第17話 ヒロイン

 体育館の扉を植物で強化しながら俺は高田ミクの事を考えていた。

 高田ミクは俺のヒロインだった。

 幼稚園からの幼馴染。

 だけど仲良くなったのは小学三年生の頃である。

 小学三年生の頃に高田ミクの母親が冒険者になった。

 同級生の親が冒険者になった初めての生徒だった。

 だから色んな間違った情報で、高田ミクはクラスから拒絶された。 

 冒険者がウイルスのように感染すると思われていたのだ。

 それは間違った情報だった。 

 統計的に親が冒険者の場合、子どもが冒険者になりやすい傾向にある、というのがわかっていた。

 不思議なことに冒険者同士が惹かれ合うこともわかっていた。

 ダンジョンから地球を守るために冒険者同士が結ばれ、より強い遺伝子を残そうとしているんじゃないか、という説もある。

 冒険者になった今にして思えば、母親が冒険者になったミクの遺伝子の中にも冒険者の遺伝子があったんだろう。そして俺は冒険者になった。だから彼女に惹かれるのは必然だったんじゃないか。

 冒険者同士が惹かれ合うのは自分の身を守るため、という説もある。

 自分に足りないスキルを持っている者同士が惹かれ合って、パーティーを組む。

 だから生存率が上がり、自分の身を守る。

 自分の身を守るために、人は進化している。

 冒険者同士が惹かれ合うのは必然だった。

 だから友達同士で冒険者になってしまいました、みたいな事が起こる。

 その情報だけを聞けば、冒険者がウイルスのように感染するモノと小学生の子ども達が思っても仕方のない事だったのかもしれない。



 俺は少年漫画のようなヒーローに憧れていた。

 海◯王にもなりたかったし、◯影にもなりたかった。

 頑張れば手から波動を出せると思っていたし、特別な能力に目覚めると思っていた。

 それなのに冒険者になりたくない、と思っているから不思議である。

 冒険者は嫌だけど、力には目覚めてヒーローにはなりたかった。

 生々しい死は怖いけど、カッコイイ勝利には憧れていた。

 友情を育て、努力して敵に打ち勝つ。

 そんな事に憧れていた。

 そしてヒロインのピンチは俺のチャンスだった。

 ヒロインを助けてこそ、ヒーローになり得るのだ。

 だから毎晩、布団の中で彼女を助ける準備をしていた。

 彼女を助けて、キャー素敵、愛してるわカッコイイ、と思われるのだ。

 だから彼女がイジメられ始めた時、俺の出番がやってきたぜ。ヒロインを助けるのは、この俺だ。

 ありがとうございます。誰にお礼を言ってるんだろう? ごったんです、ヒーローになる準備はしていたんだ。



 クラスメイトの男子が彼女のノートをバイ菌でも触れるように摘んで、友達に投げて遊んでいた。

「うわぁー、冒険者菌がつく」

 と逃げ惑う男子生徒。

 明らかに高田ミクは泣きそうな顔をしていた。

 きたぜベイビー。俺の勝ち戦じゃ。彼女のピンチは俺のチャンスだった。

 立ち上がった。

 悪者を倒して勝利。ビクドリー。

 そんな事を考えていたのに、足が震えて動かなかった。

 あれれれれ?

 なんで助けたいのに。ヒーローになりたいのに。俺ビビってるの? そうです私ビビらせていただいております。

 今まで喧嘩なんてしたこともなかった。

「やめろよ」

 と言ったのは俺ではなかった。

 神田英二だった。

「高田さんが困ってるじゃないか。やめろよ」

 と英二が言った。

 俺は焦ったね。

 やべぇーー、ヒーローポジションを取られる、と思った。

「お前、なんなの?」

 クラスで一番喧嘩が強いと思われている奴だった。

 名前なんて語るほどの奴じゃない。

 体ばかりが大きく、脳が小さい奴である。

「もしかしてお前、高田と同じパーティーメンバーなの?」

 英二は体大きい脳みそ小さい男が持っていた彼女のノートを奪い返した。

 次の瞬間に彼は頬を殴られて倒れた。

 そして体ビック脳みそスモール男に馬乗りにされてボコボコにされていた。

 英二弱いじゃん。

 なんで張り切って戦いに挑んだの?

 俺だって彼の気持ちは知っている。 

 ヒーローになりたいのだ。

 俺の足は震えている。

 今、戦わないと俺だって後悔する。

 俺は馬乗りになってボコボコに英二を殴っていた脳みそスモール男を殴った。

「おりゃリャリャリャ」と変な声を漏らしたように思う。

 急にやってきた刺客にデブ馬鹿は驚いていた。

「お前、人のケンカに手を出すなよ」

 とデブ馬鹿の取り巻きが、俺に体当たり。

 俺も馬乗りになされてボコボコ。

 痛いよ。痛いよ。休み時間が終わり、解放された時には助けなければよかったと思っていた。

 でも俺の考えは、すぐに消える。

「大丈夫?」と高田ミクが声をかけてきた。

 痛いよ、痛いよ、と俺は泣いていた。

「全然、余裕」

 デブ馬鹿にボコボコに殴られていた英二が笑った。

 泣いてる俺は惨めで、ボコボコになっても笑っている英二はカッコ良かった。

 英二の方がヒーローだった。

 泣かなければよかった、と俺は後悔した。それは助けなければよかった、と思う以上の後悔で必死に泣くのを我慢した。

 だけど弱い弱い俺は涙を止めることができずに、必死に笑おうとしても酷い顔になった。

 ボロボロにされても笑っていた方がヒーローなのだ、と俺は理解した。



 それから俺達はいつも一緒にいるようになった。

 いつメン、っていうやつである。

 もしかしたら冒険者遺伝子のおかげで惹かれ合ったのかもしれない。



 高田ミクという女の子について。

 そりゃあベッピンさんですがな。

 彼女はポニーテールの髪型が似合った。

 アイドルポニーテールである。

 ポニーテールにすると白いうなじが見えて、そりゃあヨダレダラダラもんですがな。

 そのうなじをペロッと舐めたい、と何度思ったことだろうか。

 嘘です、ごめんなさい。こんな事を考えている俺を軽蔑しないでください。

 どんぐりのような大きな瞳に、笑うとへにゃ〜ってなる可愛らしい顔。

 勉強ができて、俺と英二に勉強を教えてくれた。

 たぶん彼女は俺達に何かをあげたかったんだと思う。

 そのおかげで俺と英二の成績が良かった。

 いや、本当に俺だって中学二年生までは成績が良かったんだから。



 彼女のお母さんはダンジョンに行って帰って来なくなった。

 ミクは泣かなかった。

 厳密に言うと俺の前では涙は見せなかった。

 たぶん家では泣いているんだろうけど、一切、悲しい表情は見せなかった。

 一度だけこんな事を言われた事がある。

「笑かして」

 たぶん彼女がすごく落ち込んでいた時だと思う。

「そりゃあ、どえらいフリですね。お姉様」

「笑かしてよ。光太郎。私、苦しいよ」

 その時、俺は何をやったのかは覚えていない。

 胸がギューーっとなって、何かをしなくちゃって思ったのは覚えている。

 その時から彼女の前ではできる限り何にも気づいていないフリをして、バカなフリをした。

 それが俺にとっての彼女への思いを伝える方法だった。

 俺は君の前ではバカになるよ。大好きだから、みたいな感じ。

 お恥ずかしいことを言っております。



 それなのに俺の気持ちは彼女には届かなかった。

 もしかしたら届いていたのかもしれないけど、彼女を守るヒーローに選ばれたのは英二だった。

 そりゃあショックだったよ。

 だけど悲しんだりするのは違うじゃん。

 悔しがったりするのは違うじゃん。

 だって好きな人と親友が付き合ったのだ。

 祝福するしかないじゃん。

 だから俺は自分の感情に気づかないバカなフリをして、二人を祝福した。

 最悪なのが三人で一緒の高校に行こうね、って約束していた。

 英二は俺と一緒の高校に純粋に行きたい、と思っていた。

 彼女だって高校生活を俺達と過ごしたい、と思っていた。

 二人の気持ちは純粋で、俺には苦しかった。

 正直に言いますと二人が付き合っているのに、ワシお邪魔やないか、と思っていた。

 その事に気づいてくれよ、お二人さん。

 ミクがいい先生のおかげで、それなりの学校に行けるはずだった。

 もしかしたら二人よりもランクを一つか二つ落とすだけだったら、その高校に二人が来てしまう恐れがあった。

 それぐらいに俺達は三人でずっと一緒にいたのだ。

 だから俺は彼等が受験しないぐらい偏差値の低い高校に行かなければ行けなかった。

 すげぇーーー勉強をしないように努力しなくちゃいけなかった。

 


 俺の父親が冒険者になってダンジョンから帰って来なくなった時、二人は何も言わずに寄り添ってくれた。

 それが嫌で、弱いところも見せることができずに笑っていた。

 俺は笑うことしかできなかった。

 だって泣いたら情けないもん。

 だって泣いたらヒーローじゃないもん。

 せめて涙は見せたくなかった。

 

 俺の父親が死んでからすぐに英二が冒険者になった。

 それを聞いた時、正直に言うと俺は嬉しかった。

 そんな自分が大嫌いだった。

 英二がダンジョンから帰って来なくなったら、ミクと付き合えるんじゃないだろうか?

 そんな事を考えてしまった自分の事が嫌いで、二人から一刻も早く離れたかった。



 それなのに英二がダンジョンから帰って来なくなって、色んなことに気づかないフリをして、彼女の悲しみに寄り添って、英二が飲み込まれたダンジョンに二人で何度も見に行った。

 すごく俺はバカだった。

 親友の死を願ったのだ。

 そして親友が死んでから、その悲しみを利用して彼女に寄り添った。

 俺が死ねばよかったのにね。

 俺が死ねば彼女の悲しみも少しはマシだったのにね。

 もしかしたら俺が英二の死を願ったから、彼はダンジョンから帰って来なくなったんじゃないか?

 もしそうだったら、本当に俺が死ぬべきだ。

 やっぱり俺は英二のことも好きで、英二がダンジョンから帰って来なくなって、息すらできなかった。

 誰にも見せることがない涙で枕がグショングションに濡れた。

 英二じゃなくて、彼女に寄り添っているのは俺だった。

 それを俺は願ったのに、実際にそうなると俺が死ぬべきだと思った。

 俺達は傷ついているガラスの十代。

 もう心はボロボロで、それでも生きて行かなくちゃいけなくて、色んな事に気づかないバカなフリして笑っている。

 そうしないと息すらできない。

 ずっと彼女の事が好きだった。

 ミクを失うと考えただけでも、俺は生きていけない。

 ダンジョンは俺から全てのモノを奪って行く。

 もう大切なモノを奪われたくない。

 次こそは彼女のことを守りたい。

 高田ミクのヒーローに俺はなりたい。

 英二が飲み込まれたダンジョンがバーストして、ゴブリンが溢れ出した。

 俺はヒーローになる準備を小学三年生の頃からしているのだ。

 絶対に彼女を守る。

 だってヒロインのピンチはヒーローのチャンスなんだから。

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