第69話 淫欲

 俺達は鬼ヶ島から現代の日本に戻って来た。

 夜なんだろうか? 薄暗い。

 夜の闇とは違う。ぼんやりと周りが見えるぐらいの闇だった。

 寒さを感じた。みんなに服を出してあげなくちゃ、と思った。

 頭上から何かがバサっと落ちて来た。

 落ちて来たというより、降りて来た。

 自動販売機が空から落ちて来た、と脳みそが錯覚した。

 そんな訳ねぇー。

 頭上から落ちてきたのは赤い刺々しいドラゴンだった。詳しい名前はわからん。魔物なんだろう。

 それは一瞬の出来事だった。

 お嬢が食われた。

 上半身をパク。

「お嬢」と俺は叫んだ。

 彼女は闘気を出して魔力を体に覆って覚醒させた。

 そしてドラゴンの口をこじ開けて出て来た。

 出て来たけど両腕を持って行かれてしまった。

 ドラゴンの口から骨を砕く音。

 バギ、バキ。

 お嬢は肘から先を無くした。

 新庄かなはドラゴンに噛まれながら魔物に頭突き攻撃をした。

 それが痛かったのか、ドラゴンは尻尾を使ってなぎ払ってきた。

 その尻尾が俺達を巻き込み、四人が吹き飛ばされる。

 お嬢は大量に血を吹き出して倒れていた。 

 魔族バージョンに俺は変身した。

 体に闘気を宿して、踏み込む。一瞬でドラゴンの目の前までやって来た。

 そしてドラゴンの腹を蹴り上げた。

 ドラゴンが飛んで行く。そこに向かって茶玉を撃ち込む。

 空で爆発したみたいにドラゴンは血しぶきを出しながら落下する。

 頭上を見ると同じドラゴンが百体以上、飛んでいた。

 俺は空を見上げて、ようやく気付いた。

 今は夜じゃないのだ。

 薄暗くても夜じゃない。

 空はダンジョンゲートが覆っていた。

 一つのダンジョンゲートではなく、無数のダンジョンゲートが空を覆っている。

 ゲートの隙間から太陽の光が溢れていた。

 もしかして鬼ヶ島以外のダンジョンは全てバーストしてしまったのか?

 ドラゴンの群がコチラに気づく。

 俺なら倒せる。だけど一気に倒すことはできない。

 何匹かは3人を狙うだろう。

 戦えるのはミチコだけだった。

 守りながらドラゴンの群と戦えるのか?

 俺は膝を付いて地面を触った。

 3人を守るつもりで土のスキルを使った。

 カマクラのような半球でミチコを覆った。

 カマクラのような半球で田中も覆った。

 田中はお嬢にヒールをかけるために足を引きずりながら、新庄かなのところに向かっている最中だった。

 大量のドラゴンの群が近づいて来ていた。

 俺はお嬢のそばに行く。

 血を出しすぎて顔が真っ青だった。

 新庄かなは恥ずかしいのか俺から顔を背けた。

 カマクラのような半球で、お嬢と2人で閉じこもった。



 カマクラの中は闇だった。

「俺の淫欲は魔族バージョンなら相手の傷も魔力も癒すことができるんだ」

 膝をつき、コンタクトレンズを探すようにお嬢を闇の中で探した。

 温もりが、そこにはあった。

 彼女の体を触って顔の位置を確認する。

「怒るなよ。すぐに腕を戻してあげるから」

 頬が濡れていた。

 すごい血の匂いがする。

 キスをしようとしたけど、暗くてわからなかった。

 たぶん頬にキスをした。

 炎を出すことはできる。だけど出さなかった。彼女が嫌がりそうだから。

「なにするのよ」

「大丈夫」

 キスをした。

 描写できないぐらいに濃厚なやつ。

 だって彼女を回復させなくちゃいけないから。

 それでも腕は元には戻らない。

 手で触って、そこに腕が無いことは確認した。


『欠損部分を淫欲のスキルで直すには、性行為中のオーガズムが必要です』

 と知識の声が言う。


 俺の胸に不安が広がった。

 彼女を気持ちよくできるのだろうか?

「痛くない?」

 首元と耳を舐めた。

 イヤラシイ意味だけど、イヤラシイ意味じゃなくて。

 彼女の傷を癒すために。

「くすぐったい」とお嬢が言う。

「そうじゃない。腕、痛くない?」

「……うん。痛くなくなった」

 俺はお嬢の服を脱がそうとした。

 着物っぽい服で、どういう形状になっているのかはわからない。

「やめて」

「俺を信じてくれ」

「何するの?」

「お嬢の腕を取り戻す」

「どうやって?」

「淫欲のスキルで」

「だから、それってどうやって?」

「……欠損部分を取り戻すには性行為中のオーガニズムが必要みたい」

「……なによそれ」

「やめとく? ヒールのスキルを持った上位ランクに出会えれば欠損部分は治せるかもしれないし」

「そんな人と出会える確率ってどれぐらよ?」

「……」

「別に好きじゃないから。これは腕を再生させるだけだから」

「わかってる」

 着物みたいな服を脱がせた。

 この服を用意したのは誰だよ? 脱がせるのも難しいぞ。

 裸で寝転んだら痛いだろうから、土のスキルで柔らかいベッドを作った。

 柔らかい、って言ってもしょせんは土だからベッドみたいにはならない。

 それでも全然マシだろう。

「優しくして」とお嬢が言う。

 彼女が気持ち良くなることだけを考えた。

 性行為のオーガズムが必要なのだ。

 闇の中。

 彼女の吐息と喘ぎ声を頼りに、俺は彼女の腕を再生させていく。

「光太郎」とお嬢が俺を呼んだ。

「私もしてあげようか?」

「別にいいよ」

 お嬢が気持ちよくなれば、それで腕は再生できるんだから。

「してあげたいの」

「……」

「どこが気持ち良いの?」

「そこが気持ちいいよ」

 俺達は抱き合った。

 彼女の手が俺の背中に触れる。羽の下あたり。

 もう腕は戻ったみたい。

「もう行こうか?」と俺が言う。

 彼女は俺が離れないように強く抱きしめた。

「まだ、もう少しだけこうしていて」

「うん」

「光太郎のこと、私は大っ嫌いなんだから」

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