第72話 伝説の大精霊との戦いが始まる

「どうして山の中にいたんですか?」とミチコが尋ねた。

「避難所に向かっていたの。だけど魔物に襲われて逃げるように山に登ったのよ」と中年女性が言う。

 親子2人は不安そうなに下を向いて歩いていた。

「おかしいですね」とミチコが言った。

「なにが?」と俺が尋ねた。

「さっきから魔物が現れないんです」

「俺が倒したじゃん」

 ミチコが空を指差す。

「他に大量の魔物がいても可笑しくないんじゃないでしょうか?」

 空を覆うぐらいにダンジョンがバーストしているのなら、と言うことだろう。

「日本は今、どうなっているんですか?」とミチコが尋ねた。

 40代中年女性が首を傾げた。

 どうしてそんな事を聞くのか不思議なのかもしれない。

「私達は今までダンジョンに入っていたんです。だから日本の状況がわからないんです」

「そうなのね」と中年女性が言った。

「ある場所でSクラスのダンジョンがバーストしたというニュースが流れたのよ」

 女性の言葉を聞いて、俺は師匠のことを思い出した。

 Sランクのダンジョン。

 師匠が入ったダンジョンじゃないのか? 

 それじゃあ師匠は? 不安がよぎる。

「日本の強い冒険者はSランクダンジョンから出た大精霊を討伐しに行ったけど」

「ちょっと待ってください。大精霊が出たんですか?」

 見たら即死亡の伝説の大精霊。

 リヴァイアサン。シヴァ。イフリート。バハムート。

 その4体が伝説の大精霊、と呼ばれている。

「そんなの誰が倒せるんですか? Sランクが束になって戦っても倒せるかどうかじゃないですか」

「そうよ。だから日本の強い冒険者は全滅したのよ。その翌日には他のダンジョンもバーストして今の状態になったのよ。全てのダンジョンがバーストしてるわ。それだけじゃなくて新しいダンジョンもバースト状態で出現しているらしいのよ。伝説の大精霊は4体とも現在の日本に生息しているらしいわ。日本はもう……」

 お母さんが息子の手を握った。

「そんな」とミチコが言った。

「大丈夫よ。光太郎が何とかしてくれる」とお嬢が言う。

 どれだけ俺を信頼してるんだよ、お嬢は。

「そろそろお昼ご飯を食べたいんだけど」と田中が言う。

「うるさいです。黙ってください」とミチコが言う。

「アナタは幾つなの?」と中年女性がミチコに尋ねた。

「9歳です」

「そう」と彼女が呟く。「私の息子と一緒ね。冒険者なの?」

「はい」

「大変ね」と中年女性が言った。「お父さんとお母さんは心配してるんじゃない?」

「2人とも死にました」

「……ごめんなさい」

「いえ、別に結構ですよ」

 中年女性は言葉を探しているようだったけど、見つからなかったのか前を向いて黙々と歩いた。

 雪が降って来た。

 寒い。寒いよパトラッシュ。

 山を降りている。なのにどんどんと寒くなっている。普通は逆じゃねぇ? 山を登っていったら寒くなるんじゃねぇ?

 ある場所から雪が積もっていた。

「シヴァの影響かもしれないわね」と40代の中年女性が不安そうに震えながら言った。

「シヴァって、あのシヴァがこの付近にいるんですか?」とミチコが尋ねる。

 あまりにも有名すぎる。ゲームなら召喚獣だったり、ヒンドゥー教なら神様だったりする。

「私も親から電話で教えられて詳細は知らないけど」と中年女性が口から白い煙を出しながら言った。

「他の魔物も怯えて逃げているんでしょうね」とミチコが言う。

「たぶん」

 ミチコが判断を求めるように俺を見た。

 山を登りなおすか? このまま降りるか? 

 山を登りなおしたとしても、その後は? 

 ココで立ち止まってはいられない。俺達にも目的の場所がある。

「避難所に行こう。そこにシェルターがあるなら安全だろう」と俺が言った。

 俺達はコートに身を包んで避難所に向かって歩いて行く。

 避難所になったいるのは山を降りたところにある小学校らしかった。

 ダンジョンがバーストした時のために作られたシェルター。そこが避難所になっているらしかった。



 避難所になっている小学校に到着する。

 さっきよりも吹雪いている。

 小学校らしいのだけど、アナと雪の◯王のエルサの屋敷のように小学校が凍っていた。カッチカチに凍っている。

 少年が通う小学校らしく、シェルターの場所に案内してくれた。

「マジかよ」

 と俺は呟いた。

「中に人がいてるんですかね?」とミチコが言う。

 ココがシェルターなんだよな? と少年に念押しで俺が尋ねた。

 少年が不安そうに頷いた。

 そこにあったのは、ただの氷の小さい丘だった。

 もしかしたら扉じゃないかな? っというのが氷の奥に見える。

 だけど絶対に入れない。

「お嬢、溶かせるか?」

「光太郎がやりなさいよ」

「魔族バージョンじゃないと無理」と俺が小声で言う。「ココで魔族になったら、親子がビックリするだろう」

「仕方がないわね」

 お嬢が日本刀を鞘から取り出した。

 その時、後ろから強烈なプレッシャーを感じた。

 殺気? 振り向いたら殺される。

 お嬢が日本刀を鞘に仕舞う。

 田中がブルブルと震えていた。寒さだけのせいじゃない。

「小林さん」とミチコが言った。

「わかってる。3人は親子を守ってくれ」

 と俺は言った。

「俺が何とかする」

 振り向きたくなかった。

 だけど戦わなくちゃいけないんだろう。

 魔族バージョンになっても倒せるのか? 

 振り向くと運動場の中心に雪女が立っていた。

 雪女、と表現したけど、イメージのような純白な着物を着ているわけじゃない。

 氷で作られたドレスを着ている。

 肌は白い、というよりも、白さを越して青かった。

 シヴァ。

 ゲームなら召喚獣として現れることがある。そしてヒンドゥー教なら神様。たしかゲームのシヴァとヒンドゥー教のシヴァってスペルが違うかったけ? 別物という説もある。だけど現代においてシヴァは伝説の大精霊の一体だった。

 大精霊と出会ったら即死亡。

 シヴァが息をフッと吹きかけた。

 その息が無数の氷柱になり、俺達に向かってくる。

 俺が避ければ後ろの5人に氷柱がぶつかる。

 俺は魔族バージョンになった。

 最初から全速力で戦わなくちゃ、こんなのすぐにやられてしまう。

 闘気を体に身を纏う。

 そしてマグマのような熱いスキルを体に纏わす。

 黒い闘気と炎のスキルが混じり、俺の体を覆って行く。

 炎に焼かれて黒い煙が出ているような状態になっている。

 この状態では髪の毛だって赤くなっているらしい。

 俺は飛んで来た氷柱を炎が纏った羽で落とした。

 ちょっと息を吹きかけて出した氷柱のくせに、俺の羽に穴を開けた。しかも闘気と炎のスキルを纏った状態なのに。

 息だけで攻撃を食らってしまった。

 羽は自動再生していく。

「遠くまで逃げろ」と俺は叫んだ。

「もしこの戦いに勝てたら、家に残した赤ん坊を抱きしめるんだ」

 と一応、俺は死亡フラグも立てとく。

 死ぬ前は立てるのがお約束じゃなかったっけ?

「小林さんには子どもはいません」とミチコが丁寧にツッコんでくれる。「勝ってください」

 俺TUEEEEEEEを始めたつもりなのに、勝てる気がしないんだよ。

「光太郎。死なないでよ」とお嬢が言う。

「頼んだ。みんな逃げよう。早く逃げよう。もう死亡フラグ立てなくていいから逃げよう」と田中が走り始めた。

 伝説の大精霊との戦いが始まる。

 いや、死ぬかも。

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