第65話 母親を殺され、好きな少女を殺され、自分も殺された過去

 直子と2人で魔王城に行った。

 すごく嫌な場所だった。

 冷たい石造りの大きな城。

 用意された部屋も牢屋のようなところだった。

 ミクを探しても彼女は見つからない。

 こんなところから早く帰りたい、と思った。

 ミクの安否のことを考え、ずっとソワソワした気持ちだった。

 だけど魔王城を探索して彼女を探すのも直子から止められていた。

 ココには他の魔族がいる。俺達のことをよく思っていない奴もいる。

 授与式が終われば俺は魔王候補の1人になる。そしたら他の魔王候補から狙われる身になってしまう。

 魔王候補。文字通り魔王の候補である。魔王の子ども達は全て魔王候補になる。そして、その中から一番強い奴が魔王になる。どうやって決めるのか? それは純粋に殺し合いである。授与式の後、俺は魔王候補を破棄しようと思っていた。

 破棄できるのかどうかは知らないけど、魔王になんてなりたくなかった。それに殺し合いもしたくなかった。



 授与式が行われた。

 他の魔族達のお披露目会を兼ねているらしく、色んな魔族がいた。

 奴等の目が怖かった。

 直子は小さく震えていたように思う。だけど恐怖を隠して平然としていた。

 結婚式のチャペルで指輪を交換するような祭壇? っていうのか? 教卓みたいなモノがあって、その上に水晶が置かれていた。

 その水晶はステータス検査をするモノである。

 見守るような形で水晶の前で魔王が立っていた。

 背中に黒い羽を生やした角が2本生えたガタイの大きなオジサン。

 父親とは思えなかった。生まれてから一度も喋ったことがないのだ。

 俺は水晶の前まで歩いて行った。

 魔王が俺の頭に手を置く。

「案ずるな。我はお主の味方である」

 俺は魔王を睨んだ。

 味方と言うのならミクを返してほしかった。だけど何も言えなかった。

 魔王が何か呪文みたいなモノを唱え、俺の体がピカピカと光った。

「水晶に手をかざしなさい」と魔王が言う。

 どうやら体がピカピカと光ったことで、スキルの授与が行われたらしい。

 俺は水晶に手をかざす。


 名前:ナオヤ・シューベルト

 固有スキル:成長する者

 スキル:???

 種族:魔族


 水晶に文字が浮かび上がった。

 ステータス検査の内容が、水晶だけではなく、壁に映し出されていた。

 ココに集まった魔族も見られるように、壁に反映させる魔具があるんだろう。

 会場が騒ついている。

「スキル無しよ」と誰かの声が聞こえた。そして笑い声を我慢する音が会場を騒つかせた。

 こんなことを言うと変なのだけど……魔王は慈愛に満ちた表情を俺に向けた。

「島に帰るまで護衛を付けよう」

 と魔王が言ったのだ。



 授与式が終わっても俺達は帰れなかった。

 ミクが返って来なかったのだ。

 魔王城に仕える執事? 角を一本生やした老紳士に、もう少しで少女を返すから、少し待っていろ、と言われた。

 だから牢屋のような部屋で直子と2人で待っていた。

 色々と腑に落ちたいところがある。

 なぜ授与式が終わってもミクは返してもらえなかったのか?

 そもそもミクを拉致する必要はあったのか?

 俺達は魔王にミクを拉致された、と思っていたけど、別の誰かに拉致られたのではないか?

 色んなことが仕組まれていたんだと思う。



 部屋で待っていたら、ザザザザと足音が聞こえた。

 そして俺達の部屋に兵士が入って来たのだ。兵士は魔物だと思う。牛の顔だったり馬の顔だったり、色んな種族の顔があった。みんなガタイが大きく、丈夫そうな鎧を着ていた。

 そして1人の兵士が言ったのだ。

「移転装置を破壊した罪で、直子・シューベルトを捕らえる」

 俺は頭の中に?が飛びまくっていた。

 何をコイツ等は言っているのか?

 直子は俺と同じ部屋にずっといた。この牢屋のような場所にいたのだ。

 俺の言い分は聞き入れてもらえず、話は進んで行く。

 捕らえられた直子。

 俺は直子を追いかけたのかもしれないし、俺も兵に捕まって一緒に連れられて行ったのかもしれない。覚えていない。だけど直子と一緒にスキルの授与式を行なった体育館のような大きな広場に行った。

 すでに処刑台が用意されていた。

 首を入れる穴。首を切り落とすギロチン。

 なぜか娯楽でも見るように他の魔族が集まっていた。楽しげに魔族達は談笑していた。

「お母さん」と俺は泣き叫んでいたと思う。

 その声を聞いて、他の魔族が笑っていた。滑稽で面白いモノを見るかのように。

「ナオヤ」と直子が言った。

 自分の未来を悟ったような落ち着いた声だった。

「貴方は世界を守らなければいけません。アナタが魔王になり、世界を救いなさい。この世界を変えなさい。地球を守りなさい」

 そう言えば現世に生まれ変わって何度か夢を見たことがある。変な夢だった。ダンジョンの黒い渦が世界を覆う。そして黒い渦が爆発したと同時に、その土地が消えてしまう。

 その時に声が聞いた。

 誰の声かはわからなかったけど、あれは直子の声だった。俺の中に直子の思いが消えていなくて、直子の願いが消えていなくて、ずっと俺に呼びかけていたんだ。

 直子の言葉を聞いて、魔族達は大爆笑した。



 直子はギロチンで首を落とすために、穴に首を通された。

「直子・シューベルト。汝は地球という異世界を守るために転移装置を潰そうと働いた罪で処刑にする」

 そう言ったのは、俺達が執事だと思っていた一本角の老紳士だった。

 コイツは俺達を足止めしているだけだったのだ。

 もうこの時にはミクも殺されていることはわかった。

 これ以上は言いたくない。最悪なバッドエンドだった。

 俺は1人になった。

 絶望だった。

 それから俺は護衛の人と魔王城を出たのだ。



 この護衛が神田英二だった。

 神田英二の話はしたっけ? ゴブリンバーストの時に襲って来た魔族。今の俺のように二本角が生えていて黒い羽を持った奴。そうだよ。この特徴は魔王も一緒だよ。だって俺達は兄弟なんだから。

 現世では俺達の幼馴染だった。

 それは俺のことをあざ笑うためだったんじゃないか? 正直に言うとなんで現世で神田英二が俺の幼馴染をしていたのかはわかんない。

 神田英二に付いて行き、魔王城を出た。

 疑わなかったのか? なにかを考えられるような状態じゃなかったと思う。

 山に馬車を止めた、と彼は言っていた。

 それまで魔物が出たら彼が殺してくれた。護衛のように。

 山に馬車は本当にあった。

「荷台に入ってください」

 と神田英二は言った。

 荷台に入ると血の匂いが充満していた。

 殺されたミクが荷台にいたのだ。

 描写はできない。俺だって思い出したくねぇー。

 神田英二が笑っていた。

 腹を抱えて笑っていた。

「最高。超ウケる。頑張ってよかったわ」

 と神田英二が言った。

「お前、本当に俺様が護衛だと思ったの? バカじゃねぇーの。この角。この羽。お前と同じ魔王候補だつーの」

 ぎゃはははは、と神田英二が笑っていた。

「全部、俺様が仕組んだんだよ。お前の好きな女の子をさらったのも俺様。お前のお母さんを処刑させたのも俺様。でも頑張ってよかった。こんなに笑えたのは久しぶり。あとはお前を殺すだけだな」

 それ以上は前世の記憶は無い。

 そこで死んだんだと思う。



 俺は前世の記憶を全て話し終えた。

 エンマが涙をボロボロと流して泣いていた。

 田中は空気も読まずにお肉を頬張っていた。

 お嬢が何を見るわけでもなく、空気中の一点を睨んでいた。

 ミチコが下を向いて泣くのを我慢している。

「私達がナオヤ様を見つけた時には……」とエンマが言った。

 過去を思い出すように彼は目を瞑った。小さいのに、少年には見えない。ずっと長生きしてきたとわかる雰囲気があった。

「見つけてくれたんだ。ありがとう」と俺は言った。

「いえ、私は何もできませんでした」

 俺は首を横に振った。

「ありがとう。心配かけたな」

「鬼ヶ島に2人の死体を連れて帰り、すぐに転生の儀式をしました。ナオヤ様を守るために彼女も転生させたのです。でも魂が残っていない可能性もありました。……我々はナオヤ様の帰りを100年待ち続けました」

 エンマが俺を見る。

「ネームド鬼が少ないのは、弔い合戦で死んだからです」

「そんなバカなことを」

「ナオヤ様と直子様がいなくなり、我々の八割は弔い合戦で殺されました。そして我々は復興したのですが、……ナオヤ様の世界では神田英二と呼ばれる方が、魔王候補の最後の生き残りになりました」

「それじゃあアイツが魔王に?」

 エンマは首を横に振った。

「あと1人。魔王候補が生き残っています。我々が転生させたナオヤ・シューベルト様、貴方です。たぶん、これは憶測にしかすぎませんが、貴方を倒すために神田英二は転生したのではないでしょうか? 転生したら記憶を無くす。記憶を取り戻すことができずに、目的を見失って生活していたのではないでしょうか」

 俺は神田英二のことを思い出す。

 怒りが湧いてくる。

「ミクはこっちに転移しているはずなんだけど……」

 と俺が言う。

 エンマが首を降る。

「もしかしたら、この世界のどこかで生きているかもしれませんが、わかりません。我々は結界の外に出ることができないので彼女を探すことはできないのです」

「出れない?」

「はい。敗戦したので言いなりです。転移装置が作動してから我々は領土から出られなくなってしまいました。別の領土の種族は出入りできるのですが、鬼とその配下の種族は結界の外から出ることができません」

「そうだったのか」と俺が言う。

「ナオヤ様は日本に帰られるのでしょうか?」

 ココにいてほしい、という思いで聞いているのかもしれない。

「日本に帰るよ」

 エンマは静かに頷いた。

「噂で聞きました。日本の全土をこの世界に転移させようとしているみたいです」

「えっ」とお嬢が驚く。

「気をつけてください」

 あぁ、と俺は言う。

「少女からココに来た理由は聞いております。棍棒ではなく、最強の武器である金棒を用意していますので持って帰ってください」

「ありがとうございます」とミチコが言う。

「いつか、またココに戻って来てください。ココはナオヤ様の家でございます」

 俺は頷いた。

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