第59話 竜宮城


 そう言えば浦島太郎の話の中では亀に連れられて海に入ったら自然と息ができた、みたいなくだりがあったような。

 全然、息できないじゃん。

 苦しいじゃん。

 しかも夜の海は冷たいし。

 闇に飲み込まれているような感じ。

 亀の甲羅にしがみついて、息苦しいのを我慢していた。

 どれだけで到着するのか聞いておけばよかった。

 30分かかります、とかだったら俺死ぬじゃん。

 どうしよう苦しい。

 別のことを考えよう。

 えーーーっと、苦しい。

 なんで苦しい時って、苦しいことしか考えれないんだろう。

 目を開けると海の中で視界が悪いけど光が見えた。

 あれは?

 近づいて行く。

 ラブホのようなきらびやかな建物。

 浦島太郎の話はもともとはエロ話であったと聞いたことがある。

 助けた亀に連れられて、竜宮城に行って見たら、……ムフフなことをたくさんしたんじゃなかったけ? 日本最古の官能小説。

 現代では竜宮城のところが朝チュンになっている。数年の月日が経ちました、みたいな表現になっている。

 朝チュンって便利だな、と俺はきらびやかなラブホの光を見ながら思う。

 それにしても苦しい。

「着きましたよ」

 俺は喋れん。

 横開きの扉。ゆっくりと開く。早く開け。俺は扉をどんどんと叩く。

 扉が開いて中に入った。

 あぁ、息ができた。……そうなると思っていた。

 できねぇーじゃん。

 竜宮城の中も海。

 俺ココで死ぬのかな。

「よくお越しくださいました」

 意識が朦朧となってきた。

 薄く目を開けると羽衣を来た綺麗なお姉さんが立っている。

 あれ? 下半身は魚類? マーメイド?

 最後に見たのが綺麗なマーメイドでよかった。女神みたいだ。

 みんな助けられなくてごめん。

 意識が……。

 お姉さんが手から空気を出している。

 空気が俺を包み込んだ。

 ゴホゴホ。

 俺はようやく息をする。

 久しぶりに吸った酸素。

 こんなに酸素がうまいと思ったことがねぇー。

 もっと息をしたい。しばらく喋れん。

「亀之助。どうして主人様あるじさまの体が酸素で覆われていないのですか?」

 羽衣を来た女神のような女性が言った。

「忘れてました」と亀が言う。

「我が主人様を殺す気ですか?」

「乙姫様」と亀が言う。「この方のことを誰も主人様だと思っておりません。私もそうですが、もう昔を知るマーメイドやマーマンは少ないのです。他のマーメイドやマーマンの前ではこの方を主人様とお呼びするのはおやめください」

「あなた」と乙姫が言う。「わざと主人様の体を酸素で覆わなかったのですね」

「知りません」

 亀が口から空気を出す。その空気を俺にぶつけた。

 空気がぶつかっただけなのに、殴られたように痛い。


『攻撃スキル、エアーガンが使用できるように成長しました』


 コイツ攻撃してきたぞ。

「今、酸素を渡しました」

「亀之助」と乙姫がキレている。

 亀が泳いで扉から出て行く。

「主人様、申し訳ございません。後で甲羅を剥がします」

「亀って甲羅を剥がしたら死んじゃうんじゃ?」

「コチラにどうぞ」

 竜宮城の中に入るように促される。

 入りたくねぇー。

「スキルを返してもらいに来ただけなんですけど」

「もちろん主人様のスキルは返させていただきます。コチラにどうぞ」

 行きたくねぇー。

「つーか、主人様ってなんだよ?」

「ナオヤ・シューベルト様はここの領地の主人様です」

「ごめんなさい人違いです」

「人違いじゃないです。覚えていないだけですわ」



 話をまとめる。

 ナオヤ・シューベルトと書かれた冒険者カードを貰った。たぶんコレが俺の前世なんだろう。そして、それは昔々の話なんだろう。

 その昔話を知るモノは今では一部だけになっている。

 新しい世代は俺のことを知らない。

 知らないから受け入れられない。

 その話自体、俺も受け入れられない。

 羽衣を来た綺麗なお姉さん。髪は青く、誰がどう見ても美少女だった。だけど下半身は魚類。つまりメーメイド。

「主人様、人魚の下半身はお嫌いですか?」

 人魚の下半身が足に変化する。

「主人様と同じ足に変えることができるんです」

 と嬉しそうに乙姫が言う。

「さぁ、中に入ってください」

「中で何をするんですか?」

「……楽しいこと」と乙姫が笑った。

「スキルを返してほしいんだけど……」 

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