第98話 聖人様

 公園の中にある体育館みたいなところに案内される。

 公式のバレーボールの試合する場所である。

 そこに避難民達が集まっていた。

 その中心に聖人様がいた。

 どこから持って来たかわからない王座のような椅子にふんぞり返り、怪我を負った人間が列を作っている。


「聖人様ってお前だったのか」

 と俺は言った。

 目の前には聖人様と呼ばれるデブがいた。

「おぉー久しゅう。光太郎殿ではないか」

 耳を疑った。

 光太郎殿?

 コイツは誰をイメージして、こんな喋り方をしてるんだよ。

「なんでお前が聖人なんだよ。田中」


 目の前にいる聖人様は、田中中だった。

 黄色レンジャーの服。

 どこから持って来たかわからない金ピカのマントを付けていた。


「そう妾が聖人様じゃ」

「自分のことを妾って言うな。妾って言っていいのは少女だけなんだよ」

「聖人様に頭が高いぞ」と田中が言った。

 頭が高い、って自分で言うようなもんじゃない。

「よかろう、よかろう。光太郎殿も元は妾と同じパーティーメンバーだったのだ。頭を上げぇーー」

「そもそも頭を下げてねぇーよ。それに今も同じパーティーメンバーだろう」

 と俺は言う。

 一緒のパーティーメンバーだと思われたくないけど……。

「すでに妾は一つ上の爵位になったマロ」

「マロ? お前、語尾にマロって言ったな」

「マロぐらい言うでおじゃる」

「キャラがぶれまくっているじゃん」

「えぇーーーい。頭が高いぞ」

「えっ、そのノリもう一回やるの?」


「アナタ、何をしているの?」

 と後ろから声をかけられた。

 振り向くと、おばちゃん教頭先生が立っていた。


「怪我の治療をしてほしかったら後ろに並びなさい。それに聖人様に、その言葉遣いはやめなさい」

 おばちゃん教頭先生が言う。

「えぇぇーーー田中の信者なの?」

 ついつい声が出てしまった。

「田中? 田中様でしょう」

 とおばちゃん教頭先生が言う。


「いいのじゃ。いいのじゃ」

 と田中が言う。

「光太郎殿は妾と同じパーティーメンバーだったのだ」

「ですが田中様。この者は無礼者ですよ」

「わかっておる。光太郎殿は昔から無礼者だったのだ。そろそろ妾も魔力が無くなったところだし、民達には悪いが休憩せねばならん、と思っていたところマロ」

 語尾が『のだ』だったり、『マロ』だったり、統一しろよ。

「妾に無礼な物言いをする光太郎殿を許してやってくれ」

 なんかムカつく。


「御意」

 とおばちゃん教頭先生。


 御意? おふさげかすぎるぜ。


「みなの者、妾は休憩するでおじゃる」


「この人が光太郎のパーティーメンバーなの?」

 内藤さんが尋ねた。

「違う。こんな奴、知らん」

 と俺は言った。

「光太郎殿、妾は喉が渇いた」

「ツバでも飲んどれ」

「そこのお姉さんのツバを飲んでもいいとおっしゃるのか? 光太郎殿」

「コイツ殺していいの?」

 と内藤さんが尋ねた。

「もちろん」

 田中は殺す、と言われてニコニコ笑っている。

「キモっ。殺す価値も無いわね」

「お嬢やミチコはどこにいるんだよ?」

「お嬢なら公園の警備をしているマロ」

「ミチコは?」

 田中が顔をクシャっとさせた。

「……」

「ミチコはどうしたんだよ?」


「お兄ちゃん」

 と誰かに呼ばれる。

 

 聞き慣れた声だった。

 声がした方を見ると妹がいた。

 今から探すところだった。

 妹が生きていてくれてよかった。

「お兄ちゃん?」

 妹が首を傾げた。

 そして俺の目の前まで近づいて来る。

 腕があったはずの空間を妹が見た。


「生きてて良かった」


 無くなった腕に対してじゃなく、今もある命を喜んでくれた。

 妹が抱きついて来る。


「もう、どこにも行かないで」


 俺は何も返事をしなかった。

 あんなに綺麗だった髪が、パサパサになっている。

 いつもおしゃれに気を使っていたのにボロボロの服を着つづけている。

 妹を元の生活に戻してあげたい、そう思った。


「お兄ちゃん。どこにも行かないで」

 妹が泣いていた。

 コイツも泣き虫になったな。


「ごめん」

 と田中が謝った。


 田中を見ると顔をくしゃくしゃにさせて、涙をボロボロと流していた。

 なんでお前が泣いているんだよ?

 意味がわかんねぇーだけど。


「ミチコは、死んじゃった」


 息が止まった。


「僕が食べ物を取りに行け、って命令したから。ミチコが魔物に殺されちゃった」

 田中が床に膝を付いた。

「ごめん。ミチコ。ごめん」


 ミチコ、死んじゃったのか。

 あの可愛らしい女の子。

 小さいのに、精一杯大人ぶっていた女の子。

 大好きな愛らしい女の子。

 親の愛を奪われた女の子。

 俺の大好きな女の子。

 

 小林さん、と俺を呼ぶ声を思い出す。


 うぅー、うぅーとうねるように田中が泣いている。


 つーか、お前、兄妹の感動の再開の場面で大好きな女の子の死を告げるなよ。


 俺の涙が、妹のパサパサの髪に落ちて行く。


「妾」とか「マロ」とか「のだ」とか「おじゃる」とか、ふざけていたくせに、なんだよ。精神が参ってるだけじゃねぇーかよ。


「ごめん。ミチコごめん」

 と田中が泣きじゃくっている。

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