第32話 最強サディスティック冒険者が師匠になり、地獄が始まる

 住所の場所に辿り着いているはずなのに塀しかなかった。

「私達の師匠は本田さんっていう方なんですよね? とりあえず、この塀に沿って歩きましょうか?」とミチコが言う。

 もしかしたら塀の向こう側は刑務所なのかな? と思った。

 広い土地に高い塀。刑務所を見たことはないけど、この中が刑務所だと言われても納得するだろう。

 もうすでに約束の時間は過ぎていた。

 だから俺達は焦っていた。だけど本田邸に辿り着けない。

 歩いていると大きくて長い塀に門が現れる。

 日本家屋に使われてそうな大きな門だった。

「殿様でも住んでるのか?」と俺は言った。

「ココですね」とミチコが指差す。

 本田、と書道家が書いたような文字の表札があった。

「すげぇーな」

「たしかAランク冒険者ってメールには書いてましたよね。Aランクになったら、こんな家に住めるんですね」とミチコ。

「押すわよ」とお嬢が言って、すでにインターフォンを押している。

 なんか緊張する。俺達の師匠ってどんな人なんだろう?

 インターフォンに出た使用人の方が、門の横にあった小さな扉を開けて俺達を敷地の中に入れた。

 ここから師匠に出会うまで文字数を縮めたいので略していきます。使用人の方は着物が似合う綺麗なお姉さんだった。

 田中中がウゼェーボケを使用人の方にして俺達が恥ずかしくなる。

 俺は無視スキルを発動させているのに、丁寧にミチコはツッコんでしまう。

 お嬢はイライラするし、着物が似合う綺麗なお姉さんも「約束の時間に間に合っていませんので急いでください」と言っているのに、田中が武勇伝(嘘)を語り始めて、なかなか師匠が待っている道場に辿り着けなかった。

 田中は納豆を食べる時に付いているビニールを全身に付けられたようなウザさを発揮して時間を無駄にした。

 コイツを仲間にしたことは不正解だったと思ったところで体育館ぐらい大きい道場に到着する。

 お姉さんは足早に去って行き、俺達は靴を脱いで道場の門の前に立った。

 そして色んなことを後悔した。

 道場の扉から禍々しい殺気が溢れ出ていたのだ。

 漫画風に描写すると扉の隙間から黒い空気が溢れ出ているみたいな感じである。実際に俺にはそう見えていた。

 なぜ俺達は師匠制度を使ったのか? なぜ俺達は時間に遅れて来たのか? 田中中を殺してでも俺達は1秒でも早くココに来るべきだった。

「田中、お前が扉を開けろ」と俺は言った。

「絶対に嫌だ」

「遅れたのはお前の責任だ」

「僕は誰よりも早く待ち合わせの場所に来てたもん」

「お前が無駄なボケをしなかったら遅れずに来れたんだよ」

「たしかに三千文字は早く来れたわ」とお嬢が言う。

「文字数で時間を示さないでください」

 ミチコが俺の後ろに隠れながら、小さいボケに小さい呟きでツッコむ。

「絶対に嫌だ」

「早く扉を開けないとクビにするわよ」

 しぶしぶ田中中が扉を開ける。

 道場の端にその人物はいた。

 あまりにも怒りすぎて顔が般若みたいになっている。

 いや、般若のお面を被っているのだ。

 白いコートを羽織っている。

 胸元には、10本以上並べられた牙のネックレス。

 その人はゴブリンバーストの時の命の恩人だった。

 メールで貰った情報には本田愛と名前が書かれていた。

 俺達の師匠になる人は女性だと思っていたけど最強最強とは思わなかった。

 さすがに最強最強、って本名じゃないだろう。

 冒険者ネームの情報もくれよ。せっかく恩人に会えたんだから菓子折りの一つぐらい持って来てたのに。

 いや、恩人じゃなくても師匠になってくれる人には菓子折りを持って来るべきだった。

 なんて俺は失礼なことをしてしまったんだ。

 だけど菓子折りを持って来ていたとしても、この状況は変わりないだろう。

 早く逃げなくちゃ。

 道場の端にいた最強最強がマバタキ一回分の時間で扉の目の前までやって来た。

 逃げる間もなかった。

 田中が投げられていた。

 実際に投げつけられているシーンは目視できなかった。

 気づいたら田中中は宙を飛んで道場の端の壁にぶつかっていた。

 俺達の膝がお互いの膝がぶつかり合うぐらいに震えている。

「リーダーは誰だ?」

 最強最強が言う。

 女性の声。

 だけど、そこに優しさは一ミリもない。

 直立不動で膝を震わした2人が俺を見る。

 えっ? 俺リーダーだっけ? そう言えばパーティー組む時、そんなことを言ってたっけ?

 何をされているのかはわからなかった。

 気づいたら天宙が逆転していた。

 そしてロケットがぶつかったような衝撃を背中に感じる。

 バキバキと背骨が折れる。

 だけど折れた瞬間から自動回復が始まる。

 完治していないのに次の衝撃。

 痛みを感じた。

 どこに痛みを感じているのかはわからなかった。全身に一気に痛みを感じたんだと思う。

 色んな骨が折れた。

 気づいた時には道場の床に寝転んでいた。

 誰かが俺の上に乗った。

「意識はあるみたいね」

 女性の声。

 目を開けると般若が目の前にいた。

 ヒェエーーーーー。

「ごめんなさい。ごめんなさい。もう妹のプリンは勝手に食べません。ごめんなさい。お嬢がお風呂に入っている時に脱ぎたてのパンツを嗅いだりしません。ごめんなさい」

 自然に俺は謝っていた。

「遅刻」

 と般若は言った。

「リーダーの責任だからな。ちゃんとチームをまとめろ」

「……」

「返事」

「はい。わかりました。チームをまとめます」

「骨を折ったつもりだけど、折れてねぇーじゃん。なんなのお前」

 我々の師匠になるお方が般若のお面を取った。

 褐色肌にモデルでもおかしくないような可愛らしい顔。

 八重歯だってある。

 茶色に染められた髪だって綺麗に手入れされて絹のようだった。お面を取ったときにフワッと桃の香りがした。

 もう攻撃されない、と思ったのに顔面にパンチが飛んできた。

 ボギッと鼻が折れる。

 すぐに完治する。

「キモっ」と嬉しそうに最強最強が笑った。

「ゴブリンバーストの時に手から炎を発射させてたのお前だろう。回復系じゃねぇーだろう?なんで自動回復するんだよ? キモすぎ」

 ハイゴブリンを倒した時の姿を見られていたらしい。

「……」

「お前のスキルは、また後でジックリ聞くわ」

 最強最強はポケットからアイフォンを取り出して、誰かに電話した。

「ハイポーション持って来て。1人重症だから」

 投げ飛ばされた田中を見る。

 白目を剥き出して死んでいるように倒れていた。

「殺してないって。ちゃんと手加減したもん」

 あれで手加減していたんですか?

「あと女の子がオシッコ漏らしちゃってるから掃除して」

 扉のところにいるはずの二人を見る。

 膝からお汁が垂れているのは新庄かなだった。

「そうだね。全員分のジャージとシューズも持って来て」

 最強最強が電話の向こうの相手に指示を出す。

「コイツ等、かなり弱いから魔力ブレスレットも持って来て」

 帰りたい、と俺は思った。

 これから始まるのは地獄の訓練である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る