第38話 性のセーフティーゾーンは朝チュンで

 朝。

 四人ともジャージに着替えて、食事が用意されている部屋に行った。

 小さなテーブルに白ご飯と卵と納豆とお味噌汁とお漬物が置かれていた。

「顔色、悪そうですが……」

 隣に座るミチコが言う。

「昨日、変な夢を見てしまって」と俺が言った。

「そうですか」

 ミチコは元気そうである。

 昨日あんなにも泣いていたとは思えない晴れやかな表情をしている。

 ミチコに聞いておかないといけない事があった。大切なことである。

「性描写のセーフティーゾーンってどこまでだと思う?」

 昨日、師匠との修行でエッチなことがあった。だけど基本的には描写はしていない。もしセーフティーゾーンが広ければ描写をしたい。

 ミチコなら知っていると思った。

「そうですね。小林さんのスキルの性質上、エッチなことをする機会が多いと思われます。どこがセーフティーゾーンかは私もわかりませんが、基本的にエグい描写は控えていた方がいいと思います。朝チュンと言われる行為が望ましいんじゃないですか?」

「朝チュン?」

「女性とベッドに入る。気づけば朝だった。だから性的描写はされません。何が行われたかは読者の想像におかませです」

「なるほど」

「その時に一番重要になるのは表情です」

「表情?」

「そうです。もしかしたら何かが行われたんじゃないか? いや、行われていないんじゃないか? 少し照れたような困ったような、驚いたような、そんな絶妙なニュアンスがある表情するべきでしょう」

「性描写するより難しそう」と俺は言う。

「昨日」と田中が言い始める。

 彼の席は俺の向かいだった。

 ちなみに、その横がお嬢である。

「お嬢の部屋に僕は行ったんだ」

「アンタが間違って入って来ただけでしょ」とお嬢が白ご飯を食べながら言う。

 すでに、ちょっとキレている。

「二人で喋っていたことは覚えているんだ」

「喋っていたわけじゃないわよ。出て行こうとしないから顔面を殴ったら気絶したじゃない」

「気づいたら朝になっていて、布団の上で寝てたんだ」

「気絶したから部屋に連れて行ってあげただけでしょう」

 そして田中中は少し赤面して下を向いた。照れているような困っているような驚いているような絶妙な表情をしている。

 朝チュン顔をマスターしてやがる。

 コイツ顔芸もできるのか。

「なによ、その顔。ムカつく」

 お嬢が田中の腕を殴る。

「みんなの前だろう」と田中が言う。

 キレられているだけなのに、何かがあったような、そんな感じが伝わって来る。

「見事な朝チュンです」とミチコが言う。

「小林さんは、この顔を覚えてください」

「難しそうだな」

「何かがあれば、エッチな描写せずに、この顔をしとけばいいんです」

「師匠と何かあったの?」とお嬢がキレた口調で尋ねてきた。

「何もないよ」と俺は言う。「殴られていただけ」

「新庄さん。大丈夫ですよ」とミチコが言う。「このパーティーメンバーを見てください。このパーティーメンバーで唯一のエロ要員は新庄さんだけです。師匠と小林さんが何かあっても、これから先、誰よりも小林さんとエロいことをするのは新庄さんです」

「……イヤよ」とお嬢が言う。

「性のセーフティーゾーンを気にするより」とミチコが言った。「田中さんのことを気にするべきです」

「えっ、僕?」

「そうです。本来ヒールを使うのは可愛い女の子と相場が決まっています。なんでウザいデブなんですか? こんなデブじゃあ人気が出ません」

「なんかイライラしてる?」と俺は尋ねた。

「イライラもするでしょ。もう何万文字も魔物と戦っていません。喋って修行しているだけです。なんですかこれ? 負けがあってからの修行って、いつの時代のエンタメですか?」

「いや、結構いいと思うけど」と俺が言う。

「ちなみに今のところダンジョンに入ったのは一章だけなんですよ?」

「ミチコは一章にいなかっただろう? メタ発言は賛否が出るから禁止」と俺が言う。

「朝ごはんを食べるだけ、って明らかにギャグ回でしょう。ギャグ回は全てがセーフティーゾーンなんです。メタ発言もOKなんです」とミチコが言う。

「ミチコはツッコミ役だろう。ボケるなよ」

「ギャグ回は無礼講なんで。それに私はツッコミ役ですが、メタ的なボケはします。実は2章でもメタ的なボケは入れているんです」

「無礼講って上司が言っても、実は全然、無礼講じゃないんだからな」

「なんですと? それじゃあ無礼講だからって会社の上司に言われたらソイツの頭をかち割ってはいけないと小林さんは言うですか?」

「無法地帯でも人の頭はかち割ってはいけねぇーよ」と俺が言う。「ミチコがボケると俺がツッコまなくちゃいけねぇーだろう。やめろよ」

「普段はツッコンであげているんですから今日は無礼講です。この回は無礼講なので、これから人気が出るために私がこのパーティーをコンサルします」

 何かが始まった。

「まず田中さん。さっきも言いましたけどデブのウザキャラなんて流行りません。今日中におっとりとした爆乳ロリになれますか?」

 無茶なことを言っている。無理に決まってるだろう。

「なれると思う」と田中が言う。

 なれるのかよ、と俺は思わず言ってしまう。

「それじゃあ次は新庄さん。やっぱり女性剣士は赤髪であってほしい。そういう要望が続々と入っています」

「入ってる。どこに入ってるの?」

「そんな事はいいんです。その綺麗なストレートな黒髪を赤く染めれますか?」

 とミチコが尋ねた。

「それは無理な要望ね」

 さっきの田中の方が無理な要望だと思うけど。

「そうですか。残念です。それじゃあ、こうしましょう。赤い髪のカツラを被るというのは?」

 う〜ん、と新庄が考えている。

「ピエロが被るようなアフロの赤い髪のカツラだったら」

 とお嬢が言う。

 絶対にそっちの方が人気出ないと思うけど。

「それじゃあ、それでお願いします」

 いいのかよ、と俺は思わず口に出してツッコんでいた。

「それじゃあ小林さんの番です」

「はい」

「チートになってください。何を修行してるんですか? 軽くレベルアップして、簡単に最強になって無双してください。できれば今日中に師匠を倒して俺TUEEEをやってください」

「無理に決まってるだろう」

「了承してくれてありがとうございます」

「こんなに近いのに俺の声は聞こえなかったのか?」

「よかった。これで人気が出ます」とミチコが言う。

「それと新庄さんとやりたいことがあるんです」

「なによ?」

「一緒に裸で温泉に入りましょう」

「なんで?」

「無名の時から売れる準備をしとかなくちゃいけないんです」とミチコが言う。

「もしも、本当にもしもの話しですけど……書籍化された時に私たちの裸のカラーページを入れたいので温泉に入っているシーンを入れましょう。仕方がありません。師匠も誘いましょう。あの人は怖いけどイイ体をしています」

「嫌よ。裸なんて見られたくない。それに師匠と一緒に温泉になんて入りたくない」

「あっ、ダメだ。この作品は三人称じゃないので私達だけで温泉に入っても描写されません。小林さんも入ってください」

「そんなバカな。こんなラッキースケベがあるものか」

「将来のためなんです。将来、アナタが苦労しないために今言っているんです」

 コイツはどこまで見越してるんだ。

「光太郎と一緒にお風呂なんて入りたくない」とお嬢が言う。

 そりゃあ、そうだろう。

「デブとバカとキレる女子高生と将来爆乳委員長では、ビジュアル的にエロが不足しています。だから私達が脱がないといけないんです」

「将来爆乳委員長ってお前のことか?」

「私以外に誰かいますか?」

「よく自分で将来爆乳って言えるな」

「あと物語の進みが遅いです。本来ならすぐに出ないといけない設定が会話に押し出される形で現在に至っております。すぐに魔具だとか、レベルの上限は個人差があることとか、詳細な設定が出なきゃいけないはずなのに、キャラクターが勝手に喋ることによって、設定がどんどんと後ろの方に回ってきています。これからは私語厳禁でお願いします」

「私語厳禁だったら、この物語は何もねぇーじゃねぇーか。ほぼ会話だぞ」

「さっき小林さんが言っていた夢っていうのも、もしかして重要な設定なんじゃないんですか? 美味しい設定なら、ここまで引き延ばしちゃダメなんですよ。引き延ばしてしまったのは会話のせいです。私語厳禁でお願いします」

 部屋の扉が開いた。

 扉が開いた、っていっても襖なので横にスーッと開いた。

 着物を着た綺麗なお姉さんが正座している。使用人の方である。

「本田様からの伝言です」とお姉さんが言った。

「喋っていないで早く道場に来い。殺すぞ」

 お姉さんがニッコリと笑って言った。

 俺達は立ち上がって部屋を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る