⑵ お姉ちゃん

 今、私はシェルターの中にいます。

 シェルターというのは避難所という意味があるそうです。

 昔々、私が生まれる前、ダンジョンバーストで何千人という被害があったそうです。

 その時に全国各地の学校などの公共施設にシェルターが作られたそうです。

 小林さんと別れ、私と新庄さんと田中でシェルターに避難したわけです。

 田中だけは特別に呼び捨てにしています。田中にさんを付けるのは、さんが可哀想だと思ったからです。

 私と新庄さんは、いただいた茶色い毛布に包まって体を寄せ合っています。

 毛布は1人1枚ずつ貰いました。

 だけど一枚を敷布団代わりに、もう1枚を掛け布団代わりにサンドイッチされたほうが暖かいんじゃないか、と私は提案しました。

 だから私達は毛布に挟まれて抱き合いながら横になっています。

「神様」

 と遠くで声が聞こえました。

 どうやら田中に傷を治して貰った人が、あのデブのことを神様と呼び始めたらしいです。

 あれが神様なら、世界には神も仏もありません。

「アイツ、大丈夫かしら?」

 と新庄さんが言いました。

 アイツ、と言うのは小林さんのことだと思います。

「大丈夫だと思いますよ。すごく強いので」

「そうじゃなくて、他の女とやってないかしら?」

 やってると思います。

 だって、小林さんが保有している淫欲という固有スキルは役に立ちますから。

 ちょっと予想ですが、淫欲というスキルは、小林さん自身だけではなく、エッチをした相手の魔力や体力も回復するモノだと私は予想しています。

 私達はドラゴンに襲われた時、新庄さんは腕を食べられてしまいました。

 私は小林さんの土のスキルで守ってもらいました。

 だから何が起こったのかはわかりません。

 しばらくして私の周りを覆っていた土が無くなると新庄さんの腕が戻っていたんです。

 驚きです。

 なんで腕が再生されたのか、何度か新庄さんに尋ねました。

「たまたま腕が再生しちゃったのよね」と新庄さんは、はぐらかします。

 絶対、嘘です。

 小林さんのスキルで再生したはずなんです。

 それじゃあ何のスキルなのか? 小林さんが持っているスキルで回復系は1つしかありません。

 淫欲。

 考えられるのは魔族バージョンになった時に今までとスキルの使用が違うか、熟練度が上がることで相手を回復させることができるようになったかのどちらかです。

 そこは別にどっちでもいいです。

 すごく、すごーくエッチなことをして新庄さんの腕は再生したと私は予想しています。

 その話をすると新庄さんがすごくはぐらかして、照れているんです。

 私が想像もできないぐらいエッチなことをしたんだと思います。

 小林さんのどこがいいのかは私にはわかりませんが新庄さんは小林さんのことが好きみたいです。

 他の女とやってないかしら? と今も小林さんのことを気にしています。

 私の答えはやってるに決まってるじゃないですか、というものです。

 あのエロ男がやってない訳がない。あの強力スキルを使ってない訳がない。

 でも新庄さんには言えないです。

「やってないですよ」と私は言いました。

「そうかな」

「大丈夫です」

「光太郎のこと、どう思う?」

 そんなの私に聞いて、どうするというのでしょう。

「強いと思います」

「そうね。誰よりも強いわね。他には?」

 他?

「カッコいいんじゃないですか」

「ミチコ、あなた目玉が腐ってるんじゃない。顔はよくないのよね」

 適当に答えたら目が腐ってると言われました。

「他はどう?」

「すごく女好きだと思います。あんな男を好きになったらいけないと思います」

 目が腐ってると言われて、ついつい本音を言ってしまいました。

「そうなのよ。なぜか光太郎はモテるのよね。いざっていう時、助けてくれるし、……そういうところでモテてしまうのよね」

 恋は盲目というのは本当らしいです。

「小林さんのことが大好きなんですね」

 と私は言いました。

「あんな奴、大っ嫌いよ」

 と新庄さんが言います。

 私は笑いました。

 この後に及んで大っ嫌いらしいです。

 私は新庄さんにギュッと抱きつきました。

 新庄さんは私の頭を撫でます。

 きっと私にお姉ちゃんがいたら新庄さんみたいに優しく撫でてくれるんでしょう。

 本当は新庄さんのことを私はお姉ちゃんだと思っています。

 家を失ってからずっと新庄さんの胸の中だけが私の安らげるところだったんです。



 寝ました。

 夢を見ます。

 いつも同じ夢を見ています。

 最近は登場人物が増えました。

 テーブルの席に私は座っています。向かいにはお母さんがいます。その隣にはお父さんがいます。

 私の隣には新庄さんがいます。

 家族でご飯を食べています。

 なぜか家族の中に新庄さんも入っています。

 私の優しいお姉ちゃん。

 頭の中では、これが夢だということを私は認識しています。

 だってお母さんは死にました。

 冒険者だったお母さん。

 私が冒険者に覚醒したから、お母さんはダンジョンに入る回数を増やしました。

 お金を稼いで罰金を払って、私をダンジョンに入れないためです。

 だけどお母さんはダンジョンから帰って来なくなりました。

 お父さんも私のために体を壊すぐらい働きました。そしてゴブリンバーストの時に、たぶん死んでいます。

 両親は私のせいで死にました。

 そんな両親が目の前にいるんです。

 夢の中でも夢と認識するでしょう。

 私達はご飯を食べています。

 なんのご飯かはわかりません。

 そこは視界がボヤけています。

 両親が私に微笑みかけます。

「愛しているよ」と2人が言ってくれます。

 だけど2人の体は血に染まって行きます。

「ミチコは生きてね。頑張って生きてね」

 そして食事中に2人が倒れます。

「お母さん、お父さん」

 と私は嗚咽を漏らしながら泣いています。

 2人が死んでしまうのは嫌でした。

 2人が死んだのは私のせいでした。

 私のせいでお母さんとお父さんは死んでしまったんです。

 もう家はありません。

 帰る家も、両親もいません。

 全部、私のせいです。

 現実の私も泣いていたらしく、自分の泣き声で起きました。

「大丈夫よ」と隣で眠っていた新庄さんが背中をさすってくれます。

「大丈夫。大丈夫」

 私はコアラのように新庄さんに抱きつきます。

「ずっと私はミチコのそばにいてあげるからね」

 私は新庄さんの胸の中でポクリと頷きます。

 私の涙は新庄さんの胸に染み込んでいきます。



 次の日。

 次の日といってもシェルターの中には朝も夜もありません。

 起きると田中が私達のところまでやって来ました。

「汝達よ」と田中が言います。

 なんじたちよ、と言われて何を言われているのかはわかりませんでした。

 どうやら私達のことを呼んでいるらしいです。

「食料を取って来てくれたまえ」

「はぁ?」

 イラついた新庄さんが言います。

「神様、私の怪我も治してください」

 と腕を抑えた老人が田中に近づいて来ます。

「我には使命がある。汝達が食料を取って来てくれたまえ。これは役割分担ではない。神である我の命令である」

 どうやら避難民から神様扱いをされて、田中は神様ぶっているらしいです。

「殴っていいかしら?」

 と新庄さんが聞いてきました。

「もちろんです」と私は答えます。

 新庄さんが思いっきり、田中の頭を殴りました。

「ヒール」と叫びながら田中は頭を押さえます。

「これが神の力です」

「ほっときましょう」と私は言います。

「それじゃあ汝達よ。頼んだでおじゃる」

 なぜか最後はお○ゃる丸みたいな言い方を田中がしていました。

 周りに影響されやすいデブだと思っていましたが、神様扱いされたら、本当に神様ぶってしまうなんて思いませんでした。

 田中が去って行きます。

 たしかに言い方は腹が立ちましたが、食料は必要です。

 多少の備蓄はあるでしょうが、それもすぐに底を尽きると思います。

「食料を取りに行きましょう」

 と私は新庄さんに提案しました。

「田中の言う事は聞かないんでいいんじゃない?」

「食料が無いとココの人達の生存を維持することはできません」

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