第100話 精通した涙腺

 体育館でお嬢を寝かせた。

 内藤さんは自分のパーティーメンバーと一緒に見張りをしてくれている。

 俺は三角座りをした。

 妹が俺の隣に座った。


 少しでも気を抜けばミチコが死んだのは俺のせいだ、と思ってしまう。

 自分のせいにしたいのだ。

 俺がシヴァを戻して召喚しなければ少女は生きていた。


 お嬢も同じように自分のせいにしたいのだ。

 もっと強ければミチコは生きていた。


 田中も同じである。

 自分が食料を取りに行くように提案しなければミチコは生きていたのかもしれない。


 自分がこうしとけば……そしたら少女が生きていた未来があったのかも、そう思いたいのだ。

 それでも、死んでいたのかもしれない。


 膝に目をくっ付けた。

 俺はミチコの事が好きだった。


「お兄ちゃん」

 と妹が呟いた。

「かなさんのお母さんが来たよ」


 お嬢のお母さん。

 たしか〇〇市がバーストした時に飲み込まれたんじゃ?

 そうか、ココが〇〇市なんだ。


 顔を上げた。

 40代ぐらいの綺麗な人が毛布を持ってコチラに来た。

 そして新庄かなの隣に座って、大切なモノを包装するように彼女に毛布をかけた。 


「ようやく寝てくれました。良かった」

「……」

 お嬢のお母さん、生きていたんだ。

 良かった。

 彼女が、大切な人に出会えて良かった。

 ダメだ。全然、泣くタイミングでもないのに、お嬢がお母さんに会えたことを知っただけで泣いている。

 自分の感情がわからない。

 ミチコは死んだ。少女は大切な人に会えなかった。

 俺の母親も死んだ。

 でもお嬢は、お母さんに会えたんだ。


 良かった、と思わずにいられない。


 一度、精通した涙腺がバカになっているのかもしれない。

 

 お母さんは大切そうに、お嬢の体を摩った。


 親子の大切な時間に、俺達がココにいたら野暮だろうと思った。

 

 立ち上がり、場所を移動しようとした。


「ありがとうね」とお嬢のお母さんが言った。

「かなのパーティーメンバーになってくれて、ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとうございます。俺達は向こうで休憩してますんで」



 空いている空間に腰を落とす。

 妹が密着して座って来る。

 純子の手を握った。

 彼女の手は傷だらけでボロボロだった。


 目を瞑ると体を横にしたくなった。


 高い天井を見上げた。

 失ったモノが多すぎた。

 得たモノは何もなかった。


 せめて取り戻したかった。

 妹のために普通に生活できる環境を。

 幼馴染の女の子を。 

 気づいたら妹と寄り添って眠っていた。


「起きなさい。アナタ冒険者なんでしょ」

 誰かが怒っている。

 目を開ける。

「冒険者のくせに寝てるんじゃないわよ」

 なんで俺は怒られているんだろうか?

 目の前にはおばちゃん教頭先生がいた。

「ハイゴブリンが出たのよ。早くアナタも戦いに行きなさい」

 俺を起こしに来たのか。 

 このババァも意外と働きもんだな、と普通に関心した。

「わかった」と俺は頷く。

「お兄ちゃん」

 と隣にいた妹が不安そうに呟いた。

「大丈夫。お兄ちゃんは強いんだ」

「でも片手、無いじゃん」

「ハンデだよ。お兄ちゃんは強すぎるから」

「そんなのいいから、早く行きなさい」

 おばちゃん教頭先生が言う。

 俺は立ち上がり、外に向かって駆け出した。

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