第10話 誰も癒せないデブに誘われて

「お前スキル無いのに、よく生きて帰って来れたな」

 学校に行くと紹介するまでもない友達に言われる。

「つーか、小林スキル無いのか」

「可哀想すぎる」

「死にに行くようなもんじゃん」

「いや、もうすでに死んでるじゃん」

「スキル無しでダンジョン行くって、どういう気分よ?」

「ヤンキーの群れに一人で戦いに行くみたいな気分?」

 色んなことを教室で言われる。

 俺は昨日の出来事を思い出す。

 ダンジョンに入って隠れるだけだったこと。そして怖いお兄さんから自害したハーピーの賠償金を請求されていること。家族に危害がいかないか心配なこと。これからどうやってダンジョンを攻略すればいいのかわからないこと。

 色んな不安がある。

 昨日の夢は、たぶんただの夢なんだろう。

 俺がまさか神に選ばれたナニカな訳がないだろう。

 色んな不安を抱えても俺は小林光太郎である。

 落ち込んでいる顔を誰にも見せてはいけない。

 っというよりも、誰にも見せたくない。

 こんな世の中なのだ。身内の誰かがダンジョンに飲み込まれて帰って来なくなったり、明日になれば自分がダンジョンに行かなければいけないという不安をみんなが抱えている。

 だからこそ俺は暗い顔なんて一切見せたくない。

 どんな事があっても笑っていたい。

「お前等、俺が死ぬのを期待するなよ」

「期待してねぇーよ」と友達に返される。

「ただ生きて帰って来てよかったな、って思ってるだけじゃん」

「帰って来るに決まってるだろう。だって俺は界◯拳を使えるんだぜ。もうダンジョンで俺つぇーーーーーーやりまくりよ。逆に俺ぐらいの魔力持ちは魔物がビビって近づいて来ねぇーよ」

 ところでコイツ等はなんで俺がスキル無し、って知っているんだろうか?

「つーか、なんでスキル無しの事を知ってるんだ?」

「教頭先生が職員室で喋っていたのを聞いた奴がいるんだ」

「あのクソババァ俺の恥ずかしいことをペラペラ喋ってんじゃねぇー」

「心の声が聞こえてますよ」と名前を紹介するほどでもない友達に言われる。



 ジャージ姿、三十代後半で独身の先生が入って来る。

 俺を見て驚く。

「小林。お前、生きてたのか」

「先生も俺が死んでたと思ってたんですか」

「だってお前、アレなんだろう? スキル無いんだろう」

「なんでみんな知ってるんですか」

「いや、教頭先生が言ってたから」

「あのクソババァ、本当にペラペラと喋ってんじゃねぇー」

「よかったな。生きて帰って来れて」

「俺は死なないですよ。絶対に生きて帰って来ますよ」



 休み時間に怖いお兄さんの件を処理しようと思って警察に電話をかける。

 被害が無いのなら、まだ警察は動けないと言われる。

 一応は様子を見て、また何かあったら電話するように言われる。

 でも被害に合ってからじゃあ遅いんじゃねぇー?

 


 放課後。

 ミクと駅前で待ち合わせをして、神田英二が飲み込まれたダンジョンに向かって歩いた。

 ずっと後ろから付いて来る奴には気づいていた。

 ミクと同じ高校の制服を着た巨漢の男子生徒。17歳。

 なぜか建物の陰に隠れて俺達の後を付いて来ている。

 ここからでもハァハァという荒い息が聞こえる。

 田中中である。

 彼はミクのストーカーなんだろうか?

 もしかして駅で俺を見かけて付いて来たのか?

 どちらにしても気持ち悪い。

 無視しよう。

 とにかく田中中から逃げるために、普段は行かないルートを足早に歩く。

「えっ、なに? 光太郎早いよ」

「いいから早く」

 そして田中中をまいた。

 ハァハァ、という息遣いは聞こえなくなった。

 だから正規ルートに戻って、俺達は歩く。



「純子ちゃんから聞いたよ」

 と先手を取ったのはミクだった。

「俺から言おうと思ってたのに」

「それじゃあ言って」

「好きです」

「ふざけているの?」

「えっ? 純子に俺が好きってことを伝えられたんじゃ」

「冒険者になったんでしょ?」

「そっちか。ごめん間違えた」

「ダンジョンに行ったんだね」

「行ったよ。思ってたより余裕だったわ。俺にとってダンジョンはラウンドワンに行くようなもんだったわ」

「なんで教えてくれたなかったの?」

 普段は温厚なミクが怒っている。

「言おうと思ったんだ。だけど言えなかった」

「ムカつく」

 とミクに言われる。

「私だけ知らなかったなんて、ムカつく」

「ごめん。次からは教えるから」

「死なないでよ」

「俺が死ぬわけないじゃん。だって俺、スタ◯ド使いなんだぜ」

「私、光太郎にも死なれたら生きていけないんだから。うさぎちゃんなんだからね」

「絶対に死なない。あと好きです、って言ったのにスルーされている件はどうしたらいいんでしょうか?」

「それは既読スルーにさせといて」

「あっ、一番落ち込むやつじゃん」

 と俺が言う。

 でも既読スルーでいい。

 別に落ち込まない。

 だって俺達が恋人になって、俺がダンジョンで死んだらミクが絶望するもん。

 本当は少しショック。

 いや、めちゃくちゃショックです。

 でも顔に出さない。

「せめてスタンプちょうだーい。真っ白いハゲのキャラクターが大爆笑しているスタンプでいいから」

 ミクが笑った。だけど目が寂しそうだった。

「気まずいので話を変えます。そして先に言っておきます。これから話ことは冗談じゃないです。俺は魔物の言語がわかるようになったであります」

 物知りなミクだから、もしかしたら何かの手がかりがあるんじゃないか、と思っての質問だった。

「ハーピーが言っていたんだ。ダンジョンを守りきれば新しくできる土地の領土をやろう、って魔王様から言われたからダンジョンを守っているって。この意味がわかる?」

「……高度な嘘付くじゃん」

「すっかり狼少年になってるじゃないか俺。本当の話なんだよ」

「まぁ、それが本当として」

 と彼女は言ったけど、全然信じていない顔をしている。

「小さな島が消えた、というニュースは数年前にあって大騒ぎしていた事があったわ」

 と彼女が言う。

「それが本当だとしたら、もしかしたら、その小さな島は異世界に転移したのかもしれないわね。それが本当だとしたらね」

「めっちゃ念押しするじゃん。本当の話だって」

「でも嘘の話でも面白いよ。辻褄が合うっていうか光太郎にしては、高度な嘘じゃん」

 俺は夢の事を思い出していた。

 ダンジョンの黒い渦が日本を覆い、そして渦が消えたと同時に日本の島も無くなっていた。

 もしかしたらあの夢は神様が見せた夢だったんじゃないだろうか?



「見つけたぞ」

 ハァハァと荒い息遣いで、巨漢が叫んだ。

「知り合い?」

 と俺がミクに尋ねた。

「同じクラスだけど、一度も喋ったことがない」

 と彼女が言う。

 まさか田中中とミクが同じクラスなんて。

「おい、新入り」

 どうやら目的は俺らしく、彼が巨漢を揺らしながら俺を見つめて言った。

「無視しよう」と俺が言う。

「可哀想よ」

「まさか、こんなところで会うなんて。運命感じないか?」

「運命?」と俺は聞き直してしまった。

「運命知らない? ディスティニーだよ。ディスティニー」

 うぜぇー。

「光太郎は田中君と知り合いなの?」とミクが尋ねた。

「知り合いじゃねぇーよ」

「そうだ我々は知り合いなんて甘い言葉では語れない。戦友なんだ。同じダンジョンを生き抜いた仲間なんだ」

「仲間?」

 と俺は聞き直してしまった。

「仲間を知らない? 冒険者風に言えばパーティーだよ。パーティー」

 うぜぇー。

 コイツとだけはパーティーを組みたくねぇー。

「新入りは荷物持ちをして、僕はハーピーと全力で戦った」

 なにが戦った、だよ。お前は連れ去られてただけじゃねぇーか。

「行こう」

 と俺はミクに言って、腕を掴んで歩き出した。

「でも大丈夫なの?」と彼女が田中中を見ながら言った。「なにか光太郎に伝えたいことがあるんじゃないの?」

「僕達仲間じゃないか。なんで逃げるんだよ」

「近づいて来るなよ」

「次も一緒にダンジョン行こうよ」

「なんでお前とダンジョン行かなくちゃいけないんだよ? 勝手に行けよ」

「だって……君だって仲間いないんだろう?」

「お前とだけはパーティーは組まない」

「どうして?」

「だってお前」と俺が言ったところで、人のスキルのことは言わないでおこうと思った。コイツが擦り傷程度も直せないヒーラーだとしても、スキルを持っていない俺よりはマシなのだ。

「カッコいいから、隣に立っていると俺がかすむもん」

 適当な事を俺は言った。

「男前は辛いわ。こんな時にも男前が邪魔をするなんて。この美貌を女子が見たらイチコロだもんなぁ」

 本気でコイツは自分の事を男前だと思っているのか?

「ごめん。君の彼女? もう僕に惚れちゃってるかも」

 田中中が言う。

 ミクとは付き合ってねぇーよ。

 だけどそれ以上にミクが田中中に惚れている訳がねぇー。

「それじゃあな」

「ちょっと待たれよ」

「なんだよ?」

「僕がカッコいいのは周知の事実」

 周知の事実じゃねぇーよ。どの口がそんな事を言ってんだよ。

「毎回、毎回、紹介されて知らない人のパーティーに参加するのは虚しい。新入りだって、いつかは僕の気持ちはわかる。二回以上ダンジョンに入れば僕の気持ちはわかるんだよ。だから一緒に行く奴、……僕が最強のSランクパーティーに誘われるまでの間、都合のいい女みたいなポジションの奴がいればいいなぁ、と思っていたんだ。どうだい一緒にダンジョンに入らないか?」

「最悪な誘い方じゃん」

「一緒にダンジョンに入ろうよ」

「ごめんなさい」

「そうか。それじゃあラインだけでも交換しようか?」

「ごめんなさい」

「せめて次のダンジョンだけでも一緒に行こうか?」

「ごめんなさい」

「守ってあげるから」

 お前に守られたくねぇーよ。

「ごめんなさい」

「僕がSランクパーティーに誘われたら、なんとなくリーダーに君のことも入れてほしい、と伝えるから」

 なんで田中中は自分がSランクパーティーに入れると思っているんだろうか? そんなスペック無いじゃん。擦り傷も治せないじゃん。

「ごめんなさい」

 俺達は田中中を置いて、目的地に向かって歩き始めた。

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