第9話 魔物の言語が使えるように成長しました。
蝶ネクタイを付けたボーイに案内されて狭い廊下を歩く。
そして一つの部屋に案内された。
「ハーピーに危害を加えないこと。死なせた場合、それ相当な賠償金を請求しますんで注意してください。後は何をやっても結構です」
ボーイが言う。
「一時間経ったら、電話がなりますんで」
「はい」と俺は返事をする。
ボーイが去って行く。
部屋の中には拘束されたハーピーがいた。
エロ椅子、って言えばいいのかな? SM椅子って言えばいいのかな?
SMの動画で出てくるような椅子に、ハーピーは両手両足をM字開脚にされて拘束されている。
しかもハーピーって裸だから、体が露わになっている。
直視できないから、描写はしないけど、すごい乳首がピンクである。
早く一時間経ってくれないかな?
ハーピーに何かをする気にはなれなかった。
部屋に付いていた扉を開ける。
シャワー室まで付いている。
ここでハーピーがどんな目に合っているのか?
こんな店があるということは魔物でも欲情できる人間がいるらしい。
たしかにハーピーは綺麗だ。だけど魔物だ。
空から降りて着て、田中中を掴んで羽ばたいて行ったハーピーのことを思い出す。
もし自分がハーピーに襲われていたらと思うと純粋に怖かった。
そのイメージがあるせいで、拘束されたハーピーにも近づけないでいた。
そんな魔物にイヤらしい事をする人間がいる。
想像しただけで気分が悪かった。
こんなところに一時間もいるのが耐えられない。
チラッとハーピーを見る。
青色の綺麗な瞳と目が合う。
ハーピーの口には穴が開いた球が咥えられていた。
球体の穴から「うー」と声が漏れている。
『魔物の言語が使えるように成長しました』
「えっ?」
俺は後ろを振り返った。
でも後ろには何もいなかった。
今の声は神の声?
魔物の言語が使えるように成長しました?
魔物の言葉がわかるようになったってこと?
なんで?
魔物の言葉がわかる奴なんて聞いた事がないぞ。
恐る恐るハーピーに近づいて行く。
「うー」とハーピーの声が聞こえる。
彼女は何かを俺に訴えようとしている。
近づいてもいいのかな?
何もしませんよ。
ゆっくりと近づいて行き、彼女が咥えさせられていた球体のベルトを外した。
「もうやめて」
と彼女は言った。
子どもが意地悪されて泣きながら相手に言うような声だった。
ハーピーの言葉がわかる。
さっきの声は本当に神の声だったらしい。
俺は魔物の言語が使えるように成長しているみたいだった。
「俺は何もしない」
「殺して」
と彼女は呟いた。
それは囚われたハーピーの願いだった。
「……それは無理」
彼女が俺の顔をジッと見る。
「……私の言葉がわかるの?」
「わかるよ」
なんか知らないけど魔物と会話している。
ハーピーが人格を持っていることが不思議だった。
魔物には人格なんて無い、と思っていた。
そう思いたかった。
だから俺達はダンジョンに入って殺してもいいのだろう。
言葉なんてわかったら……罪悪感が芽生えてしまう。
罪悪感が芽生えたところで俺は弱いから魔物なんて倒せないんだけど。
「私を家まで返して」
「家ってダンジョンのこと?」
「ダンジョン?」
「君達がいた場所のことを俺達はダンジョンって呼んでいる」
彼女は首を横に振った。
「魔王様に言われたの。あの場所を守りきれば新しくできる土地の領土をやろう、って」
何を言っているのかわからん。
俺の頭じゃあ理解ができん。
「君達はあの場所を守っていたの?」
「そうよ。領土をもらうために」
「そして俺達みたいな人間が来て、捕まえられたってこと?」
「そうよ。お前達は一体、何者なの?」とハーピーが言う。
コッチのセリフだよ。
魔物って何なんだよ?
「家に帰れないのなら、死ぬわ」
ハーピーが舌を出した。
止めるより先に、彼女は舌を噛み切ってしまった。
口から血が蛇口をひねった水のように滴り落ちる。
そこらへんにいるようなサラリーマンの顔をしていても、この人達はサラリーマンじゃない。
睨まれているだけで足がガクガクと震えた。
ハーピーが自害した後、俺は事務所に連れて行かれた。
俺のことを睨んでいる目の前のスーツを着たお兄さんがニッコリと笑った。
「うちの商品を君は殺したんだよ」
口調は優しいのにオシッコを漏らしてしまいそうだった。
「なにされても仕方ないよね?」
俺を逃げないように後ろにもスーツを着た男が二人立っている。
すみません、と俺は謝った。
先輩の姿はいない。どうやら先に帰ったらしい。
もしかしてこうなる事を見越して先に帰ったんじゃないだろうか? と思った。
そしたら俺はハメられたのか?
ハーピーが咥えていた口の球体を外す、というのは誰も予想ができないことだろう。
だからハメた、という線は薄いんじゃないだろうか?
でも先輩達はいない。相談もできない。
「ここに君の住所と電話番号を書いて」
紙を渡される。
その紙には500万を賠償します、みたいなことが書かれている。
いや、絶対に書いたらダメなやつじゃん。
しかもハーピーって一体50万じゃなかったっけ?
買取金額と賠償金額が違いすぎる。
でも怖いお兄さんには何も言えない。
震える手でペンを握った。
デタラメな住所と電話番号を書いた。
怖いお兄さんが紙を掴む。
「これ調べて」
そう言って、別の怖いお兄さんに俺が書いた紙を渡す。
「君は冒険者だろう? すぐにお金返せるって。報奨金は安くても50万以上はあるんだから。最高でも10回はダンジョンクリアーしたらお金は返せるんだよ」
「……」
「スキル無いって聞いたけど、本当なの?」
「……はい」
怖いお兄さんが笑っている。
「聞いたことねぇー。スキル無い奴なんて」
後ろのお兄さんも笑っている。
「それでも頑張ってダンジョンに入ってね。お金で許してあげるんだからね。本当は殺すんだからね」
「……」
「嘘だよ。殺すって言ってビビった?」
オシッコちびりました。
ちなみにデタラメな住所を書いたことも後悔しております。
帰りたい。
早く帰りたい。
住所を調べに行っていた怖いお兄さんが戻って来た。
「コイツ、デタラメな住所書いてますよ」
「ふざけてんじゃねぇーぞ」
さっきまでニコニコと喋っていた怖いお兄さんが怒鳴った。
すいません、すいません、と俺は頭を下げた。
「ちゃんとした電話番号と住所を書きますんで」
「初めから書いてね。殺すよ」
「……」
「殺すよ、って言ったら、コイツ超ビビる。笑える」
俺の後ろにいた二人がハハハと笑った。
「あっ、そうだ。綺麗な魔物がいたら捕まえて来てね。俺達はそれを買い取るし、そしたら君もお金をすぐに返せるよね? win-winじゃん」
それから俺は本当の電話番号と住所を書いて解放された。
最悪である。
家に到着する。
お母さんが寒いのにマンションの下で俺のことを待っていた。
母親の顔を見ると鼻の奥がツーンとして、瞳から液体が出そうになったけど、必死にこらえて俺は笑った。
「ただいま」
と俺はお母さんに言った。
お母さんは俺の顔を見て安心したのか「おかえりなさい」と震えた声で呟いた。
「無事に帰って来てくれて……」と母親が言う。「ありがとう」
「なんでお母さんが俺に礼を言うんだよ」
「いいのよ。いいのよ。お母さんは光太郎が生きているだけで嬉しいんだから」
「死ぬわけねぇーじゃん。俺はダンジョンで隠れているだけなんだから」
ハハハ、とお母さんが笑った。
本当は今日のことを母親に相談したかったけど、できるわけがない。
母親に心配させたくなかった。
家に帰ってくると思春期真最中の妹までも、玄関まで駆けつけてくれた。
暖かい家の空気。
お鍋の匂いがする。
それだけなのに胸が熱くなった。
絶対に泣いちゃダメだ。泣いたら二人を不安にさせる。
「なに驚いてるんだよ」と俺は妹に言った。「お兄ちゃんが死んでると思ったのかよ」
「ダンジョンで生還できるわけがない、って思ってた」
純子が唇を震わせた。
「失礼な奴だな」
妹が泣きそうになった顔を引っ込めた。
「俺が死ぬわけないじゃん。どんな事があっても帰って来るよ」
色んな不安がある。
母親にも妹にも言えない。
怖いお兄さんが、俺の家族にまで危害を加えたらどうしよう?
お金さえ返しきれば大丈夫のはずだ。
でも、そのためにはダンジョンを攻略しなくちゃいけない。
これからどうやってダンジョンを攻略したらいいんだろう?
俺にはスキルも無い。
無能である。
俺は何も持っていなかった。
どうしていいのかもわからないぐらいにバカだった。
その日の夜、夢を見た。
変な夢だ。
ダンジョンの黒い渦が世界を覆う。
そして黒い渦が爆発したと同時に、その土地が消えているのだ。
例えであげるなら日本。
雨雲のように黒い渦が日本を覆い、そして吹き消したように黒い渦が消える。
それと同時に日本までもが消えてしまう。
そんな変な夢を見ながら、俺は神の声を聞いた。
『成長する者。貴方は世界を守らなければいけません。ダンジョンを全て破壊して世界をお救いください』
でも俺スキル無しだぜ?
力も弱いし、経験も無いし、何も出来ない。
それにバカだ。
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