第46話 伏線
鬼ヶ島に入る前日。
俺の母親がパーティーメンバーを誘ってお鍋を振る舞いたい、と言い出した。
俺は自分の部屋で、必要なモノを四次元ポケットに呑み込んでいく。なぜか掃除までしちゃって部屋を片付けていた。
ガチャ、と扉が開く。
「光太郎」と母親が俺を呼ぶ。
40代半ば。デーパート勤務。少し白髪も混じっているけど、ちゃんと髪も手入れしている。エプロン姿の母親が扉を開けた。
「ポン酢切らしていたのよ。買って来て」と母親が言う。
うん、と俺は頷く。
そういえば母親に渡さないといけないモノがあった。
俺は机の引き出しから貯金通帳を取り出す。
「お母さん」と俺は言う。「コレ」
母親に貯金通帳を差し出す。
「暗証番号は俺の誕生日だから」
「なによコレ?」
「貯金通帳だよ」
ダンジョンで稼いだお金が入っていた。
「自分で稼いだもんだから自分で持っておきなさい。毎月生活費は貰ってるんだから」
「戻って来ないかもしれねぇーからお母さんに持っていてほしいんだよ」
母親がハッとした顔をした。お母さんが大きく息を吸う。
そして部屋を見渡した。
「光太郎が持っていてよ」
「それじゃあ俺の机の引き出しに入れとくから」
「そんなお金、お母さんは絶対に使わないから」
「俺が戻って来なかったら使ってくれよ。純子の大学費用ぐらいはあるんだから」
「絶対にお母さんは、そんなお金使わないから」
と母親が言った。
なんで、そんなにお金を使いたがらないんだろう? もし俺が死んだら使ってほしいのに。
「ポン酢だけでいいの? 買いに行って来る」と俺が言う。
「光太郎」と母親が言って、俺を抱きしめた。
「なんだよ」と俺が言う。
「なんでアンタもダンジョンに入らないといけないの」
俺の首が濡れた。
「お母さん泣いてる?」
「……泣いてないわよ」
お母さんは俺を離そうとしなかった。
そうか、と俺は思った。息子がダンジョンで死ぬかもしれないのだ。
「お母さん、冒険者になってごめんね」
「光太郎が悪い訳じゃない」
「絶対に生きて帰って来るから」
と俺は言った。
ポン酢を買って家に戻って来る時に、怪しい人物と出会ってしまった。
車が行き交っている。
歩き慣れた道を踏みしめていた。
その人物は突然、目の前に現れた。お化けみたいに。
二十代前半の女性だと思う。
ボブヘアーは金色に染まっていて、服はジーパンにネルシャツだった。寒いのにジャンバー的なモノは着ていない。服はボロボロだった。破れていたり、血が付いていたりする。顔も傷だらけで血が出ていた。
手でお腹を押さえている。その手から血が滴っていた。たぶんお腹に傷があるんだろう。
急に現れたから俺は腰を抜かす。しかも傷だらけの姿なのだ。
完全に完璧にお化けだと思った。
「光太郎」
とボロボロの女性が俺の名前を呼んだ。
えっ? お化けの知り合いなんていねぇーよ。
「鬼ヶ島から帰って来たら、〇〇小学校に来て」
〇〇小学校というのは、俺が通っていた小学校だった。
「〇〇小学校に光太郎のお母さんも妹さんも避難している」
「えっ、避難? 家にいたけど」
「未来の話よ」
「未来?」
なんか、よくわからない話をお化けがしている。
「光太郎達が鬼ヶ島から出てきたら、日本は消滅しかけている。〇〇小学校で私のパーティーメンバーが魔物に殺されたのよ。私達を助けて」
何を言ってんの? コイツ。
そしてお化けは消えた。
目の前には誰もいなかった。
「もしかして、これが伏線ってやつか?」と俺は呟いた。
家に来たミチコにお化けと出会った出来事を言っても信じてもらえなかった。
「わかりました。鬼ヶ島から出て来て日本が消滅しかけていたら、みんなで〇〇小学校に行きましょう」
とミチコが言った。
たぶん適当に言っている。
お鍋の方が気になるらしく、「お肉は後で入れてください。先に野菜から入れないと柔らかくなりません」と鍋奉行みたいなことを言っている。
田中は入れたばかりの白菜を食べようとしていた。
「まだですよ」とミチコが言う。「それにお箸を突っ込んじゃダメです。菜箸を使ってください」
「ミチコちゃん厳しいね」と純子が言っている。
「サイダーいる人?」とお母さんが尋ねる。
俺は手を挙げた。
「本当にいたんだよ。絶対に伏線だから」と俺は言う。
誰もお化けと出会ったことを信じてくれなかった。
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