第18話 お嬢のお母さん

「バカじゃないの?」と新庄かながキレている。

「何もしてないくせに守ってもらえると思っている奴等を本当に守らなくてもいいのよ」

 彼女は腕を組み、黒髪をなびかせて、立った状態のまま貧乏ゆすりをしていた。

 俺は魔力を使い果たしてしまって体育館前から動けなくなって倒れている。

 おかげで体育館の扉を全て植物で頑丈に強化できました。

 逆に言えば中から外に出ることはできません。

 途中でトイレとかどうするのかね? と思ったけど、そんなことは知ったこっちゃない。

 体育館に色々と持って来ていたから、どうにかするだろう。 

 さっきはすぐに魔力が回復したのに、なぜか今回は一時間経っても動けずに地面に倒れていた。

 さっきは魔力切れになってから、すごいスピードで回復したのに、さっきと何が違うんだろうか?

 もしかして、さっきは魔力ゼロだと思っていたけど、残量みたいなものが残っていたんだろうか?

 魔力ゼロって気分も悪いし、動けないし、最悪である。

 女の甘い匂いがする。

 元気な時よりも女のフェロモンを感じる。

 お嬢、俺に近づいてくれないかな?

 いや、変な意味とかじゃなくて。

 ちょっと触らしてもらうだけでええんです。

 本番はしません。

 この店はお触りも禁止かいな。

 もう帰らしてもらうわ。

 ちょっとでもいいからお嬢に近づいてほしい。

 お嬢は2m先ぐらいで貧乏ゆすりをしながら立っていた。

 スカートから出た彼女の生足が、美味しそう。

 美味しそうと思ってしまった。

 食べたいとかじゃないんです。

 舐めたいんです。

 嘘、嘘。

 そんないやらしい意味じゃなくて、甘いフェロモンの匂いがするから、甘いのかなって確認したいだけなんです。

 これはエッチな気持ちじゃなくて、美食家としての探究心なんです。

 本当にイヤらしい意味ではございません。

 自分で言い訳するぐらいにエッチなことを考えてしまうのは、ゴブリンを吸収して成長してしまった好色のスキルのせいだろう。

 スキルの内容は知らないけど、女の子が大好きになっている。

 もともと女の子は大好きなんだけど、それ以上に大大大好き、というか、もうエッチな妄想が止まりませんわ。

 最悪なスキルを手に入れてしまった。

 俺はハイゴブリンがアレをカチカチにさせて、お嬢を襲っていたシーンを思い出す。

 ゴブリンを吸収したらわかる。

 あれをカチカチにさせて追いかけたくなってしまう。

 俺はどうしちまったんだろう?

 このままじゃあ、性犯罪者になってしまうんじゃないだろうか?

「光太郎、本当に大丈夫? 顔が真っ青よ」

 お嬢が俺の隣に座った。

 女、女、女。

 体の奥から熱いものが溢れ出すけど、体が動けず。

 せっかく近くに女がいるのに。

 いや、なにを俺は考えているんだ? 動けたら襲っているみたいじゃないか。

「さっきみたいに早く回復しなさいよ」

 お嬢が言う。

「お母さんが心配なのよ」

 お嬢のお母さんは〇〇市で勤務していた。

「今日、家を出る時につまらない事でお母さんと喧嘩してしまったの。アレがお母さんとの最後なんて最悪。電話も繋がらないし、お母さんに謝りたい」

 たしかに大切な家族との別れが喧嘩なんて最悪である。

 早く回復してあげなくちゃ。

 でも回復する見込みがない。

 時間を持て余した彼女が倒れている俺に母親の事を語り始めた。



 新庄かなのお母さんは二十歳の時に彼女を産んだ。

 お父さんは冒険者で周囲から反対されたらしい。

 冒険者と結婚しても幸せになれない。

 もし自分の妹が冒険者と結婚すると言い始めたら俺だって反対する。

 旦那はすぐに死ぬかもしれないし、産まれてくる子も冒険者が遺伝してダンジョンで死ぬかもしれないのだ。

 家族を亡くした不幸を全部一人で抱え込まなくちゃいけないかもしれないのだ。

 だから冒険者との結婚は反対される。

 それでも新庄かなのお母さんは、冒険者と結婚した。

 全ての不幸を背負っても、その人のことが好きだったんだろう。

 もしダンジョンで死んだとしても、それまでの間だけ夫婦でいたかったんだろう。家族になりたかったんだろう。

 二人の結婚は駆け落ちだったらしい。

 だからお嬢が産まれてもお母さんは誰も頼る人はいなかった。

 旦那はダンジョンに行く。

 赤ちゃんを育てながらお母さんは待った。

 どれほど不安だったんだろうか?


 

 そして父親はダンジョンから帰って来なくなった。

 まだお嬢は言葉も喋れなかった。

 わかっていた事とはいえ、お母さんは目の前が真っ白になるほど絶望した。

 旦那を失った悲しみ。一人で子どもを育てて行かないといけない不安。

 お母さんは働いた。水商売もしたらしい。

 彼女が小さい時には夜になるとお母さんがいなかった。

 お母さんは彼女を寝かしつけて仕事に向かった。

 だから夜に目覚めると新庄かなは一人ぼっちだった。

 彼女は夜が怖くて怖くて仕方がなかった。

 


 お母さんの不安は愛娘が冒険者になる事だった。

 冒険者の子どもが全て冒険者になる訳じゃない。確率が高い、というだけである。

 だけど彼女は中学3年生の時に覚醒してしまった。

 彼女が覚醒した時、お母さんは彼女を抱きしめて泣き崩れたらしい。

「ごめんね。ごめんね」とお母さんは彼女に謝った。

 そのごめんね、という言葉の中には、お父さんと結婚してアナタを産んでごめんね、が含まれていたんじゃないだろうか、と彼女は思ったらしい。

 もしお父さんの子じゃなかったら、娘を冒険者にさせずに済んだ。

 自分が愛した人を呪うぐらいに、母親は娘が冒険者になったことが悲しかったんだと思う。

 


 新庄かなはお母さんに対して思うことがあった。

 この人は不幸だったんじゃないか?

 好きになった人が冒険者だった。そして死んだ。その子の娘を産んだ。人生をかけて育てたのに娘も冒険者になった。娘も父親と同じようにダンジョンで死ぬかもしれない。

「だから私はダンジョンで死にたくないの。お母さんをこれ以上、不幸にさせてしまうから」

 と彼女が言う。

「だから強い仲間を探してたのよ」

 彼女が俺を見る。

「私は死ぬ訳にはいかない」

 だから俺をパーティーに誘ってくれたのか?

 お嬢からしたら俺は強いらしい。

 もしかしたら低ランクの中では強い方なのかも。

「このままお母さんが死んだら、父親と私のせいで、お母さんの人生は不幸のままじゃない。イヤよ。お母さんを助けたい。だから早く回復してよ」



 しばらく彼女は何も喋らなかった。

 早く俺は回復してあげなくちゃ、でも全然回復する見込みないんだけど。

 彼女が俺に近づいて背中をさすってくれた。

 女が俺の体に触れている。

 もう背中が生殖器です。

 敏感になった背中を摩られたらゾクゾクしちゃう。

「魔力が切れた気分が悪くなるでしょ?」

 体の奥から気力が溢れ出す。

「お腹もさすってください」

「イヤ」

「それじゃあ、首元も」

「イヤ。何を求めているの? キモっ」

 キモいですか? 

 もうアタイ、ギンギンなんですが?

 いや、ギンギンってアレがギンギンってことじゃなくて、回復しました。

 なぜか気力が湧いてきました。

「もう少しで行けそう」

 と俺は言って、座った。

 完全に気力は回復してます。

 立ち上がらなかったのは、あれがギンギンだから。

 あれって気力のことだよ。

 気力がギンギンすぎて、急に立ち上がったら変な叫び声をあげてしまう。

 さっき以上にキモい、って言われる。

 でもキモいって言われるのも、興奮するがな。デへへへ。

 キモいって言われて興奮するのは嘘です。

 だから立ち上がるのは、ちょっと待ってね。

 俺が元気になった表情を見て、お嬢が驚いている。

「もういいの?」

「お嬢のおかげで回復しました。あざーっす」

 もしかしたら好色というスキルは、女性に触れられただけで魔力が回復するのかもしれない。 

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