第33話 レベルアップとは何か?

 俺達は青いジャージに白いシューズに着替えていた。そして腕にはGショックみたいな形の魔力ブレスレットをつけている。

「これ500万以上するんですよ」とミチコは言っていた。

 俺達には手も出せない高級品である。

 魔力ブレスレットは時間を示すモノではなく、魔力量を測るモノである。

 俺の魔力ブレスレットには30と書かれている。

 目の前にはモデルでもおかしくないぐらいの綺麗なお姉さんが立っていた。

 絹のように繊細な茶色い長い髪は緩く波打っている。褐色肌は健康そうに見える。見た目の年齢は20代前半ぐらい。

 俺達はお姉さんの前で背筋をピンとして正座していた。

 師匠と目が合うだけで心臓が取れそうになる。

 それは綺麗だから、という訳じゃない。

 レベル差がありすぎるからだ。

 目の前にヒョウが現れたら人間は緊張する。もしかしたら襲われるのではないか? 身構えて後ずさりしたくなる。

 ヒョウぐらいでは俺はビビらない。倒せる自信があるからだ。

 100パーセント倒せない最強の獣を前にしているようである。

 少し間違えた行動を取ったら殺される。

 そんな緊張感があった。

 俺達は自己紹介を終わらせていた。さすがに田中中も緊張していて、つまらないボケもかまさなかった。汗ビッショリかきながら名前と年齢とスキルを言うのがやっとのようだった。今の能力まで詳細に語らされていた。他も似たようなものである。

 俺だけは後でジックリとスキルについて聞くと言われた。

「レベルアップとはなにかわかるか?」

 師匠が尋ねた。

 ミチコが綺麗に手を上げた。

「それじゃあミチコ」と師匠が言う。「立たなくていい。座って答えていいよ」

「ステータスの向上です」

「そうだね」と師匠はつまらなそうに言った。

「ちなみに最大レベルには個人差があり、50レベルで最大値に達する人もいれば1000レベルで最大値に達する人もいる。個人で持っている器が違うから最大値も人それぞれ違う」

 へー、知らなかった。ゲームみたいに99でカンストするとかじゃないんだ。

 俺の器はどれぐらいのレベルなんだろうか? 器の大きさが才能みたいなものなんだろう。

「他には?」と師匠が尋ねる。

 他?

 四人に緊張が走る。

 レベルアップには他が存在する。

 答えなくちゃ、という間が生まれる。

 なぜか答えなくちゃ殺されるような気がした。さっきの暴力を俺達は忘れていない。

「それじゃあ新庄。答えろ」

「はい」とお嬢が震えた声で返事をした。

 凄い脳みそがフル回転しているのがわかった。

「……熟練度を上げることですか?」

「正解」

 フーー、と新庄かなが息を吐いた。

「それじゃあ熟練度を上げれば、どういう事ができる?」

「……私はモノに炎を宿すのが得意です。熟練度を上げれば体にまとわすことも、発射させることもできます」

「体に炎をまとわして、どうなる?」

「……えっーと攻撃力の向上と防御力の向上になります」

「そうだね」と師匠が言うとお嬢がホッとした。

「新庄みたいな自然エネルギー系で剣士は特に体にまとわせるのが必須になる」

「はい」

 とお嬢が言った。

「他に?」

「……純粋に強くなります」

 考えて考えてボソリと新庄かなが呟いた。

「熟練度をあげれば錆びた刃物を手入れするように魔力が研ぎ澄まされていく。純粋に強くなる」

 師匠が言う。

「熟練度というのはステータスには見えない技術だと思ってくれたらいいんだよ。私は熟練度を上げることも大切だと思っている。熟練度が無いと魔力漏れして無駄に魔力を消費してしまったり、本来はあるべき効果が期待できなかったりする」

 田中を見ながら師匠が言う。師匠が田中の腕を掴んで魔力ブレスレットを見た。

 腕を掴まれただけなのに田中が顔を真っ青にして汗をダラダラと流している。

「魔力5もあれば怪我の一つぐらい治せるはずなんだよ」

 と師匠が言った。

「それがかすり傷しか治せないってことは魔力が注ぎきれていないか、魔力漏れしている可能性がある。もしかして治らないからヒールを連打しているってことはない?」

「……はい。連打しております」

「立って。ココに来て」

 田中が立ち上がり、壊れかけたロボットのように師匠の前に立つ。

「連打するのは魔力が注ぎきれてない証拠だよ」

「はい」

「今の状態じゃあ君は誰も救えない」

「……はい」

「これから色んな場所でダンジョンがバーストが起こって一般市民も被害に合うかもしれない。その時はヒールの力が必要なんだ」

「はい」

 なぜか田中が泣きそうである。

 まだ何もされてないよ。

「ポーションでは一般市民の傷を治せない。なぜかわかる?」

「はい。ポーションは体内の魔力を使って自然治癒を促すものだからです。だから魔力を持たない一般の人には効果がありません」

「それじゃあヒールは?」

「スキルを使った人の魔力を注ぐので、ヒールは一般の人にも効果があります」

「よくわかってるじゃん」

 師匠はそう言って、机を出した。

 どこかから机を持って来たわけじゃなく、土で作られた机を手品のように出したのだ。

 スキルで作った、というべきなんだろう。

「手を置いて」

 田中が言われたように机に手を置く。

「なんで泣きそうな顔をしているの? キモいんだけど」

「だって、だって」

 田中は腕を師匠に掴まれていた。

 師匠の手には土で作られたナイフが握られている。

「絶対になにかするじゃないですか」

「これが君の熟練度を上げる修行なんだよ」

 師匠はためらいもせずに田中の手の甲にナイフを刺した。

 グサ。

 ナイフを抜くと血がブッシュー、と溢れ出す。

「ギャーーーーー」

 と田中の絶叫。

「魔力5を注ぎ込むイメージでヒールを使う」

 オエンオエンと田中が泣きながら「ヒール」と叫んで、気絶した。

 手の甲から出ていた血は止まっている。

「やればできるじゃないか」と師匠は呟いた。

 そしてコチラに師匠が向きなおる。

「今は魔力0になって気絶しているだけだ。田中はこれを100セット行う」

 と師匠が俺達に宣言する。

 もう俺達は萎縮しすぎて、どれだけ体を小さく見せるのかに意識を向けていた。

「お前達も魔力0になるまでスキルを使ってもらう」

「……」

「それじゃあミチコ。こっちに来い」

 ヒィー、とミチコが言って立ち上がる。

 本当は「はい」と言いたかったんだろうけど、緊張でショッ◯ーみたいな声を出している。もしかしたら暴力で支配されたモノは、あの声を出すのかもしれない。

「軽くなるのは得意だけど、重たくなるのは苦手だったよね」と師匠が言う。

「体重計を持って来てもらったから、ココに乗って」

 ミチコが師匠に言われて体重計に乗った。

「重たくしてみて」

「……これが限界です」

「5㎏しか重たくなってねぇーじゃん」

「すみません」

「謝らなくていいよ。これから熟練度を上げていくんだから」

「はい」

「スキルって性格が反映されてるって知ってる?」

「……聞いたことはあります」

「まぁ、半分本当で半分嘘なんだけど」と師匠は言う。

「それじゃあ軽くなることは得意で重たくなることが苦手のミチコは、どういう性格をしていると思う?」

「……わかりません」と泣きそうな声になりながらミチコが言う。

「大丈夫。泣かないで」

 と師匠が言う。

 でも、そのセリフも怖い。

「誰かの重荷になることが嫌いなんじゃないかな? 責任感が強いんじゃないかな?」

「そうかもしれません」と震えた声でミチコが言う。

「それじゃあ、こうしよう。ミチコが体重を重たくできなかったら……」

 師匠が消える。

 ドスン、と俺のお腹に衝撃。

 気づいた時には壁にぶつかっていた。

 すっげー痛い。

 息ができない。肋骨が肺に刺さったんだと思う。

 だけど自動回復が始まる。

「リーダーを蹴ることにする」

「ごめんなさい、小林さん」

 泣きながらミチコが言う。

「いいんだよ。君が弱いのも全てリーダーの責任なんだから」

「ごめんなさい」

「早く体重を重たくして。またリーダーを蹴るよ」

 蹴られるのイヤだ。早く体重を重たくしてくれ。

 ミチコが倒れる。

「やればできるじゃん。ミチコもこれを100セット」

 その修行、俺がもたん。

「それじゃ次は新庄」

 ヒィー、と言って、お嬢が立ち上がる。

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