第19話 空から少女
前に見た夢のことを思い出す。
ダンジョンのゲートが世界を覆って、気づいたら土地が消えているのだ。
〇〇市の上空を覆っているダンジョンのゲード。
あれは夢で見たものと同じものなんじゃないのか?
俺達は上空に浮かぶ黒い渦に向かって走り始めた。
〇〇市から離れているからハイゴブリンの姿は見かけなかった。
体育館に入って来た奴は、はぐれハイゴブリンだったんだろう。
どこの世界にもいるものである。
まだ仲間が行っていない土地に女を探しに来たんだろう。
街を歩けば人もいない。車も通っていない。オラこんな村いやだ、オラこんな村いやだ、東京さ出るさ。
やっぱりハイゴブリンは徘徊しているみたい。
集団じゃなく、一匹のハイゴブリンが徘徊しているのを発見です、お嬢様。
俺達は隠れてやり過ごす。だって勝てねぇーもん。
前回はたまたま勝ったけど次も勝てるとは思っていない。
できる限りバトルを避け……つーか、そんな奴がよく〇〇市に行ってヒロインを助け出そうとしているな。
無理ゲーじゃん。
つーか俺TUEEEEEEEEをやって、サクサクと先に進みたいのに、なにを弱者冒険者をやっているんだ。
じゃんじゃんレベルアップして、最強になって進んで行きたい。
だけど俺はYOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEをやっております。
いつもよりEを増やしております。拍手。
なかなか大量のEは見れないよ。家に帰ってお母さんに自慢しな。今日大量のEを見たんだよ。そしたらね、お母さんは何の話をしているかサッパリ意味がわからなくて、この子大丈夫かしら? って思うよ。
「車に乗りましょう」
とお嬢が言い出す。
「でもタクシー通ってないよ。つーか俺お金ないよ」
「バカなの? ココに鍵を付けっ放しの車があるから提案してるんじゃない」
目の前には扉が開いている車があった。
車を置いて逃げたのか、もしくは車に乗ろうとして襲われたんだろう。
黒色の乗用車である。子どもがミニカーで選ばないタイプの車種だった。
「免許持ってるの?」
「バカなの? 高校一年生で免許取れる訳ないでしょ?」
「それじゃあ誰が運転すんだよ」
「私がする」
「えっ、免許持ってるの?」
「持ってねぇーよバカ」
存じております。
我々は高校一年生、免許を取れる年齢じゃございません。
「こんな状態で誰が免許を持っているか気にするのよ」
お嬢がイライラしております。
「でも無免許は違反ですよ、お嬢様」
「この状況で誰が違反を気にするんだよ。バカなの?」
「申し訳ございません」
「大切な人の命がかかってるのよ。それに剣が重いのよ。たぶん、これ両手剣よ」
お嬢はゴブリンから剣を奪っていた。魔物が片手で持っていたから片手剣だと思っていたけど、お嬢曰く両手剣らしい。
お嬢はゴブリンが巻いていたベルトみたいな物で剣を背負っていた。
両手剣の装備の仕方である。
彼女が愛用している日本刀は家にあるみたい。
無免許で車に乗るのは違反なので良い子は絶対に真似しないでください。
我々も普段からやっている訳ではなく、やむ得ない状況なのでお許しください。
たぶん事故を起こしても人がいない状況なので、誰かを怪我させるという事はございません。そして使用した車はちゃんとスタッフが美味しくいただきます。
俺達は乗用車に乗り込んだ。
運転席に乗ったお嬢が何かを探している。ちなみに剣は後部座席に置いていた。
「妖精でも探しているんですか?」
「っな訳ないでしょう。どうやってエンジンかけるのよ?」
お嬢様はエンジンをかけるのを迷っているようでした。
母親も似たような車種に乗っている。
「ハンドルの横のボタンじゃないっすか?」
「どれ?」
説明したけどお嬢はエンジンをかけるボタンがわかんなくて、まだ探している。
この子は天然なのかしら?
俺は身を乗り出してエンジンをかけてあげる。
ハンドルの前の器機が目覚めたように明るくなった。
「光太郎、アンタは天才じゃない」
エンジンをかけただけで天才になった。
エジソンもビックリです。
「でも全然、動かないんだけど」
俺は彼女の足元を見た。
生足が踏んでいるのは、誰がどう見てもブレーキだった。
「ブレーキ踏んでいるんじゃない?」
「あぁ、そうね。これがブレーキなのね」
「本当に大丈夫?」
「チュートリアルもしてないんだからわかんないわよ」
それでも何となくわかるような気もするんだけど。
もしかしたらこの子は助手席に乗ったことがないのかしら?
「行くわよ」
「サイドブレーキは?」
「サイドブレーキって何よ?」
彼女の足元にあるサイドブレーキを指差す。
「俺が変わろうか?」
「私が運転するわ」
「さよですか」
これはいいドライブになりそうだ。
高校から〇〇市まで車で30分ほどで着く。
他の車が走っていないので意外とスムーズに走っていけた。
壁に擦ったり、ミラーが破壊したりするのはご愛嬌。
壊れて道に落ちたミラーは、後でスタッフが回収して美味しくいただくとして、黒い渦に向かって猛スピードで車が走って行く。
いいドライブです。お母さん。
手汗がビッショリ。
初めて車を運転するのにアホみたいにスピードが出ている。
ジェットコースターに安全バーも付けずに乗るみたいな緊張感があった。こりゃあ素晴らしいアトラクションだ。次は妹も連れてこようかな。
この車が止まる時は事故で止まる可能性が高いから、シートベルトはバッチリ付けている。
手すりだって強く強く握り締めている。
〇〇市に近づいて行く。
街を歩くハイゴブリンの量が増えていく。
それに比例して地面に横たわる人間の死体の量も増えていた。
死体のほとんどが男だった。女は連れ去られているのかもしれない。
ほとんどの死体の頭がトマトを床に落としたようにぐちゃぐちゃに破壊されている。
ハイゴブリンは同じようなボロボロの服を着ていた。だけど持っている武器は俺達が倒したハイゴブリンと違うかった。
刀を持っている魔物は少ない。みんな木で作られた大きなハンマーか、木刀を持っている。
ハイゴブリンが持っていた刀が冒険者から奪った物なら、刀を持ているハイゴブリンは少ないだろう。
それじゃあ刀を持っているハイゴブリンは強い方なんじゃないか? とも考えた。
やっぱりゴブリンはちょっとアホで、俺達を襲って車に飛び込んでくる奴も何匹かいた。
お嬢は気にせず轢き殺して行く。
たぶんハイゴブリンは丈夫だから死んでないと思うけど。
「スピード、速すぎない?」
と俺が尋ねた。
この俺の脂汗を見よ。恐怖で顔も引きつっている。
「こんなもんでしょ?」
「絶対速いって」
「他の車走ってないし」
「もっとアクセルを緩めていいのよ」と俺が優しくお嬢に促す。
「急がなくちゃ、〇〇市がどうなっているかわかんない」
車を追いかけて来ているバカなハイゴブリンがバックミラーで映っている。だけど追いつくわけない。
だって信号だって無視だもん。
他の車が走ってないから別にいいんだけど。
でも良い子は真似しないでね。
「変な音するわね」
そして彼女は運転しているのに首を横に向けた。
何を見ることがあるんだよ。
「あそこに女の子がいる」とお嬢が言い出す。
こんなところに、もう女の子はいないだろう。
停車している車が前にあった。
猛スピードなので、すぐに近づいて行く。
「ブレーキ」と俺は叫んだ。
こんなに叫んだのは久しぶり。
結果から言うと停車していた車にはぶつからなかった。
だけどブレーキもかけなかった。
右折したのだ。
右折する道だった訳じゃない。
お嬢の判断で、車が右に曲がった。
そして停車している車ではなく、電柱にぶつかった。
やっぱり止まる時は事故ったじゃん。
事故る前にキューーーーーー、ってタイヤの音がしたのでブレーキは踏んでくれていたんだと思う。
ドスン。
白いクッションみたいな物が車から出てくる。
柔らかいはずのクッションに勢い良くぶつかった。殴られたみたいに痛い。
耳鳴りがする。
ピーーーーー、って音が鳴り止まない。
なにしてますの?
「止まるつもりだったのよ」
とお嬢が言った。
「女の子がいるのよ。助けましょう」
コイツ、俺を殺す気か?
止まるつもりだったら普通に止まれよ。
「どこに?」
「上に」
「えっ?」
上って何だよ?
「いいから外に出て」
「でもハイゴブリンがいるじゃん」
「いいから」
とにかく彼女に言われて車を出る。
空を見上げた。
電柱の上に茶色いランドセルを背負った三つ編みの少女がしがみついている。
制服にダッフルコートを着ている。
その制服がスカートなので下から見上げたら布地のパンツが見えている。
たぶん小学二、三年生ぐらいだろう。さすがに全然エッチではない。
「冒険者ですか?」と少女に尋ねられた。
「はい」と俺は返事をする。
少女が電柱から俺を向かって飛び降りて来た。
えっ?
そんな高いところか飛び降りたら危ないよ。
冒険者だから大丈夫と判断したんだろうか?
やっぱり子どもである。判断が甘い。
筋肉無いぜ。ちゃんと体のラインを見て判断しなくちゃ。
でも反射的に俺は少女をキャッチするために腕を伸ばした。
少女が俺の胸に飛び込んできた。
そして少女を掴んだ。
あれ? 幽霊なのか? シャボン玉ほどの重さしかない。
少女のランドセルからピーーーーーーと音が鳴っている。
耳鳴りだと思っていたけど、変な人に襲われた時に鳴らす防犯ベルの音だったみたい。
「ありがとうございます」
と少女が言った。
その言い方が利発的で、学級委員長みたいだった。
彼女はランドセルに付いていた防犯ベルを止める。
「君は?」と俺が尋ねる。
「自己紹介をする前に、周りを見渡した方がいいじゃないでしょうか?」と少女が言う。
五十匹以上のハイゴブリンに囲まれていた。
「どうすんだよコレ?」
新庄かなは炎を纏った大きな剣を両手に握りしめている。
「お願いします」
ペコリと少女が頭を下げた。
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