第22話 ゲスのバカにキス

「もう魔力切れで、植物を成長させることはできねぇー」

 と俺は言った。

「どうするんですか? 木を切られるのも時間の問題ですよ」

 ミチコが言う。

 少女は敬語を使った。だけど歳上の俺達を敬っている感じは1ミリもしない。

 一応、歳上だし敬語を使っておこう程度の敬語だった。

「そんなアナタに朗報です。私、小林光太郎には好色というスキルがありまして、エッチなことをすると魔力が全回復するんです」

「私、小三ですよ」

「お前に言ってねぇーよ。そこのお姉ちゃんに言ってんだよ」

「私の体を狙っているんだと思っていました」

「そんな訳ねぇーだろう」

「それじゃあ、どうぞ。キスしちゃってください」

 さすが小三。

 エッチなことと言えばキス。

 たぶん、そこまでしなくても全回復する。

 なんだったら背中を触られただけで、全回復する。

 俺達は一人につき大きな枝を二本背にして寝転がっている。

 新庄かなが俺にエッチなこと……背中をさするだけでいいんです、をしようとしたら俺のところまで来なくちゃいけない。

 そしてら自然と俺の体の上に乗る形になる。

 それだけでもエロい。

「何をしてるんですか? 早くキスしてください」

 とミチコがためらっている新庄かなに言った。

「いいのかい? お嬢さん。早くしないと、あのギンギラギンの魔物に襲われちゃうよ」と俺が言う。

 ミチコがキスと言うから、もうキスをしてもらわなくちゃいけない体になっている。

「嫌」

 と彼女が言った。

「どうしてですか? 魔物にヤラレたいんですか?」

 たぶんミチコが言ったヤラレたいんですか? っていうのは殺されたいんですか? ってことなんだろうけど、俺にはセ〇〇スのように聞こえる。

 やらしい小三である。

「だって初めては好きな人がいいんだもん」

 お嬢って初めてなんだ。

「バカですか? ハイゴブリンにヤラレるのと、このゲスなバカにキスをするのとどっちがいいんですか?」

「ゲスなバカって俺のことか?」

「どっちも嫌」

「そちらのお姉さん、新庄かなさんって言ったかい? 俺はハイゴブリンと同等なのかい? 初めては好きな人がいい、って聞いた時、俺の事を好きになったらいいじゃん、って提案するつもりだったけど、そんな提案ができないぐらいに傷ついたぜ。もう立てないぐらいに傷ついたぜ」

「立てないのは魔力切れだからでしょう? 早くキスしてください」

「嫌よ」

「もうキスなんてしていらねぇー。俺達はこのまま木を切られて、一緒に死ぬんだ」

「ほらゲスのバカも不貞腐れ始めました。早くキスしてください。キスぐらいできるでしょ?」

「それじゃあアナタがしなさいよ」

「ガキのキスなんて、何の足しにもならねぇーよ」

「失礼なバカですね」

「さっきから人のことをバカバカ言いやがって。どっちが失礼なんだ」

「今はケンカしている場合じゃありません。バカですか? 死んでください」

「お前が死ね」

「わかったわよ」

 動かざる山が動いた。

 彼女が枝の上に立ち、俺の方に来ようとしている。

 その時、木がゆっくりと傾き始める。

 気づいたらドスン。

 地面に叩きつけられなかったのはお嬢が俺とミチコを掴んで、木が地面に叩きつけられる前に飛び降りてくれたからだ。

 つーかお嬢すげぇーな。

 女の子じゃあ普通は背負えないぐらいの大きな剣を背負っているし、ミチコは体重0kgにできるけど、俺の体重は55kgはある。そんなモノを抱えて飛び降りるなんて、さすがダテにダンジョンで生き残っていない。さすがDランク。

 ハイゴブリン達は不敵な笑顔で、地面に降りた俺達に向かって来る。

『女、女、女』

「最悪」とお嬢が呟いた。

「早くキスしとけばよかったんですよ」

 とミチコが言う。

 お嬢に抱えられていた俺達は投げるように降ろされる。

「もうちょっと丁寧に扱ってください」とミチコ。

 お嬢は剣を握りしめた。

 炎の剣。

「アナタには無理です」

「黙れ。ガキ。女にはやらなくちゃいけない時があるのよ」

 遠くの方で何か黒い物が動く影が見えた。

 ミチコは焦りながら、ランドセルについている防犯ベルを鳴らす。

 ハイゴブリン達が襲って来る。

 炎の剣が振り回される。

 何匹かのハイゴブリンに炎の剣が当たり、血しぶきが飛ぶ。

 それでも大量のハイゴブリン達。

 ギンギラギンで迫って来る。

 お嬢が2m近いハイゴブリンに抱きつかれた。

 一体に抱きつかれた。

 後は止めようがなかった。2体、3体と雪だるま式に抱きつかれる。

「いやぁーー」と言う声がハイゴブリンの雪だるまの中から聞こえた。

 俺は体を動かすこともできなかった。

 ミチコのランドセルからピーーーーーと音がなり続けている。



 そしてあの方が来たのだ。来てくれたのだ。



 遠くに見えていた黒い影。

 それは土で作られた狼だった。

 十匹以上の狼がハイゴブリン達を噛み殺す。

 一匹の狼が近づいて来る。

 その狼には、あの方が乗っていた。

 般若のお面を被り、魔物の白い毛皮を羽織っている。

 禍々しい雰囲気と大きな2つの胸がミスマッチだった。

 手には大きな槍を持っている。

 新庄かなに群がるハイゴブリン達に、般若のお面を被っている何者かが槍を振りかざした。

 地獄にあるという針山が出現した。それは土で作られた公衆トイレぐらいのサイズの針山だった。

 針山の先にはお嬢を襲っていたハイゴブリン達が串刺しになっている。

 あの量のハイゴブリンが一撃だった。

 針山が土に戻る。

 コンクリートの地面に土の山ができた。

 その中心に放心した新庄かなが立っていた。

「大丈夫か?」

 と般若が尋ねた。

 やっぱり女性の声だった。

 新庄かなは何も言わず、頷いていた。

「君達は冒険者か?」

「そうです」

 とミチコが答えた。

「ココから早く逃げなさい。たぶん〇〇市は消滅する」

 〇〇市は消滅する?

「〇〇市に魔族が出たらしい。ここにも来るかもしれない」

 魔物じゃなくて魔族?

 ハイゴブリンじゃなくて、別の何かが〇〇市にいるってことだろうか?

「助けてください」

 とミチコが言った。

「冒険者なら自分の身は自分で守りなさい」

「どこに行くんですか?」とミチコ。

「一人でも多く、避難させるために私は〇〇市に行く」

 狼が走り始めた。般若の背中が小さくなって行く。

 他の狼達も般若を追っている。

 倒れたハイゴブリンの山。

 しばらく呆然としていた。

 何かを考えていたわけじゃない。

 般若が喋っていた情報を整理していた訳でもない。

 呆然としていた。

「あの人は最強最強です」

 とミチコが言った。

「Aランク冒険者です」

「そう」と俺は言った。

「早く逃げましょう。避難しましょう」

「……俺達は〇〇市に行く」

「まだ言ってるんですか」

「俺は大切な人を〇〇市に残している」

「私だって〇〇市にお父さんを残しています。アナタ達じゃあレベル不足です」とミチコが言った。

 わかっていた。そんな事はわかっていた。

 だけど大好きな女の子を守りたいじゃないか。

 死んでもいいから大好きな女の子の元に向かいたいじゃないか。

 ヒーローになりたいじゃないか。

「ココにいたらハイゴブリン達が襲って来ますよ?」

 噂をすれば何とやら。建物の影からハイゴブリンが顔を出す。

 俺達に気づいて、嬉々とした顔でコチラに近づいて来る。

『女、女、女』

 別の建物の影からもハイゴブリンが顔を出す。

『女、女、女』

「ほら、早く逃げないから、また来たじゃないですか?」

 何匹ものハイゴブリン達が建物の影から顔を出して、コチラに近づいて来た。

 新庄かなが俺たちのところに来る。

 どうやら泣いているらしく、腕で涙を拭っている。

「ほっぺでもいい?」

 何の話? ほっぺ?

 彼女が倒れていた俺に近づくためにしゃがみ込み、俺の頬に唇を付けた。

 柔らかい唇の感触と生臭いハイゴブリンの匂いがした。

 泣きながらお嬢は俺を見つめた。

 震えてもいた。

 やっぱりハイゴブリンより俺の方がマシだっただろう? 

 そう思ったけど口には出さなかった。ハイゴブリンと比べる自分が虚しい。

 俺は立ち上がる。

 春になれば桜が咲き乱れる木に近づく。

 二人も俺に付いて来た。

 俺は木に触れた。

 枝が俺達に絡みつき成長する。

 俺達はまた木の上に登った。

 こっからどうしようか?

 もう身動き一つできねぇー。

 振り出しに戻っているじゃねぇーか。

「妙案があります」

 とミチコが言った。

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