第43話 オークバースト

「お前達にもう教えることはない」と師匠の言葉をいただいて鬼ヶ島に行くまでの数日間が休みになった。

 ミチコは鬼ヶ島のことを調べたいらしく本田邸の自室に引きこもり、田中は家で鬼ヶ島まで過ごすらしい。

 残った俺達には行くべきところがあった。

「最後になるかもしれないから俺は学校に行くけど」

「私も行くわ」

 Bランクダンジョンに入れば、いつ帰って来れるかわからないし、もう2度と帰って来れないかもしれないのだ。

 最後ぐらい友達に会っておこう、と思った。



 教室の扉を開ける。

 賑わっていた教室が俺の登場で静まり返る。

 何なんだろう? この感じ。

 俺は笑顔で「おはよう」と言いながら自分の席に座る。

 辺りを見渡す。俺にクラスメイト達が冷たい視線を向けている。

「おい」と声をかけられた。

 振り返ると堀川一之助がいた。短髪。ソフトマッチョ。俺の友達でサッカー部の男である。

「お前、よくノコノコ来れたな」

 ゴブリンバーストの時に俺が体育館から出て行ったことに怒っているんだろう。

「来ちゃいましたよ。ノコノコ」と俺が言う。

「ふざけるな。あの時、お前逃げたよな」

「逃げてねぇーでやすよ。ゴブリン達の発生源に向かったんでゲス」

「ふざけるなよ。市民を守るのがテメーの仕事だろう」

 いつから俺が市民を守る仕事についたんだろうか?

「ごめんごめん。俺も幼馴染の女の子を守るために行かなくちゃいけなかったんだ」

「お前、助けを呼びに行く、って言ったよな」

 たしかに、そんなことを言ったような気がする。

 最強最強に伝えたら、そこなら大丈夫と言われたんだっけ? 

「みんなに言うことねぇーのかよ」

「無事で良かった。本当に無事でよかった」

 俺はクラスメイトを見渡して言った。

 最後にクラスメイト達の無事を確認しに来たかったのだ。

 ドドドド、すごい勢いで新庄かなが教室に入って来た。

 あれ? お嬢のクラスってココじゃないよな? 

 彼女が俺達の前に立った。

「何も知らないくせに光太郎を責めてんじゃないわよ」

 めっちゃお嬢がキレている。

 もしかして教室に行ったら俺みたいにみんなから責められた?

 そして俺を心配して見に来てくれた?

「私達にはアナタ達を助ける義務なんてないのよ。勝手に冒険者にさせられて、誰にも奪われないように戦って、それでも負けた。何もしてない奴等が守ってもらえませんでした、っで騒いでんじゃないわよ」

 まくし立てるようにお嬢が言う。

「お嬢様、別に私は何を言われてもいいんですよ」と俺が言う。

 本当に何を言われてもいい。

「みんなが無事だったから、それでいいんだよ」

 お嬢は堀川一之助を睨んで、「ちぇ」と舌打ちする。

 堀川は後ずさりした。

「今日、全校朝礼じゃねぇー? 行こうぜ」

 俺は席から立ち上がり、お嬢を引っ張って教室から出た。



 外を見るとホコリを集めたような黒い雲が空を覆っていた。

 嫌な天気である。

「なによ。アイツ等。みんな自分達が守られて当然みたいなことを言いやがって。ムカつく。ムカつく。殴り殺したい」とお嬢は文句を言っている。

 そうだね、と言いながら俺はお嬢の隣を歩いた。

 そして一番出くわしてはいけない奴と廊下で出会ってしまった。

「おはようございます」とムカつく顔をして、おばちゃん教頭先生が俺達に挨拶して来たのだ。

 俺達は無視して体育館に向かった。

「待ちなさい」

 と呼び止められる。

 立ち止まると教頭が嫌味な顔で近づいて来た。

「アナタ達には自覚が無いのよ」から始まった。

 一体なにが始まったんだろう? と俺は思う。

「強さというのは人を守るためにあるものなのよ」

 堀川に言われてもムカつかなかったけど、さすがにコイツに言われたら腹が立つ。

 何なんだよ。

「あの時、アナタ達はみんなを置いて逃げたのよ。どれだけアナタ達が色んな人を危険にさらしたのかわかっているの?」

「……」「……」

「だから冒険者になる人間はダメなのよ。強いくせに誰も守ろうとしない。強いくせにデモを起こしてダンジョンにすら入ろうとしない。我々を助けて魔物を討伐する、それが強い人の責任でしょ」

「黙れ」とお嬢が低い声で言った。

「どいつもこいつも」

「行こう」と俺はお嬢の腕を引っ張った。

 このままココにいたらダメだ。

「なにが黙れですって。アナタの言葉がどれほど凶器になっているのか知らないの? 自覚しなさい」とおばちゃん教頭先生が言う。

 もうダメだ、と俺は思った。

 日本で冒険者のデモが起きる理由。冒険者を英雄視できなかったから、とミチコは言った。たぶんミチコの考えは間違っていない。強い者を叩き、責任をなすりつける。そんなことをしていたら誰も強くなりたくない。

 学校でもこんな感じなのだ。世間の一般の人も同じように考えているんだろう。



 教頭先生から解放されて体育館に向かう。

 ムカつく、ムカつく、ムカつく、とお嬢が言いながら歩いていた。

 そして全生徒が集まり、校長先生のありがた〜い演説の時に、それは起こった。

 地震のように床が揺れ、外からドスン、ドスン、と大きな音がした。

 そして体育館の壁がダンプカーに突撃されたように壊された。

 一瞬で体育館の生徒達がパニックになる。

 逃げ惑う生徒達。

 壊れた壁の前にはオーク達が立っている。

 有名な魔物であるオーク。

 エルフが悪魔に変えられたのがオークと言われている。悪食で何でも食べるし、すごい勢いで繁殖する。海外ではオークのことをゴブリンと呼ぶところもあるらしい。姿形は違うけどゴブリンと似たような魔物である。


『女だぁー』とオーク達の声が聞こえた。

 彼等はヨダレを垂らして逃げ惑う生徒達を見ていた。

『男は喰らえ。女は犯せ』


 なんでこんなところにオークがいるんだよ。

 外を見ると運動場にダンジョンのゲートができていた。

 しかもバーストした状態で。

 バーストした状態でダンジョンゲートが出現したというのはニュースで聞いていた。

 だけど学校の運動場にバーストしたダンジョンゲートがいきなり現れるなんて……。

 もしかしたら前世で魔王候補だった俺を狙うため? そんな事を考えてしまった。 

 黒いダンジョンゲートが空に浮いている。そこからオーク達がパラシュートも無しで次々と落下してくる。

 地震のような揺れはオークが地上に降りた時の音だった。

 彼等は上空から落ちても平然と立っていた。

 体育館の壁を壊したオークが、体育館の中に入って来た。

 俺は生徒達を掻き分け、オークの目の前に行く。

 人差し指に銃弾を込める。

 銃弾に土のスキルを溜めていく。

「茶玉」

 とんがりコーンを大きくしたような土の塊が指先から発射された。

「光太郎」とお嬢の声が聞こえた。

 俺は手の平からお嬢の刀を取り出した。

 そして隣に来たお嬢に刀を差し出す。

「次は奪われねぇーぞ」と俺は言った。

「当たり前よ」

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