第31話 デブが来たら死ぬ
一応、田中中にもラインは送っていた。師匠の住所。行く日時。最寄駅で待ち合わせすること。でも来なくてもいいという旨も伝えた。
もしかしたら冒険者のデモの結果、罰金制度の見直しになるかもしれないのだ。
そしたらダンジョンに入らなくてもよくなるかもしれないのだ。
だから強制はできない。
三人で田中中と待ち合わせしている最寄駅まで向かった。
「アイツ、来てなかったらいいわね」
とお嬢が言った。
新庄かなは制服を着ていた。ゴブリンバーストから数日しか経っていない。彼女は家を失った。まだ服を買いに行ける余裕もなかった。だから制服しか持っていない。制服の上に紺のダッフルコートを着ている。
道端ミチコも同じである。紺の制服に茶色いダッフルコートを着ている。背負っているのはランドセル。
髪は三つ編みにしていた。昔から委員長がしているイメージのあるオサゲである。
こうなったら俺だけ私服ではバランスが悪いので、俺も制服のブレザーを着て、上から紺のダウンを着ていた。
師匠のところに行く。学びに行く。だから制服でもおかしくはないと思う。
「ちょっとした賭けをしましょうか?」
新庄かなが待ち合わせの駅について電車を降りたところで言い出した。
「どういった?」と俺が尋ねる。
「あのデブが来てるかどうか?」
「来てないと思う」と俺が言う。
「それじゃあ、もし来ていたら罰ゲームね」
「どんな?」
「死ぬ」
「ちょっとした賭けに、罰ゲームが釣り合っていませんよ」とミチコが言う。
「乗った」と俺が言う。「もしデブが来てたら、俺は死ぬ」
「そんな勝負に乗らないでください」
「もしデブが来ていなかったら、生きていてもいいわ」
「つまり勝負に勝っても何も無いって事ですよね?」
「楽しくなってきた」と俺はニヤリと笑った。「俺はまだ生きて、やらなくちゃいけないことがある。だからデブは絶対に来ない」
「この人、やるだけ無駄な賭けを楽しんでいる。絶対に破滅するタイプの人だ」とミチコが言う。
ホームに出ると『田中中』と書かれ、ハートが散りばめられた段ボールを掲げてデブが待っていた。
彼は何を気取っているのか、全身黒の服、黒のコートを着ていた。指先が見える黒の革手袋も付けている。黒のリュックにはアイドルの缶バッチが大量に付いている。
俺達を見つけた田中中が段ボールを頭上に掲げ、ココにいるアピールをしている。
「どうやら俺の勝ちみたいだな」と俺は言った。「アイツは来ていない」
「そこにいますよね」とミチコが言う。
「そうね。光太郎の勝ちみたい。どうやら天は光太郎の味方をしたみたいね。光太郎、生きていいわよ」
「そこにいますよ。あの方は」とミチコはデブを指差す。
「変な人を指差すな。絡まれるだろう」と俺が言う。
ほら言わんこっちゃない。
デブが笑顔で近づいて来た。
「田中中です。17歳です。結構近くから来ました。よろしくお願いします」
コイツは何をやっているんだろう?
なぜ自己紹介をしてるんだろう?
なんかのパロディーか? コイツのオリジナルか? 関係ない。無視しよう。
お嬢も俺と同じ気持ちだったらしく、田中中のことも見ることなく歩いている。
「よろしくお願いします」とミチコが丁寧に頭を下げた。
「変な人に声をかけられても喋ってはいけません」
小学生の女の子に俺は教える。
「なんか緊張する。馴染めるかどうかわからないけど、精一杯がんばります」
田中中が言う。
コイツ、なにかやってる。絶対に何かのパロをやってる。昔のバラエティーか?
「本名は田中中と言います。みんなからはあだ名でサトウ◯ケルと呼ばれています」
またサトウ◯ケルって言ってるしコイツ。
ミチコは何かを言いたいのか、口をもごもごしている。
俺はデブを無視するためにミチコの背中を押して、足早に歩く。
だけど俺達のスピードに合わせてデブも歩いて来る。
付いて来てんじゃねぇーよ。
「みんなサトウ◯ケルを略して、キ◯プリって呼んでいます」
全然、サトウ◯ケルを略してねぇーじゃん。
あぁー俺もダメだ。心の中でツッコんでいた。
ミチコも口をモゴモゴしている。言いたいことはわかるけど言っちゃダメだ。ツッコんだら仲間だと認識される。
「この旅で思いっきり恋愛をしたいと思っております」
と田中中が言い出す。
何を言ってるんだコイツは。
「好きなタイプは……」と田中中が言い出す。「アイドルでいうと坂道系です。野菜でいうとアスバラガスです。魚でいうと赤身です」
なんで魚の時だけ切り身で言うんだよ。わかりにくいボケをしてんじゃねぇーよ。俺ツッコミスキルそんなにないから、どうツッコんでいいかわかんねぇーじゃねぇーか、と心の中で言った。
ミチコが何かを言いたくて口をモゴモゴしている。
我慢ができず、最初に田中中に喋りかけたのはお嬢だった。
「黙れデブ。殺すぞ」と新庄かなが言った。
田中中がニッコリとお嬢に笑顔を向けた。
「だって本当に君達が来てくれるかわかんなかったんだもん。君達が来なかったら僕は1人でも師匠のところに行くつもりだったんだよ。だから自己紹介を考えていたんだよ」
「自己紹介がトリッキーすぎます」とミチコ。
「そんなことを師匠にしたら失礼になるわよ」とお嬢が言う。
「罰金制度の見直しになりそうなのに、どうして来たんだよ? ダンジョンに入って死にたいわけじゃねぇーだろう?」と純粋な質問を俺はした。
コイツのスキルはヒールである。しかも擦り傷しか癒せない。ココに来るということは強くなりたい、ということである。
田中中は下を向いて歩いた。
俺の質問が届かなかったのかな? っと思った。
「……助けられなかったんだ」と田中中がしばらくしてから答えた。
「目の前で傷ついて倒れていた人を僕は助けられなかったんだ。……自分のスキルなら治せたはずなのに、力不足で何もできなかった」
それ以上、彼は何も言わなかった。
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