第81話 アンドゥー
シェルターって意外と広い。何かがあったら地域の人達がココに避難してくるからだ。広いのに人がぎっしりと集まっていた。
地下を掘って作られているので窓は無かった。
俺はシェルターの天井を見上げた。
急激なレベルアップのおかげで体が悲鳴を上げている。
母親と妹はどこにいるんだろうか?
冒険者の一人が演説をするようにイフリートを倒したことを伝えている。
それを避難民達は聞いていた。
誰かが俺に近づいて来た。
「お兄ちゃん」
まだ小学生の面影が残る顔があった。
「純子」と俺が言う。
立ち上がろうとした。でも体に力が入らない。
「お兄ちゃん」
純子が俺の体にダイブするように抱きついてきた。
え〜ん、え〜ん、と妹が泣いている。
俺は頭を撫でてあげる。
「死んだのかと思ったよ」
「お兄ちゃんは強いんだよ。そんなに簡単に死なない」と俺は言った。
よしよし。
「来るのが遅れてごめんな」
うんうん、と妹が首を横に振る。
「生きているだけでいいの」
「お母さんは?」
と俺が尋ねた。
純子が首を横に振った。
「お母さんは?」
俺は妹が首を横に振った意味がわからなくて、もう一度尋ねた。
「死んだ」
俺は純子をギュッと抱きしめた。
色んな感情が心の中に溢れ出す。
お母さんの姿。お母さんの優しさ。お母さんの思い出。
純子は一人でココにいたんだ。怖くて怖くて仕方なかっただろう。
そして俺は前世の母親のことも思い出していた。アイツにハメられて殺された母親。
俺は息をするのを止めた。
お母さんが死んだ。
演説している冒険者に対して、叫んでいるオバさんがいた。
そのオバさんは「冒険者なんだから、アナタ達がどうにかしなさいよ」みたいな事を言っている。
どうしてイフリートを倒したという報告で、あんなに怒っている人がいるんだろうか? 謎である。
すでに冒険者がどうにかできるような事態じゃない。
しかも生き残っている冒険者なんて、ごくわずかしかいないのだ。
みんな戦って死んでいる。
あんなに強い師匠達だって、俺が行かなきゃ死んでいた。
今、演説している冒険者だって俺が行かなきゃ死んでいた。
なのに、なんで、あのオバさんはあんな事が言えるんだろう?
どうにかしなさいよ、と怒っているけど、具体的にはどうすればいいんだろうか?
魔物を全て排除すればいいんだろうか?
ココまで魔物が溢れていたら無理ゲーである。
「食料の備蓄はどうするのよ」とオバさんが声をあげる。
「外に行けるのはアナタ達、冒険者だけなんだから、食料を集めて来なさいよ」
さっきまで戦っていた冒険者にそれを言うかね? たぶん、あの演説をしている冒険者だって魔力の残量が少なくて動くのがやっとだと思う。
でも、みんなを安心させるために脅威は去った事を伝えたんだと思う。
「アナタ達に休んでいる暇は無いのよ。さっさと次の行動に移さないとココにいる人達が野垂れ死ぬわよ」
とオバさんの声がする。
そう言えば、このババァの声を聞いたことがある。
俺は顔を上げて、その叫んでいる頭の可笑しいババァの顔を見た。
おばちゃん教頭先生。
俺の高校の嫌な奴だった。
止めていた息を吸った。
俺はババァに気づかれないことを願った。
「あの人、ずっとギャーギャー言ってるのよ」と純子が言う。
知ってる。
「あんなにギャーギャー言うんだったら自分が戦えばいいのに」と妹が言う。
そうだそうだ、と俺は思った。
「怖いんだろう。だから誰かのせいにしたいんだよ」と俺が言った。
妹が俺の手を握った。
「お兄ちゃん、どこにも行かないでね。私のそばにいて」
「わかった」と俺は言った。
足跡が聞こえる。
誰かが近づいて来ている。
「あら」と声が聞こえた。イヤな声だった。
「さっき扉から入って来た時、もしかしてと思って見に来たけど、アナタだったのね」
俺は目を瞑った。
俺を見下ろして喋っている奴の顔を見たくなかった。
おばちゃん教頭先生の声だった。
妹が俺を庇うように抱きついた。
「お兄ちゃんは、今動けないの。ソッとしといてください」
「冒険者なんだから、みんなのために働いたらどう?」
「お兄ちゃんは戦って来たんです」
「冒険者なんだから、戦うのは当たり前じゃない。私はそういう事を言ってるんじゃないの? 食料のことも考えなさい、って言ってるの。わかる?」
「そこまでにしてください」と誰かが近寄って来て言った。
女性冒険者である。
「休憩したら私達が食料を探しに行きますので」
「さっさと行きなさいよ。食料も魔物達に食べられているかもしれないだから」
とおばちゃん教頭先生が言った。
ババァが去って行く。
「礼は言ってたっけ?」と女性冒険者が尋ねた。
「聞いてない」
「本当にありがとう。君みたいな強い人が助けに来てくれてよかった」
せめて俺は座ろうとした。
「寝てていいのよ。魔力が枯渇していたら動けないのも知っているから」
「ありがとうございます」と俺は言う。「小林光太郎です」
「内藤アリサよ」と女性冒険者が名乗った。
「内藤さんのスキルは何なの? なんで俺の目の前に現れたんですか?」
「私のスキルはアンドゥー」
「アンドゥー?」
「戻る」
「あぁ、そういうことか」
「基本的には数秒前にしか戻れない」
「それじゃあ、どうして俺の目の前に?」
「一年以内なら過去に数秒だけ戻る大技があるのよ。制限と制約があって、たぶんもう使えないけど、君が助けに来なかった時の未来で、アナタが強いことを知ってアナタを呼んだんでしょうね」
「制限と制約ってハ○ターハ○ターみたいな事ができるんだね」
ハハハ、と内藤アリサが笑った。
「そうだね。でも君だって強くなるために魔族になったんじゃないの? それだって制限と制約だよ?」
「いや、俺は別に、そんな意識していない」
「私は寿命を縮めてもいいから1度だけ大技を出すことができたのよ。自分の寿命を消費して、1度だけという条件で出せたのよ。過去形にしているのは、もう出すことができないと思うから」
そんな事ができるんだ、と関心した。
「疲れているのに、ごめんね」
「いえいえ」と俺が言う。
「食料のことは気にしなくていいから。私達がどうにかするから」
「元気になったら俺も探しに行きますよ」
「ありがとう」と彼女がニッコリと笑った。
彼女が去って行く。
純子が隣にいた。
お兄ちゃん、と彼女が喋りかけてきた。
助けに来てくれてありがとう、と純子が言った。
俺は目を瞑った。
助けられなかったモノもいる。
気づいたら俺は眠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます