第26話 お嬢と涙のキスして俺TUEEE。そしてゴブリンバーストの終わり

「コッチだ」

 田中中は俺達を導こうとしている。

「いえ、違います。最短距離はコッチです」

 ミチコがアイフォンを見ながら言う。

「そっちは嫌な感じがするんだ。大きな建物も多いし、大通りで歩きやすいだろう。だからソッチの道に行ったらハイゴブリンに会いそうな気がするんだ」

 と田中中が言う。

 たしかに最短距離を行くより、ハイゴブリンに出会わない方が短時間で行けるだろう。

「お前すげぇーな。だから今まで生き残っていたのか」と俺が言う。

 純粋に感心した。

 かすり傷しか治せない彼が生き残る道は魔物に出会わないことなんだろう。

「僕に道案内はまかせろ」

 そう言って田中が、建物と建物の隙間を通って行く。

「これぐらいの狭い道ならハイゴブリンは通れないはずだ」

 建物の隙間に入って行った田中が途中で一向に動かない。

「なんで動かないんだよ?」と俺は尋ねた。

「挟まった。戻ることもできない」

「……」「……」「……」

「それじゃあ、俺達はミチコの案内で行くわ」

「そうね。そうしましょう」とお嬢。

「ココを右に曲がります」とミチコが言う。

「助けてほしい」

「お前も頑張れよ」と俺は言って、走り始めた。

 田中中、脱落である。



「戦闘は避けたいわね。私は魔力も補充できないし」

 とお嬢が言った。

「そうですね」とミチコが言う。

「屋根から屋根に飛び移って移動しましょう」

「そんなことできるか」

「たぶん光太郎なら出来るわよ」

「ホンマかいな」

「レベル今いくつなのよ?」とお嬢が尋ねた。

 最後に神の声を聞いた時のことを思い出す。

「レベル8ぐらい」

「絶対に行ける」

「私は無理です」とミチコが不安そうな顔で言う。

「光太郎に背負ってもらいなさい」

「嫌です」

「置いて行くわよ」

 俺は膝を付き、ミチコを背負う体勢になった。

「私で魔力回復しないでくださいよ」

 とミチコが言って、俺の背中に乗った。

「今、魔力回復してるでしょう?」

「してねぇーよ」

「枝で結ぶぞ」

 並木道の木から枝を折った。

 スキルを使って枝を操り、俺とミチコの体に巻きつけた。

「初めて男の人と一つになります。責任取ってください」

「変な言い回しをしてんじゃねぇーよ」

 冗談です、とミチコが言った。

 ミチコは軽かった。軽すぎた。

 彼女のスキルは『重力の調整』だった。

 スキルによる性格表みたいなものがネットでは出回っている。

 このスキルならこんな性格。占いの一種である。

 スキルは性格が反映されているらしい。

 彼女は重くするのは苦手だけど、軽くすることは得意だと言っていた。

 誰の重荷にもなりたくない、という思いから彼女は体重を軽くさせたかったんじゃないか?

 深読みしすぎなんだろうけど体重0キロの彼女を背負って、そんなことを思った。

 きっと誰の重荷にもなりたくない、という性質を持っている子なんだろう。

 責任感が強いとも言えるのかもしれない。

 逆に言えば頼るのが苦手なのかもしれない。

「俺には体重を預けていいんだぞ。その代わり温もりを貰ってるんだから」

「気持ち悪いです。だから小林さんの背中は嫌なんです。それに誰かの重荷になると思うだけで私はストレスを感じますので」

「そんな事を子どもは思わなくていいんだよ。好きで俺が背負っているんだから」

「やっぱり、そういう気持ちがあって、私のことを背負っていたんですね。変態です」

「……」

「わかってますよ。小林さん。ありがとうございます」

 俺達は塀に乗り、屋根に上がって走った。

 忍者のように屋根から屋根に飛び移った。

 田中が言うように大きな建物があり、大通りに面した道には平日のテーマパークぐらいの数のハイゴブリンがいた。

 ダンジョンからハイゴブリンは何匹ぐらい出て来てたんだろう?

 何千匹とか政府の会見で言っていたような? もしかしたら何万? あの政府の情報も当てになんねぇーからわかんない。

 すごい数いるのは確かである。

 まだココは〇〇市に入っていない。

 それなのにハイゴブリン達が平日のテーマパークぐらいにウロついている。

 群れになっているハイゴブリン達を見ると人間(男性)の体を裂いて、食べていた。

 できる限り気づかれないように進みたい。

 屋根を使えない場所は、田中が言っていたようにハイゴブリンが通れないような細い道を使う。

 最短距離を行けなくてもハイゴブリンに会わない方がいいのだ。

 戦わないといけない場面では、お馴染みになった木の上に乗って、どこから狙撃されているかわからないように殺す。

 俺の今の能力では遠距離攻撃は得意だけど、近接攻撃が苦手だった。

 もしかしたらレベルが上がったことで吸収もハイゴブリンに効くかもしれない。だけど手で触れないと吸収はできなかった。リーチが短すぎる。

 これから接近されることもあるだろう。

 だからピンチの時のためにお嬢の魔力は使いたくなかった。

 それに彼女はすぐに魔力切れをする。魔力が切れたら動くこともできなくなる。

 俺達は慎重に慎重に〇〇市に向かった。



 空にはゲートが雲のようにかかっていた。

 俺達は〇〇市に入った。

 ゲートの下に入った瞬間から肌がビリビリと焼きつくような空気になった。

 砂煙がたちこもり、息をすると口の中に砂が入った。

「なにこれ?」とお嬢は目を細めた。

 ミチコは俺の肩に顔を埋め、俺は腕を使って口を塞いだ。

 体が前に進むことを拒絶している。死刑台に登るような拒絶反応。

 ココは魔物の巣窟の中なのだ。

 俺達が知っている〇〇市ではない。

 半壊している建物も多かった。

 ゴゴゴゴ、と和太鼓のような大きな轟音が鳴り響いている。

 大きな力を持った者同士が、どこかで戦っているような気がした。

 とてつもない音と共にビルが壊れて行く。

 一体、何が起こっているんだろう?

 早くミクの元に行きたかった。

 彼女を助けたい。

 俺はミクのことを考えるだけで胸が痛かった。

 彼女がどういう状況に置かれているか? と考えただけで頭が割れて脳みそが落ちて地面にコロコロと転がってしまいそうになる。

 ハイゴブリンに会わないように屋根の上を歩いていたのに、工場や会社がある通りに出てしまった。

 登れる屋根も無いし、細道もなかった。

「すみません」とミチコは謝った。

「ミチコのせいじゃない」と俺が言う。「道を間違えた訳じゃないよ。ココはこういう通りなんだよ」

 仕方がないので道路を歩いた。車が2台通れる幅があった。

 ハイゴブリンの姿はなかった。

 地響きが聞こえる。

 地面が揺れている。

 何かが近づいて来ていた。

 残っていた建物の窓がガタガタと揺れ、風もないのに木の葉が大量に落ちた。

 俺達が来た方向から人気神社の初詣と同じぐらいの数のハイゴブリン達が走って来た。

 もしかして福男になりたいのかしら? と冗談を言える隙もなかった。

 ゴオォォォォォォォ、という文字が見えるぐらいの地響き。

 大量のハイゴブリンを見たことで体が緊張で硬直した。

 ハイゴブリン達は唱えるように同じ言葉を繰り返しているのが聞こえた。

『時間だ。時間だ。時間が来たぞ』

 頭の悪い彼等は唱え続けないと忘れるように大声で言い続けている。

 時間? なんの? 

「小林さん。ハイゴブリン達はなんて叫んでいるんですか?」と背中からミチコの声が聞こえた。

「時間が来たぞって叫んでる」

「……時間ですか?」

 ハイゴブリンは俺達を襲いに来たわけではないみたい。だけどこのままじゃあ魔物の群れとブチ当たって死ぬ。

 トゥルルルル、と着信の音が聞こえた。

 やばい状況なのにお嬢はアイフォンを見ている。

 俺は人差し指をハイゴブリンの大群に向けた。

 お嬢は電話を取った。

 彼女はスピーカにして音量マックスでポケットに入れた。

「もしもし」

 とお嬢のポケットから声が聞こえた。

 その声は震えている。中年女性の声だった。

「かな。大丈夫?」

 お母さんらしい。

 そう言えば彼女は母子家庭らしい。父親はダンジョンで死んだ。それから彼女の母親は女手一人で娘を育てた。

 今朝ケンカして家を出て来たらしい。それを新庄かなは悔いていた。

 もしかしたらゲートの下に入ったことで携帯電話が繋がったのかもしれない。

「私は大丈夫よ」

 とお嬢は言いながら、両手剣を握りしめた。

 ハイゴブリン達が迫って来ている。

 俺は先頭を走るハイゴブリンをヘッドショットする。

 だけど先頭の魔物が倒れても、その後ろのハイゴブリン達は死体を踏みしめて走って来る。

 俺の攻撃を避けて、俺達のところに辿り着いたハイゴブリンがいた。

 お嬢はそのハイゴブリンの首を炎の魔剣で切った。

「よかった。本当によかった」

 とお嬢のポケットから聞こえる。彼女のお母さんの安心した声。

「お母さんは大丈夫なの?」

「かなが大丈夫ならお母さんは平気なのよ」

「なに言ってるのよ?」

「お母さんはかなのことを愛しているよ。ずっとずっと愛してるよ。幸せになってね、かな」

「お母さんは私のことばっかり。自分のことも考えてよ」

「だってお母さんはかなのこと大好きだもん」

「私なんか産まれなかったら、お母さんはもっと幸せだったのにね。ごめんなさい」

「なに言ってるの」と電話の向こうで女性が苦笑した。

 お嬢は剣を振り回している。

 俺も魔力が切れそう。

 ヤバいぞ。ハイゴブリンの群れに飲み込まれる。

「お母さんはかながいてくれて世界一幸せだったよ。どうかお願い。生きてください」

 電話が切れた。

 自分で切ったというより、お母さん側の携帯が壊れたみたいにブツンと切れた。

 お嬢は両手剣を手放した。

 走って俺のところに彼女がやって来る。

 ハイゴブリンの群れは間近まで迫っている。

 俺も魔力切れで動けない。

 もう立つこともできない。

 俺が倒れる直後に、お嬢が俺に抱きついた。

 彼女に力を注がれるように魔力が温泉のように湧いてくる。

 新庄かなが俺の唇に唇を重ねた。

 初めてのキスだった。

 だけど、そういうキスじゃない。願いのキスだった。

 柔らかい唇は湿っていて涙で酸っぱかった。

 魔力が一気に回復する。体が熱い。心が熱い。

「お願い。光太郎。全部殺して」

 彼女の願いを俺は叶えたいと思った。

 全てのハイゴブリンを抹殺したい。

 俺は赤玉をぶっ放す。

 人差し指だけじゃなく、中指、薬指、小指、親指。両手を使って赤玉をぶっ放す。

 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン。

 魔力が無限に回復していく。

 だからマシンガンのように赤玉をぶっ放し続けることができた。

 キスで俺TUEEEEEEをする。

 成長しました、成長しました、成長しました、という神の声が脳内に響く。

 ハイゴブリン達がドミノ倒しのように倒れて行く。


 背中から防犯ブザーの音がした。

 ミチコが鳴らしている。

 なぜ?

 俺はコイツ達を抹殺しなくちゃいけない。

 だからハイゴブリン達を倒し続ける。

 殺し続ける。

 大切な人を奪われたくなかった。

 次こそは助けたい。

 だけど俺はハイゴブリン達の群れを倒し切れなかった。

 体が宙に浮いた、と思った。

 そう思った時には土で作られた狼の上に乗っていた。

 なにがなんだかわからず、辺りを見渡す。

 土で作られた狼の群れがいた。その一頭に俺達は乗っているみたいだった。

 新庄かなは俺の胸の中で泣いている。

 防犯ブザーの音は鳴り止んでいた。

 隣を見ると狼に乗った最強最強がいた。

 般若のお面を被って、槍を握りしめている。

 槍から尖った大きな土が放たれ、ハイゴブリンを一掃する。

 その道を狼が走っている。

 俺達は戻っていた。

 高田ミクの学校にも、新庄かなのお母さんの勤務先にも、道端ミチコの家にも行くことはできずに、道を戻っていた。

「俺達には行くところがあるんです」と俺は言った。

「今回は我々の負けだ。無駄に命を落とす必要はない」 

 最強最強は俺を見ずに言った。

「助けたい人がいるんです」

 後ろから特撮ものの爆破シーンのような轟音が聞こえた。

 風圧を後頭部で感じた。

 振り返る。

 巨人が踏みつけたみたいに道がぐちゃぐちゃに壊れている。

 その上空に魔族が浮いていた。

 なんの種族なのかはわからない。黒い翼で空を飛び、黒い球体みたいな物を俺達に向かって投げている。

 魔族の姿は人間の形だった。俺達と同い年ぐらいの男性の姿だった。

 この世のモノとは思えない禍々しさ。

 魔族と目が合う。ニヤリ、と魔族が笑った。

 俺の瞳孔が開いたのがわかった。

 身体中の毛穴が一気に開くのがわかった。

 変な汗が溢れ出す。

 なんでお前が? と俺は呟いた。

 もしかしたら呟いた、と思っただけで口にしなかったのかもしれない。

 黒い翼で空を飛び、俺達に攻撃してくる魔族は、俺の知っている奴だった。

 神田英二である。

 ダンジョンに入って帰って来なくなった俺の親友。

 英二が空を飛び、ニヤリと笑いながら俺達に攻撃をしていたのだ。

 神田英二は何かを呟いた。

 たぶん俺に向かって言ったんだと思う。

 三文字だった。

 言葉は聞こえなかった。

 だけど何を言っているのかはわかった。

『ま・ぬ・け』



 次の瞬間には消えた。

 土地ごと消えた。

 〇〇市は一瞬にして消滅したのだ。

 残ったのは琵琶湖の水を抜いたような大きな穴ぼこだけだった。

「ミク」と俺は叫んだ。

 消滅した土地に向かって俺は手を伸ばしていた。

 そのせいで狼から落ちそうになって、新庄かながギュッと俺を抱きしめた。

「お父さん、お父さん」

 泣きじゃくっているミチコの声が背中から聞こえた。

 俺達は誰も助けられなかった。

 奪われただけだった。

「奪われたくないのなら強くなれ。最強になれ」

 隣を走る狼に乗った最強最強が言った。

 上空に浮いていたゲートも消え、曇り空が広がっていた。

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