第2話 女の子とダンジョン

 検査までの一ヶ月間は死刑執行が決まった受刑者の気持ちだった。

 1日が過ぎるのが恐ろしく、夕日が怖かった。月を見たら涙がボロボロと溢れ出た。

 俺は死ぬんだ。

 女の子ともエッチしたこともない。

 童貞のまま死んでしまうんだ。

 せめて一回ぐらいはやりたかった。

 それじゃあセックスさせてあげるわ、みたいな女の子が登場して、セックスさせてくれても、二回目もさせてくれ、と俺は懇願すると思うんだけど。

 あぁあぁ、年老いて勃たなくなるまでセックスしまくって、死にたかった。

 酒池肉林に溺れたかった。

 だけど俺はダンジョンに入場を許可された。

 家族には言えない。

 結局のところステータス検査が行われればバレるんだけど。

 だけど言えなかった。

 大切な家族がダンジョンに行く事がわかれば、心がさけるチーズのように裂けまくって息ができなくなるだろう。

 


 放課後、高田ミクと歩いていた。

 彼女は幼稚園からの幼馴染。

 よく俺達は一緒に歩いた。

 別に下心なんて無いよ。

 女の子と歩くなんて普通のことだよ。

 ミクは恋人をダンジョンで亡くしている。

 彼女の恋人は俺の親友だった。

 それ以来、俺達は一緒に歩いて、ミクの彼氏が飲み込まれたダンジョンを見に行った。

 もしかしたら一緒にいる時間が増えれば恋心が芽生えて、付き合えるんじゃないだろうか? と思わなくはない。だって男の子だもん。

 だけど一緒に歩くのは下心だけじゃない。

 俺達の心は傷だらけなのだ。

 傷だらけの十代。ガラスの十代。何をしても傷つくんだ。

 ポニーテールに結ばれた彼女の髪が、歩くたびにユラユラと揺れた。

 女の子特有のいい匂いがする。

 彼女は進学校の制服を着ていた。

 俺も進学校の制服を着たかったけど、頭がアレだったから、そこそこの学校の制服しか着れなかった。ごめんなさい、ちょっとだけ嘘つきました。結構なバカな学校の制服を着ている。

「成長する者っていう称号、知ってる?」

 俺は尋ねた。

「知らな〜い」

 と彼女は答えた。

「なにそれ?」

「次のテストで出てくるような気がしたから」

 冒険者の勉強は小中高の必須科目になっている。

「そんな称号無かったと思うよ」

「ミクが言うんだったら、発見されていない称号なのかもな」

「もしかして光太郎さんは、そんな発見されていない称号を与えられたんですか?」

 ミクがパントマイムでマイクを向けてきた。

 もしかしたらバレたのかもしれない、と思って焦る。彼女は勘が鋭いのだ。

「俺にマイクを渡したら時間ギリギリまでマイクを離さないよ」

 と俺は言って、透明のマイクを受け取った。

「光太郎までいなくなったら、私、うさぎちゃんだから寂しくて死んでしまうであります」

 ハハハ、と俺は必死に笑顔を見せる。

「俺もミクが冒険者になったら、寂しくて死んでしまうであります。隊長」

「光太郎はヒョロイし、運動神経も無いし、バカだし、冒険者に選ばれたらすぐに死ぬよ」

「酷いこと言うな。普通に傷ついております。隊長」

「だから選ばれないように神社にお参りに行ってあげてるんだよ」

「わたくしも選ばれないように祈っておきます」

「もし神様の声が聞こえても耳を塞いで聞いちゃダメよ」

「ステータス検査があるじゃん」

「そんなのは機械の故障だって言い張るべきなのよ」

「……でも、選ばれたらダンジョンに行く義務があるじゃん」

「そんな義務なんて無い」

「あるよ」

「どうして冒険者の勉強が義務教育になってるいるのか知ってる?」

 ミクが尋ねた。

 冒険者の勉強は小学生からするべきものだった。

「知らない」

「訓練しても死んでしまう。つねに人手不足。新しいダンジョンは何のダンジョンかはわからない。冒険者は全員死ぬ。義務教育をすることで冒険者がダンジョンに入る事が義務のように国が演出しているのよ。今まで勉強してきたんだからダンジョンに入りなさい、って言えるようにしているのよ」

 一瞬だけ暗い瞳を見せた彼女は、ニッコリと笑った。

「って、お母さんが言ってた」

「そう」

「だから選ばれてもダンジョンに行っちゃダメよ」

「ウチには罰金を払うお金がないです」

「……それじゃあ選ばれないで」



 目的の地に辿り着く。

 車道に出来たダンジョン。

 異世界に繋がる黒い渦。

 一般人が侵入できないようにフェンスが作られていた。

 フェンスのせいで、ダンジョンは運動場2つ分ぐらい離れたところからしか見えなかった。

 中にはブロックで作られたような仮設ハウスが五つぐらい建っている。

 中には軍服を着た人がいる。

 男の子が憧れそうな軍用車や、ミサイルを発射するための戦車が何台も止まっている。

 ダンジョンの黒い渦は、前にココに来た時よりも大きくなっている。

 それに軍人達も増えているような気がした。

 高田ミクがフェンスを掴んで、ダンジョンを睨んだ。

 俺達は結構な頻度でココに来る。

 大切な友が入ったダンジョン。

 ミクにとっては恋人が入ったダンジョン。

 彼は帰って来なかった。

 だから俺達はココに来る。



 フェンスの中にいた大きな銃を持った軍人がコチラに気づいて、走って来る。

「君達、ココから離れなさい」

 と軍人男性が言った。

 大きな銃は、すごく威圧的だった。

 彼の肌はたまごのようにモチっとしいた。そのせいで威圧的な銃を持っているのが、すごくアンバランスだった。

 今までダンジョンを見に来て注意されたことはなかった。

 もしかしたら警戒レベルが上がっているのかもしれない。

「ここのダンジョンは、いつバーストするかわからないんだ」

 ダンジョンは時間が経てばバーストする。

 バースト後、ダンジョンの中に入っていた魔物が出現するのだ。

 冒険者が倒せなかったダンジョンを軍が倒せる訳がない。

 だから海外の冒険者を呼ぶためにダンジョンの報奨金も高い。

 もしココのダンジョンがバーストすれば日本では十年ぶりである。バーストした時の被害は天災級である。

「離れなさい」

 軍人が怒鳴った。

「私の大切な人が、あそこに入っているの」

 ミクが震える声で言った。

「離れなさい」

「行こう」

 俺はフェンスを掴んでいたミクの手を握った。

 彼女を引っ張る。地蔵みたいに重かった。



 ミクの恋人だった男。神田英二は俺の幼馴染だった。

 中学校までの俺達は、いつも一緒にいる三人組だった。

 だけど二人は付き合った。

 正直に言うと俺はミクのことがずっと好きだった。

 英二だって彼女の事がずっと好きだった。

 ミクは英二を選んだのだ。

 サッカー部のキャプテンで同じ高校に行った英二。

 そりゃあ英二の方を選ぶよね。俺が女の立場だったら英二を選ぶもん。

 でも男は顔だけじゃない。

 っといっても、英二は性格もいい奴だった。

 だから完敗だった。俺は二人を祝福した。

 英二がダンジョンに行く少し前に、俺は英二と公園で喋った。

「もし俺が帰って来れなかったら、ミクをよろしく頼む」

 と英二が言った。

「そんな事、言うんじゃねぇーよ」

「お前なら任せられると思うんだ」

「絶対に帰って来い」

 と俺は英二を見て言った。

「これ」

 と俺は言って、英二の手を握って、ある物を彼に握らした。

「俺の分身だから、コレをダンジョンに一緒に持って行ってくれ」

 俺が手渡した物を英二がジッと見る。

 それは小さいからジッと見ないと一体なんなのかはわからない物だった。

「鼻くそじゃねぇーか」

 と英二が叫んた。

「俺の分身だ。そいつをポケットに入れて持って行ってくれ」

「持って行かねぇーよ」

「ちゃんと乾燥させて、持ち運びやすくしておいたから」

「いらねぇーよ」

 と彼は言って、俺の鼻くそを汚い物でも捨てるように投げた。

「さっきの無しな」

「さっきのって?」

「ミクをよろしく頼む、ってやつ」

「それはよろしく頼まれとく」

「ダメ。お前なんかに任せられない」

「任しておけ」

「お前だけには任せられねぇ」

「それじゃあ帰って来いよ」と俺は言った。

 だけど彼は帰って来なかった。

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