第64話 前世の記憶

 俺の母親……母親って言っても前世の頃の母親。わかりにくいから直子って呼ぼう。

 直子は日本からの転移者だった。

 転移って転生と違って、生まれ変わっている訳じゃない。

 日本から連れ去られて異世界に来たのだ。

 なぜ直子が異世界に連れ去られたのか?

 それは魔王が地球の知識を得るために地球人をさらって来たのだ。

 拉致と同じである。

 地球は住める環境なのか? 誰が支配しているのか? どういった経済圏なのか?

 つまり地球の領土を奪うに値するかどうかの情報を得るために直子は転移させられた。

 異世界にやって来た彼女は、かなり孤独だったと思う。寂しかったと思う。辛かったと思う。

 そして異世界に転移した直子は魔王に気に入られて何十人もいる妻の1人になったのだ。

 直子・シューベルト。それが異世界の彼女の名前だった。

 日本みたいに夫の名前を引き継ぐシステムは魔族にもあった。なんで名前を引き継ぐのか? それはこの女性の夫が魔王であることを他の連中にしらしめるためなんだろう。



 物心がついた頃には俺は鬼ヶ島にいた。

 もともと魔王城に住んでいたらしいのだけど他の魔族に直子はイジメられて、魔王から与えられた小さな島に移り住んでいた。

 今ならわかる。彼女は日本に帰りたい、そういう気持ちが強かったと思う。だけど息子が生まれた。息子を育てないといけない。帰れない日本のことを思い、異国の世界で好きでもない魔王の息子を育てないといけなかった。

 それでも彼女は俺に愛情を全て注ぎ込んでくれたと思う。

 俺は直子のことが大好きだったし、直子も俺のことが好きだった。

 俺の記憶ではすでに、鬼ヶ島は今のように発展していた。直子は日本で勉強した知識を生かして島を発展させていたのだ。

 暴力じゃない支配を彼女はしていた。

 そして島の鬼達に全て彼女は名前を与えた。

 ネームド鬼はこんなに少なくなかったよね?

 その理由については後でエンマから教えてもらおう。

 俺には幼馴染の女の子がいた。

 ずっと俺は彼女の事が好きだった。

 俺よりも一つ年下だったと思う。

 ネームド鬼で、見た目は人間だった。

 高田ミクの顔が浮かぶ。

 なぜ彼女は俺と同じように転生したんだろう?

 これも後でエンマから教えてもらおう。

 話は続ける。

 俺には前世で幼馴染がいた。それは紛れもなく高田ミクだった。歩くたびにポニーテールはユラユラと揺れた。

 額に角が2本生えているところ以外は、ミクと何一つ変わらなかった。

 その当時の彼女は巫女服みたいなモノを着ていたと思う。

 まだ俺達は幼く、2人でいつも一緒にいた。

 冒険に出るのも一緒だったし、訓練をするのも一緒だったし、食事をするのも一緒だった。何をするのも一緒だった。

 ミクは俺のお世話係みたいなもんだっただと思う。

 ナオヤ様、と彼女は俺のことを呼んだ。

 俺は彼女のことを何て呼んでいたんだろう?

 ミク。それは現世の名前。

 彼女の名前が思い出せない。

 マミリン、と呼んでいたっけ? 前世の名前を言い始めると混乱するから、ミクで統一するね。



 そう言えばこんなことあったけ? 俺は小さい頃、ドラゴンを飼っていたんだ。

 卵から自分で温めて孵化させて育てたドラゴン。

 そのドラゴンが病気で死んじゃったんだ。

 三日三晩俺は泣き続けて、ミクは俺のそばにずっと居てくれた。

「ナオヤ様、どうしたら辛くなくなりますか?」

 とミクは尋ねた。

「……パンツ見せてよ」

 と俺は言った。

 彼女が断ることを俺は言いたかった。

 だけどミクは嫌な顔をせず、巫女服を脱ぎ、俺に布地のパンツを見せた。

 エッチな気持ちなんて一ミリも起きなかった。

 それでも俺は彼女のパンツを見た。

「それじゃあ、俺が会うたびにパンツを見せてよ」と泣きながら俺は言った。

 ミクは数日、俺に会うたびにパンツを見せて来た。

「なんで、そんなことするの?」と俺が尋ねた。

「ナオヤ様のためなら私は何でもします」と彼女は答えた。



 小学生の頃にミクがスカートをめくってパンツを見せて来たことがある。

 もしかしたら、その時点で彼女は前世の記憶を取り戻していたんじゃないか?

 あれは俺のためなら何でもします、という合図だったんじゃないか?

 たぶん、そういう事なんだろう。

 もしかして英二と付き合ったのは? 俺から英二を遠ざけるためだったのか?

 でも彼女は英二がいなくなって悲しんでいた? 

 俺には見えないところで彼女は前世から俺のために動いていた。

 俺は彼女のことが大好きだった。愛していた、と言っても過言じゃない。



 魔族は12歳になったと同時にスキルと固有スキルが与えられる。

 その授与式って言うの? それに俺が出席しなくちゃいけなくなった。

 魔王城に帰らなくちゃいけなかったのだ。

 行きたくなかった。そして母親も行かせたくなかった。

 スキルを与えられなくても、固有スキルが無くても、俺はこの島で生きていればいいと思った。

 ここで生きて行く分には力は必要なかった。

 そういう考えがダメだったんだと思う。

 ミクが魔王の配下に攫われた。

 彼女を返してほしければ魔王城に来い、という魔王からのお達しが届いた。

 俺をさらえばいいのに、わざわざミクを攫ったのは他の魔王候補の目が合ったんだと思う。

 自ら魔王城にやって来た。そんな風に思わせたかったんだと思う。

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