第49話 始まりの町
傷だらけのお嬢が俺に近づいて来た。
遠くでミチコの泣き声がする。
「ハイポーション」とお嬢が言う。
俺は呑み込んでいたハイポーションを左手から二つ取り出す。
それをお嬢が持って、ミチコの泣き声がする方に戻って行った。
しばらくしてから2人が俺のところに来る。
「小林さん、大丈夫ですか?」とミチコが尋ねた。
青いセーラー服みたいな衣装に血が付いている。
2人の頬に墨汁で1と書かれていた。猿鬼が書いたんだろう。たぶん俺の頬にも付いている。
「あぁ。俺は自動回復があるから大丈夫だ」
「動けますか?」
「魔力切れ」
「新庄さん、補充してあげてください」
「イヤよ」とお嬢が言う。「どうして光太郎は魔力切れになるまでスキルを使うのよ。魔力切れで動けなくなるんだから少しは残して置くものなのよ」
お嬢が魔力ブレスレットの残量を見せて来る。残量が5になっていた。
みんな魔力切れにならないのはそういうことか。
動くために0まで使わないのだ。
俺は魔力回復のスキルを持っているから0まで使ってしまう。
魔力が0で動けません、っていう状態ならエッチなことをしてくれる、という計算が前にはあった。今は、そんなことも考えずに0まで使う癖になっている。
「これから魔力を頑張って残します」と俺は言った。
「でも、ありがとう」とお嬢が言う。
え、なんでこの子はデレてるの?
「なにが?」
「私達を助けようとしてくれたんでしょ」
「別に大したことねぇーよ」と俺が言う。
「ミチコ。あっち向いておいて」
「わかりました」
お嬢が俺の近くに座り直す。
よし来た。エッチタイム。
お嬢の顔が近づいて来る。
俺の頬とお嬢の頬がくっ付く。
「キスしなくちゃダメ?」とお嬢が尋ねる。
「お願いします」
彼女がチュっと唇にキスをした。
全然、足りん。もっとください。
お嬢が俺の左腕に付いた魔力ブレスレットを見る。
「よし。これで動けるはず」とお嬢が言う。
俺も魔力ブレスレットを見る。
残量が30になっている。
「もっと魔力を回復させてください」
「イヤよ」
「2人とも魔力残量が無いから、俺しか戦えないんだよ?」
「戦いになった時点で終わりじゃない。私達は弱いんだから」
「もう終わりましたか?」
とミチコがコチラに振り返る。
「それで、これからどうしましょう?」
「帰ろうか?」と俺が言う。
「田中さんは?」とミチコが尋ねる。
「桃太郎に連れて行かれた」と俺は答える。
「帰りましょう」とお嬢が言う。
「ダメですよ。仲間を置いて逃げることはできません」
「お前、いい奴なんだな」と俺が言う。
「でも一旦、仕切り直そう」
俺は立ち上がりダンジョンゲートに向かった。
せめて3人の魔力が回復してから、またダンジョンに入るべきなのだ。
「この墨汁は何なんでしょう?」とミチコが尋ねた。
「町の通行手形、って鬼が言ってたよ」
「そういうことですか。田中さんは町で我々が暴れないための人質ってことですか」
「たぶん、そういうこと」
と俺が言う。
町の通行手形を出すってことは本当に友好的なのかもしれない。
「それじゃあ町に田中さんがいるってことですか?」
「それはわからん」と俺が言う。
ダンジョンゲートが見えて来る。
「無理だ」と俺は言った。
2体の鬼がダンジョンゲートの前に立っている。2体とも中世のヨーロッパ風の鎧を来て手には棍棒を持っていた。鬼の体格が良くてアンバランスには見えない。むしろ似合っている。
そういえば防具を着ている魔物に出会ったのは、このダンジョンが初めてだった。
あの棍棒を持って帰れば、このダンジョンの目的は達成だけど、あの鬼に勝てる気がしない。
「私達のことをダンジョンから逃がしたくないみたいですね」
「ゲートを通るための条件があるのかな?」と俺が首を傾げる。「俺達のことを襲って来ないってことは、俺達を殺したいわけじゃないんだなろうな」
「とりあえず町に行きますか? 田中さんがどこに行ったのか情報もほしいですし」とミチコが言う。
「そうしようか」と俺は言った。
「町に行くのは、なんかイヤ」とお嬢が言い出す。
「なんでだよ?」
「サキュバスって魔物がいるんでしょ?」
「そうですね。スキルを奪われる、ってネットで書いていたので、できる限り町に行きたくはなかったんですが」
町に向かいながら、俺は不思議な気持ちになっていた。
昔ココを歩いたことがあるような? そんな感じがしていた。
町を示す看板が設置されていた。魔物の文字で書かれた看板だった。
『魔物の文字が読めるように成長しました』
脳内に神の声が聞こえた。
もしかしたら、昔、……昔っていうのは俺が小林光太郎になる前に覚えていたことを、現世で思い出しているだけなんじゃないか? そんな風に思った。
大きな建物がないので、空が広い。
風が吹くと雑草が揺れた。
歩いていると大きな門が見えて来た。
とある漫画のように町は壁に囲まれていた。
白い壁だった。
他の魔物や敵に侵略されないように壁で覆っているんだろう。
「大丈夫なの?」とお嬢が不安そうな声を漏らした。
「大丈夫だよ」と俺が言った。
門にはゲートにいたような鬼が2体立っていた。
俺達は止められることなく、門を抜けた。
大きな看板があった。
その看板には絵が書かれていた。
人間が剣で魔物を殺す絵。その絵には大きなバツが書かれている。
魔物が人間を食べる絵。その絵には大きなバツが書かれている。
この町では魔物と人間の殺し合いは禁止されているんだろう。
海辺が近い町。
潮風で建物が風化しやすいせいだろう。白い錆止めのペンキが建物に塗られていた。
だから町は全体的に白かった。
建物は鉄や木が使われているわけではない。たぶん鉄筋コンクリート的なものを使われているんだと思う。もしかしたらスキルで作られた建物なのかもしれない。
鬼もいた。赤鬼も青鬼も、人間の肌をした鬼もいる。
亜人もいた。エルフもドワーフも獣人もいる。
魔物もいる。翼を持ったハーピィーも二足歩行をする虎もetc。
色んな種類の生き物が、この町にはいた。
この町には人間も亜人も魔物も共存している。
「ただいま」と俺は言っていた。
初めて来た場所なのに、自然と「ただいま」と言っていた。
初めて来た町なのに、懐かしくて、ずっとココに戻って来たかった。
涙がボロボロと溢れた。
「光太郎、なに泣いているのよ」
とお嬢が言った。
「わかんねぇーんだ。だけど俺はココを知っている」
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