第37話 俺の前世は魔王候補

 家に帰してもらえなかった。

 旅館で食べるような食事が用意されていた。和室。食事が乗せられているのは小さなテーブルみたいなやつ。それが三つぐらい。おかずも一種類じゃなくて十種類以上はある。こんな豪華な食事を俺は食べたことがない。

 凄い勢いで田中中がごはんを食べている。「僕、こう見えても少食なんだよね」と誰よりも大量の食事を摂取しながら言っている。

 ココに連れて来られる前、道場の横にダンジョンがあったのを見た。小ぶりのダンジョンで、一般家庭の扉ぐらいの大きさしかなかった。



 ご飯を食べると部屋に通された。

 一人一つ部屋が用意されていた。

 扉を開けると旅館みたいな部屋だった。

 綺麗な畳。テーブルと座椅子。テレビもある。窓の前には座りやすそうな椅子とテーブルが一つずつ置かれている。

 使用人の方の説明で着替えが置かれているという扉を開ける。

 俺の着て来た制服と紺のダウンがハンガーにかけられている。

 浴衣が綺麗に畳まれて置かれている。新しいパンツまで用意されていた。

 ついでに明日の新しいジャージも置かれていた。

 せっかく旅館に来たんだし、……ここ旅館じゃねぇーや、だけど温泉もあるらしいので入りに行った。

 大きな温泉で俺だけだった。

 着ていたジャージは、そのまま脱衣所に脱ぎ捨てていいらしい。後で使用人が回収するらしいのだ。

 修行以外は大満足だった。部屋に戻ると布団もひかれていた。

 疲れていたので、布団に入って電気を消す。

 今日あったことを思い出す。

 エッチなことがあった日に何をするのか、男の子ならわかるだろう。

 みなまで言わん。

 ちょっと今日のことを思い出してモゾモゾする。

 賢者モード。

 何を拭いたのかは言えないティッシュをトイレに流して、手を綺麗に洗った。

 お風呂上がりで綺麗な手でも、男の子には手を洗わなくちゃいけない時がある。

 布団に潜る。

 俺なにやってんだろう?

 罪悪感が襲って来る。

 ミクを助けたいと思っている。

 本当に彼女が異世界で生きているかはわからない。

 そもそも消滅した人は死んでいるのかも。

 だけど生きている、と俺は思っていた。

 彼女を助けるためには強くならないといけない。

 なのに俺は、こんなことをしている。

 ミクには見せられないことをしている。

 やってはいけない事をやっている。

 もうミクはいないのかもしれない。

 それでも2度と奪われないように強くなりたい。

 こんなことで強くなれるんだろうか?

 賢者モードの罪悪感の最中に隣から叫び声が聞こえた。

 ミチコの部屋だった。

 何かあったのか? 俺は立ち上がり部屋を出て、隣の部屋の扉をノックする。

 ミチコは出ない。

 扉を開ける。

 鍵はかけていない。

 部屋に入ると暗かった。

 ミチコが布団の上で月灯に照らされて泣いていた。少し浴衣がはだけていて、大声で泣いていた。

「大丈夫か?」

 そう言って俺は電気をつける。

 少女は顔をぐしょぐしょに濡らしていた。

 息ができないのか、ヒッ、ヒッ、と息を吸っている。

 俺はミチコの隣で背中をさすってあげた。

 また涙の波がやって来たらしく、大声で泣き始めた。

「私のせいなんです」と少女は言った。

「……お母さんが死んだのも、……お父さんが死んだのも……私の、私のせいなんです」

 俺はミチコの頭を抱きしめた。

 ずっと少女は自分を責めているのだ。

「お前のせいなんかじゃない」

 ダンジョンが無ければ、ミチコは普通の小学三年生だ。

「……私のせいなんです」

 とミチコは泣いた。

 それから泣き声を聞きつけたお嬢がやって来る。

 浴衣のお嬢。

 でも描写するほどの余裕はない。

 ミチコのことが心配だった。

 お嬢はミチコの隣に座り、「一緒に寝よっか?」と言った。

 ポクリ、とミチコが頷く。

「毎晩、こうして泣いているのよ。この子」

 ……そうなんだ。

 ミチコが枕を持つ。

 お嬢が少女の手をひいて、部屋から出て行った。

 俺も部屋から出た。



 いつも明るく接しているミチコ。

 それなのに自分を責めて毎晩泣いていた。

 まだ小学三年生なのだ。

 彼女には親が必要なのだ。

 ミチコのことを考えながら布団に入る。

 俺は少女になにができるんだろうか?

 ダンジョン。

 色んな人から色んなモノを奪っていく。

 あってはいけないモノだった。



 それから何時間も経った。

 俺は眠った。

 そして夢を見た。

 夢? というべきなんだろうか。

 昔に体験したことのような気がする。

 夢というには、あまりにも鮮明で、詳細のことを知っている。

 もしかしたら前世の記憶かもしれない。

 俺は旅をしていた。

 どんな旅なのかもはっきりと覚えている。覚えていると言い方をした方が正しいような気がする。これは夢であって夢じゃない。記憶を思い出しているような気がするのだ。

 魔族は12歳になると力に目覚める。

 スキルと固有スキルを使えるようになるのだ。

 それを知るために水晶みたいなモノに手をかざす。

 俺にはスキルが無かった。

 固有スキルは『成長する者』だった。

 それは俺の知識では知らない固有スキルだった。

 スキルが無いのは母親が人間のせいじゃないか? と言われた。

 俺の母親は異世界から連れて来られた女性だった。

 異世界というのは地球のことだと思う。

 地球のことを知るために魔王が召喚したのだ。そして魔王は、その女性との子どもを作った。それが俺である。

 次の魔王候補。

 だけどスキルが無い。

 魔王候補は何人もいた。

 魔王の子どもは多かった。

 その中で俺だけがスキル無し。

 スキルが無いことがわかってから、すぐに護衛をつけられた。

 なぜ旅に出ないといけなかったのか? それは母親が魔王に殺されたからである。

 魔王は世界を支配していた。

 食べ物を奪い、土地を奪い、人を奪って奴隷にした。

 そうすれば食べ物が無くなり、土地は枯れて、人がいなくなっていく。

 母親はお金を集めて分配するまでが王の仕事である、と言ったのだ。

 言った、って誰に? 魔王に言える訳がない。俺に言ったのだ。

 お金を集めて分配するまでが王の仕事である。だから魔王になったら統治はしても支配はしてはいけない。統治というのは国をまとめおさめること。共存はしても奪ってはいけない。支え合わなくてはいけない。

 そういう風に母親から教育された。

 奪うのが魔王の仕事だと思っている異世界では異端の考えだったんだと思う。

 そして魔王の奪う仕事は次の段階に入る。

 異世界の領土を奪う計画が持ち上がったのだ。

 母親は移転装置を壊そうとした。

 それが見つかって母親は殺され、俺は追放されて旅に出た。



 旅の行き先は決まっていた。

 魔王の妻達には領土が与えらえる。

 そこで母親は魔王候補になる子どもに支配のやり方を教えるのだ。

 俺の母親には少しの領土しか与えられなかった。しかも辺鄙な小さな島国。そこで母親がやったことは支配ではなく、共存だった。

 その島を俺は目指して旅をしていた。

 魔物が草の茂みから現れる。

 クマに角を生やした魔物。

 護衛が魔物を切る。

 俺にはスキルが無く、弱い魔物すらも倒すことはできなかった。

 護衛は、神田英二だった。

 この時の彼の名前は神田英二ではない。

 カタカナの別の名前があったように思う。

 12歳の頃から護衛を付けられていた。だから俺は魔物とも冒険者とも戦ったことがなかった。

 今、思えば俺が無能であり続けるための護衛だったのだ。

 神田英二は俺の護衛ではなく、俺を無能のままでいさせるための見張りだったのだ。

 母親は殺される最後の日まで、世界のことを憂いていた。


『もし私が殺されたら、貴方が世界を守らなければいけません。貴方だけが頼りなのです。世界を救ってください』

 母親は言っていた。


 異端の母親の教えが、異世界に入って来ないように、奴等は俺を無能でいさせようとしたのだ。

 そして俺は死んだんだろう。だって現代の日本に転生して来てるんだから。

 母親の約束も果たせず、無能のまま何もできずに死んだんだ。

 ゴブリンバーストの時に正体を見せたアイツは俺をバカにしたように言ったのだ。

『ま・ぬ・け』

 怒りが込みあげて来て、俺は目覚めた。

 苦しくなるような怒りで息を吸った。

 俺は強くならなくちゃいけない。どんな事があっても。

 アイツ等に何一つ奪わせてはいけない。

 顔が涙で濡れていた。 

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