もない。夢のカオルが現実の姿で、その言葉が現実の彼女の真意だとは考えにくいが、潜在意識の中に好意の欠片が存在するのではと、期待を大いに膨らませた。

 だからボクは彼女を攻めた。


 抵抗する力は意外に早く収束した。矢継ぎ早にカオルの頭を両手で押さえ、唇をこじ開ける。彼女の上半身は脱力し顎を上げた。大量に流し込んだ唾液が何の抵抗もなくカオルの喉を通過する。

 男性器を口に含ませる行為は、見た目にも男の征服欲を満たしてくれる。しかし女性の真意が何処にあるのか、それだけでは分からない。強要を甘受し、ヤリ過ごそうとしているのかもしれないと勘繰る。だが男が与えたモノを素直に受け取る反応に嘘はないと考える。直後自分の力だけでは立っていられず、ボクに身を預けた彼女の姿がその考えを裏付けさせた。

 割って入るまでの時間はそれ程なかった。


 ボクは『脈アリ』を確信した。


 そのまま後ろのソファに倒れ込み、膝上丈のタイトスカートを捲り上げ右手を潜らせた。

 ショーツ辺りを指が這い出すと、閉じていた股間を自ら開く。絹であろうその布越しに人差し指で縦になぞると暖かな湿度を感じる。中に潜らせた指は入口を簡単には見つけられなかった。意外に密な林が行く手を阻んではいたのだが、それでも染み出る液体は相当量だと推察できた。事実、入口に達した指先はふやける程の熱と湯量で迎えられていた。時折聴こえる小石が水を跳ねる音が楽し気だった。ずっと乾いてたのとカオルは耳元で囁いた。右腰にあるタイトスカートのファスナーを下げ、裾を掴んで足元からゆっくり剥がす。

 彼女の左手を掴み、ボクの股間に導いた。デニム越しの誇張をカオルの指先は愛おしそうに撫で回した。

 上着を捲り上げ左手を潜らせた。ブラジャーを胸の定位置から押し上げる。胸の張りも膨らみもほとんどない。空気の抜けた風船のような弾力がかつての名残を知らせてくれる。母である証しのやや肥大した乳首だけが、這い回る指先を歓迎していた。一つを摘んでみる。唇を塞がれたままのカオルが小さく呻いた。

 ボクは執拗に乳首を弄んだ。時には強く、時には優しく、そして引っ張ったりもしてみた。彼女の呻きは甘く切なく続く。左手はボクの男性器を忙しく取り出そうとしている。

 カオルは唇を離し、早くちょうだいとねだったので、ジーンズを急いで脱ぎ捨て、彼女の左手の手助けを借りてボクサーパンツから膨張した男性器を取り出した。

 カオルのショーツに手を掛け、細く長い両脚を天井に向けると一気に剥ぎ取った。手離した脚はゆっくり落下しM字に割れた。自らポーズを決めるセクシー女優のようにボクの目の前に性器を晒す。触診した密林が色濃く覆ってはいるが入口左右の肉片は縦に長く厚かった。内部の器官を覗かせている半開きの口からは大量の粘液がだらしなく漏れ出している。


(!)


 ボクは思わず息を呑んだ。

 そこにあるのは夢で見たリリスの女性器だ。


「私のアソコ、大きくて醜いでしょ」

 

 だが現実のカオルは恥ずかしそうに下を向いた。ずっとコンプレックスを抱いていたのかもしれない。確かにグロテスクだと思った。でも敢えて何も言わなかった。一度見た現実を二度目には素直に受け入れていた。そして行為を進めることで彼女の言葉を打ち消した。むしろそそられますと冗談混じりに微笑み、さらに気持ちを楽にさせた。

 彼女の女性器を二本の指でY字に開き、三本の指を埋める。弄ぶと卑猥な水の音が勢い良く響く。何年も空き家の膣内(なか)は広く神秘的な感触だった。下半身の覆いを全て剥ぎ取られたカオルは、あぐらをかいているような姿勢で両手をボクの肩に掛け下半身の中央で起きている悪戯を見つめていた。時折悲しそうな喘ぎ声を出す。ボクは構わず続けた。彼女の性器が意思を持った別の生き物のように形を変え、濡れて光る。床に大きな水溜まりを作り出す。五本入れてみた。ああ恥ずかしいと戯れる水の音を恥ずかしそうに聴いていた。もう入れてとカオルは懇願した。直ぐに乾いちゃうから今の内に中でいっぱい動かしてと訴えた。

 夢とは違うカオルの反応に、ボクの気持ちは昂った。

 俯く彼女の顎を右手でしゃくり上げ、唇を素早く塞ぎ唾液のかたまりを二つ流し込んだ。目を閉じて喉の奥で味わう彼女を左に押し倒し、膝を抱えてボクは一気に突き刺した。

「あっ」

 予期せぬタイミングで客を迎え入れた彼女の反応はまるで少女のようだった。別の生き物のように蠢いた持ちモノからは想像もできない純真さにボクのモノは異常な昂りを見せた。しかしそれとは裏腹にカオルの本能は凄まじかった。彼女の膣内(なか

)はとても熱かった。粘液塗れの上下動に、彼女の肉片が絡み付く。このままでは長居が出来ないと感じた。想像以上の歓迎を受けた男根を落ち着かせるため、一度抜いて唇の奉仕を求めた。自分の身体が作り出した羞恥の成分を含む大量の粘液にも躊躇うことなく舌を突き出し、ボクの真っ赤に膨らむ性器を執拗に舐め回した。単純な表現だが、まるでアイスキャンディを慈しむように頬張る子供のようにだった。動きも絶妙だ。数年(或いは十数年)間忘れていた感覚を、カオルは一瞬にして取り戻したようだ。叔父はそれ程強烈な手解きをしていたのかと感嘆した。そして長い間放置されたカオルが哀れでとても愛おしく思えた。彼女の中は枯れるどころか粘液の流れをさらに大きくした。はやくはやくもっといっぱい動かしてと少女のような声色で淫らな行為を強請るカオルの下腹部目掛けて激しく腰を突き出した。無防備に解放されたボクの精液は彼女の子宮を壊しかねない程勢いよく弾けるだろう。

 ボクはカオルの膣内で精一杯果てた。彼女の膣内で何分も脈打った。その間、ボクの背中に回していた彼女の腕は力を緩めず、そのまま腰を強く締め付けた。萎えかけたモノがそのまま復活しそうな激しい余韻が続いた。

「ああ、また生理が始まりそう……」

 大きく息を吐くと、カオルは唸るように呟いた。感情の昂りをあり得ない言葉でも表現していたのだろう。

 いくら大量に流し込んでも、閉経したカオルに排卵の心配はない。それがカオルを求める最大の理由だった。ボクは何年も前から妄想の中でそんな彼女を性処理の道具にしようと画策した。しかし妄想は妄想。全く現実味のない世界の出来事のはずだった。でもあの白日夢が期待感を煽り、カオルは容易くボクの手に堕ちた。

 そして思いがけず、彼女との営みは想像以上の成果だった。

 ボクは再び唾液を注いだ。カオルは先程とは違い、割り込んだ舌をも吸い尽くしてしまいそうな勢いで飲み込んでいった。

「もう一回ちょうだい」

 カオルはボクの腰を抱え、自分の下半身に強く押し付けた。

 二度目の前置きは必要がなかった。唇を重ねただけで、カオルの乾きかけた性器は潤いを取り戻し、ボクの萎えかけた性器は瞬間湯沸かし器のように一気に熱量を蓄えた。


「たくみくんて、いつも大人しいし、優しいし、こんなコトしない子かと思ってた」


 ボクの思惑に彼女はまんまとハマってくれた。

「それに意外と上手だし……、私たくみくんのコト、惚れ直しちゃったな」


 惚れ直しちゃった? 

 ボクはその言葉を額面通りに受け取った。

 カオルは昔から好意を抱いていたのか?


「もし、赤ちゃんできたらたくみくん、私とその子の面倒みてくれる?」

 上目遣いでボクを見つめ、いたずらっ子のように口元に笑みを浮かべた。

「いいですよ、カオルちゃんが良ければ」

 即答には責任の欠片もない。なぜならそんな事態はあり得ないと思ったからだ。


 カオルは携帯番号を強請った。新たなスタートを切った二人の関係を継続したいと願う意思表示を拒む理由はない。だがボクはまだガラケーでスマホの彼女との間にラインは使えない。しばし考えた末、お互いの番号を共有し、ショートメールを送り合うことで彼女の要求は満たされた。

 この出来事を機に、スマホに乗り換えれば意思の疎通は簡単に図れると誰もが考えるだろう。だがボクの場合、有頂天になって浮かれている一時の感情で生活スタイルを変えたりすると、万が一破綻した時にただ空しさが残るという大きなリスクを想像してしまう。

 だからカオルにはしばらくこのシステムで我慢してもらうことにした。


 縁あって一度肌を重ねた女性には当然のように淡い執着心が沸き上がる。もちろん最初は下半身の強い願望だ。恋愛経験の少ない者にとって、本当の愛情は後から付いて来る。先ずは肉体の継続から。そう考え直後から次の約束を切望した。だが勇気を持ってその意志を伝えられず、いつまでも煮え切らない態度はいつでも相手の熱意を立ちどころに消失させた。

 全ての過去に於いて、一度としてリピートはなかった。

 だからカオルの言葉は、神の啓示にも匹敵する。

 ボクは潔く、彼女の部屋を出た。 

 

 それ以来、未亡人宅を訪ねた。訪ね続けた。

家族同士の付き合いはあっても、カオル一人のために、主を亡くした佐藤家に訪れることは過去に一度もない。娘たちが母の身を案じてやって来る隙間を縫ってカオルのショートメールは届いたのだが、最初は何と初めて関係を持った次の日だった。それは余韻に浸る知らせではない。『直ぐキテ』という切なる願いが込められたもの。

 翌晩部屋を訪ねると、次の日には二回目の誘いを受けた。

「どうしたの?娘たちはマメに来てるんでしょ?」

 誘いを受けて嬉しい反面、間を置かない彼女の行動に戸惑いも禁じ得なかった。

「うん、でも『明日は来ないよ』ってあの子たちに言われると、誰もいない家の中に独りでいるのを想像して急に寂しくなって、どうしてもたっくんの顔が浮かんじゃうの」

 少し距離のある「たくみくん」がより近しい「たっくん」に変わっていた。

 嬉しい言葉ではあるが、喪に服した一年間の大半が独りの生活だったカオルに、ここまで急激な感情の変化を齎した原因は何なのか?


 次の日ボクはカオルに訊ねた。


「これからはゴンと一緒に独りでのんびり余生を過ごそうと思ってたんだけど、突然たくみくんに求められて、抱かれたら、急に人肌が恋しくなって、このまま死ぬまでずっと独りじゃ余りにも寂しすぎると思ったら涙が止まらなくなって……」


 彼女は肩を震わせ俯いた。


「分かった、もういいよ」

 それ以上は聞かなかった。ボクは何も言わずカオルをただ抱き締めた。

 彼女の力になりたいと思った。悲しい想いが少しでも解消できるなら、彼女の支えになりたいと思った。

 だからと言って、彼女に対してより深い感情が芽生えた訳ではなかった。ボクの認識は最初と変わらず『都合のいい女』だった。カオルの相手をする代償として何のリスクも冒さず、彼女の膣内(なか)に放つことができるなら、気が済むまで抱いてあげようと思った。

 それからも二日と置かず彼女に会った。

 カオルは会う度に求めた。ボクと肌を重ねたことで突然蘇った失望感を埋めるためさらに求めているようだった。ボクは期待に応えた。応えることを期待した。もちろん避妊対策は何もしていない。無防備だ。永年の羨望が堰を切った。彼女の要求は重ねる度にその密度を上げた。ボクも精度を上げる。彼女は応えていつでも歓喜の声を上げた。しかしそれはカオルに対する愛情に裏打ちされた行為ではなかった。


 カオルは『都合のいい女(熟女)』のままだった。


 身体の成長が人よりもやや遅かったとはいえ、中学生時代の思春期に性に目覚めて以来、行為に対する願望が余りにも先行し過ぎ、思うように女体に辿り着くことができなかった。童貞喪失までに多くの時間を費やした結果、初めてセックスが叶ったのは三十路少し前だった。

 それからも肉体関係に至る異性は数える程で、複数回肌を重ねたという事例は一度もない。もうすぐ半生記を過ぎようとしている人生に於いて、『快楽を貪る』という夢のような季節は一度もなかった。


『どうぞ、ご自由にお召し上がりください。』


 そう表示されて目の前にある誘惑を、何の躊躇いもなく、何の猜疑心もなくボクは受け入れた。

 数少ない女性遍歴の中で、警戒心が強い(セックス)経験の少ない、或いは全くない少女よりも、ある程度経験を重ねた年上の、やや枯れて憂いを持つ女性の方が些か頼りないボクの外見に母性が働き、より深い関係に辿り着く可能性を秘めていた。

 紛れもなく過去の事例と合致するこの状況は渡りに船と言わざるを得ない。

 一度(ひとたび)会えば、その行為は一度では終わらなかった。でも、何度も求めようと事前に思い巡らすことはなかった。カオルと交わるベッドの傍らには、未だに生前の叔父の写真が飾られている。

 彼は死んでいる。叔父が逝く前にこのような行為に及んでいれば話は別だが、今の状況は決して間男ではない。ボクが彼女の膣内(なか)にいる時くらいは、写真立てを伏せてほしいと願うが、全く意に介さない。


 カオルは何度も求めた。求める彼女を期待している自分もいた。


 不遇な時代が人生の大半を占めた過去を補填するように、ボクは彼女の要求を拒むことなく受け続けた。

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