お勉強42 力ある者の謎と新たな旅立ち

「え」

<……>


 聖剣が反応しないまま、更にユグドラシルは言う。


「今の彼等は、力ある者としての“覚醒”が為されていない。痣が薄いこと、それがまだ“覚醒”へと至っていない証」

「ちょ、待って下さい! じゃあ今アイツらが使っている力って」

「到底この先にいる魔物には太刀打ちできない。私とそういう戦闘をしても、倒される気がしないもの」


 山では普通に勝っていたからすげー!って思っていたけど、ゲームで言うところの、初めに覚える能力しか会得していないってことか? 初期がメ〇で、最終がメ〇〇ーマみたいな。


 けどカインが俺に常々「軟弱者!」と罵倒してくるのは、聖騎士として旅立つ前から鍛えてきたことによる、自身の強さに対する自負があったからじゃないのか? エミリアだって使命を果たすために、日々鍛えてきたって言っていたし。

 クリストファーだってまだ土属性の魔法は見たことないけど、多分使えるのだろう。ビルも今まで色々な力を使っているのを見てきた。


<……魔物には、対抗し得る>


 静かな声が耳に届く。


<それぞれが宿している力は、個々として高いものである。己に与えられた力を行使するために、現状は強き者らであると言える。だが、それだけでは魔王はおろか、その直属の配下を倒すことさえ厳しいであろう>

「何で」

<“覚醒”とは、言葉通り力ある者として真に目覚めること。こればかりは力ある者が自身で答えを見つけ出さねばならぬ。外野がどうこう言って為し得るものではない>

「……何だよ、それ」


 知っていたのに言わなかった。突き放した言い方。

 命が掛かっているのに、仲間の筈なのに、どうしてそんな風に言う。


「じゃあ俺はどうなんだ。この世界に来ても、俺に勇者の印なんてどこにもない。自分で何が“勇者の力”かもはっきりと解らないのに。ただお前の波動と、仲間の力があってここまで来れたようなものだろ! 俺自身は言われた通りに穢れを浄化しただけだし、魔物なんて一匹も倒したことなんてないんだぞ!? 俺は早くこんなこと終わらせて、元の世界に帰りたいだけだ……っ!!」


 初めから言っている。

 俺はこの世界の人間じゃない。受験生で必死に勉強を頑張って、そんな風に生きてきた、争いとは無縁の。


 何で俺だけに知らされるんだこんなこと!

 知るかよ。何でこんなことになる。俺自身に彼等のような戦う力がある訳でもない。この世界で生き残るためにはどうすれば良いのか、ただそれだけのために。


<それだけではあるまい>


 聖剣の否定が響く。


<勇者の力。それもまた、“勇者”である其方にしか答えは出せぬ。其方もまた……同じことでつまづいておる>


 同じこと? 俺が何に躓いていると言う。

 ちゃんとやるべきことはやっている。旅をして、守護水晶の浄化だって果たせた。この地に囚われていたものだって。


「……魔王さまは、この世界で魔物達に何も命じない。浄化を果たすべき穢れた守護水晶はあと二つ。考える時間はまだ少しあるわ。貴方も、貴方の仲間達もどうして“覚醒”が為せないのかを考えることね。私もこれに関してはどうしたらいいのかなんて、何も言えないわ。貴方達自身の問題だから」


 ユグドラシルはそう言って、穏やかに微笑んだ。


 教えてくれたことに感謝すべきなのかもしれない。

 けれど、どうせなら皆で聞きたかったとも思う。

 何だこの仲間に伝えるも伝えないも俺次第な感じ。とても嫌や。


 むぅと顔を顰めて、シャラリと音を鳴らす心中珠花クオーレ・ブルームへ視線を落とす。


 一代前の勇者達は、立場があっても目標は一つだったという。

 魔王を倒すということが目標だったのなら、ブレる要素はなかったのだろう。盗賊の王子さまだって、魔物に殺戮を命じる魔王を倒すと考えていたのなら頷ける。


 俺の目標は魔王友好相談で、カインとエミリアは討伐を目標にしている筈。

 クリストファーは討伐というか、どっちかというとその後のことを懸念していて、ビルは……ん? ビルはよく分からないな。彼からは魔王でも世界の歴史でもなく、よく聞いていたのは魔法省のこと……。


「……ちょっと、皆に会ったら今後のことで話し合ってみます」


 一度真面目に腹を割って、話し合った方が良いと判断する。

 ユグドラシル曰く激弱な俺達ではこの先を進んでもどうせ死ぬらしいし、今回みたいにまた仲間内で拗れて分裂バラバラになることは俺としても避けたい。

 俺も素直に魔王友好のことを話そうと思った。誰が地雷かはまだちょっと予測つかないが。


 頷くユグドラシルが、ふとどこかを見た。


「来たみたい」


 その言葉に彼女が見る方へと俺も顔を向けると、ボス部屋から仲間達が飛び出してくる。


「サトー!!」

「カインさ、いってー!?」


 ズンズン向かって来たと思ったら、どうしてなのか蹴られたんですけど!?

 すねを蹴られてしゃがみ込み、痛さにぐおおぉぉ……!と悶える俺に怒声が降ってくる。


「離れた隙に浚われるわ、自分から出て行って浚われるわ、勝手に浚われるわ!! 貴様はどれだけ連れ浚われて、私達に心配を掛けさせれば気が済むのだ!! 浚われた貴様がいつものほほんとしているのはどういうことだ!!」

「蹴らなくてもいいじゃん!!」


 理不尽パワハラオカン!

 くっそ、コイツの俺への蹴り癖を一度真面目に話し合うべきである!


「サトーさま、ご無事ですか!?」

「無事じゃないですカインさんに蹴られました」

「……何事もなかったようで、安心しました」

「クリストファーさん俺無事じゃないですカインさんに蹴られました」


 駆け寄って来たエミリアとクリストファーに訴えても、梨のつぶてでした。話し合い……。

 こんな感じで話し合えるのかとそこはかとない不安に駆られる俺だが、まだ声を聞いていない人物がいる。


「ビルさん?」

「……」


 城で再会した時は飛び付いて来たのに、入ってからそこにただ突っ立って何も喋らない。

 え、どしたん?


 何となくビルから反応がないことに、話し合えるかで感じた不安よりも大きな不安を覚えて、脛の痛みも引いたので俺から近寄る。


「えっと、大丈夫ですか? 来る時何かありました?」

「……」

「ええっと、俺が……というより、トリィがベネロ草採取したんですけど。せっかく採ったものが無駄にならなくて良かったです。あ、いやビルさんが石化して良かったって言いたい訳じゃなくて!」

「サトーは、責めないのか」


 ようやく喋ってくれたが、固い声音と発言内容に瞬く。


「責めるって、何を?」

「俺が傍にいたのに何もできなくて、サトーが魔物に浚われたこと」


 そんなことを言われるが、けど俺を取り返そうとしてきたとゴリピーは言っていた。

 ビルはガッチガチな戦闘要員じゃないし、戦闘においてはサポート要員なので、ゴリピーとトリィ相手じゃ実質一人で相手をするのは難しいと思う。


「状況が状況でしたし。それに連れ去ると言っても、ゴリピーは俺に悪いことなんてしないって言ったんですよね? 目が覚めて問い質したんですけど、連れ去った理由何となくって言われましたよ。それに途中森の中に俺を落としてきたのに気づかなくて、捜してたって馬鹿みたいな話もありまして」


 何だそれアッハッハー!な反応を期待したのだが、シンと静まり返る場に作戦は失敗した模様。


 ……真面目な話、そう責任を感じてほしくないのが本音。

 俺が浚われたのはビルだけの責任じゃないし。この大陸での最初の連れ去りにしても、何故か自分のせいだと言って謝ってきた。


 自分のせいじゃないと責任逃れするよりは自覚して認める方が良いが、彼の場合はそうじゃなくても何だか自分で責任を負い過ぎじゃないか? それも困りものだ。

 取り敢えず今言えることは。


「次! 次頑張りましょう! 俺も聖剣しっかり持って、波動で弾いて浚われないように頑張りますから!」

<盗賊の力でずっと気配を消しておけば、気づかれることもあるまい>

「俺は元から他力本願だけど、自分でやる気満々だったのに何で急に他力に走るん?」


 よく考えたらビルの力が必要ということを言いたかったのかもしれないが、俺には面倒臭くなってもうやーめたみたいに聞こえた。

 しかし俺の突っ込みを聞いて、ビルが「ブッ!」と噴き出す。


「ほんっとサトーって……! 考えてんのかそうじゃないのか、よく分かんないヤツだな!」

「心外です。いつも考えてます」


 いつ勉強時間確保するかとか、カインから蹴られないようにするにはどうしたらいいか、とかな!


「分かった! 俺、次頑張るな!」


 明るい声で言うビルにホッとし、エミリアも安堵した様子で小さく教えてくる。


「ビルはずっと自分のことを責めていました。ここに来るまでも、ずっと黙したままでおりまして」

「そうなんですか?」


 何と言うか、見た目とのギャップが激しいな。

 目出し帽で笑い上戸の真面目って。


 取り敢えず俺が無事であったことに皆安堵しており、ユグドラシルへの敵対心は特に抱いていないようだった。

 一応理由を訊ねてみたがコールドワークでのことに続き、彼等も今回の一件で人族と魔物のことで深く思うところがあったらしく、特にここに来るまでも魔物からスルーされたことから俺は無事だろうと考えていたそうだ。


 それに加え、入り口でゴリピーとトリィが気持ち良さそうに日向ぼっこしているのも目撃したと。良いよな、アイツらは自由で。

 話を聞いてげんなりしていると、「勇者」とユグドラシルが話し掛けてくる。


「そろそろ、この大陸からは出た方がいいわ」

「え? でもさっき時間はあるって」

「次の大陸に向かうまでの間に考えなさい。距離は充分にあるわ。下にいるハーピーとコカトリスに海に面している場所まで運ばせるから、早く行って」


 言われる内容に疑問しかない。

 さっき女王にも遠回しだけど大陸から出ろって言われた。何でこんなに早く出て行かせたがる?


「でも俺、まだトールにも――」

「……サトー殿。現王家の人間は私とカインで拘束し、牢へと繋ぎました。貴方が浚われたと知り、王子殿下からも早く行くようにと。そして、サトー殿に対して伝言を預かっています」

「伝言?」

「『勇者殿。最初は敵対しても魔物と心を通わせた貴殿であれば、御身は無事であると信じている。僕が救えなかった存在を救出してくれて、感謝の念に絶えない。勇者殿は――』


『勇者殿はこれから他の地へ、それが使命であるから行かねばならない。僕も貴殿の教えを胸に、シルフィードの王族として新たに道を進む。我が国のことは、僕が王子として始末をつけるから心配は無用だ。……いつかまたこの地へ、国へ訪れることがあったらぜひ顔を見せに来てほしい。最初は剣で出迎えてしまったが、今度はちゃんと歓迎しよう。健勝であることを、祈り申し上げる』


 ……トール。



『後のことは……未来はこの地に棲む者らの問題。それぞれが過去を背負って、これからを生きていく』



 女王の言葉を思い出し、頷く。

 うん、大丈夫だ。トールはちゃんと、“王族”として正しい道を歩く。


 顔を上げて、ユグドラシルを見つめる。


「色々ありがとうございました」

「感謝するのは私達の方よ。こちらこそ、救ってくれてありがとう」


 微笑み合って礼をした後、仲間達と一緒にショートカット魔法陣に乗って聖域の入口へと戻る。

 聞いた通り暢気に日向ぼっこをしていた魔物達は、俺とクリストファーをゴリピーが、エミリアとカインを本来サイズに戻ったトリィが運んでいく。ビルは自分の持つ力を使用して付いてきた。


 そうして最初に上陸したコケコット村の近くではなく、森をその反対方面に抜けて着いた場所で降ろされる。

 そして何とそこには、コールドワークの貨物船よりも立派な造りの船が浮かんでいた。


「え、どうしたんですかこれ。どこかから盗んできたんじゃないですよね?」

「失礼しちゃうわァ! これはね坊や。クイーンハーピーさまが旅立つ坊や達のためにせっせと造っていらした、特製も特製のお船よ!!」

「女王の器用さが半端ない!!」


 トリィもそうだけど、女王は女王で一体何を目指している!?

 つかいつこんなの造る時間あった!? だって話すようになってから、日にちそんな経ってないじゃん!


 「クイーンハーピーというのは、このような特技があるのですね。初めて知りました!」とエミリアが言っているが、多分それはあの女王だけだ。クイーンハーピーという種で括ってはいけないと思う。


「……これで坊やともお別れねェ」


 ポツッと言葉が落ちて見れば、寂しそうな顔をしていた。

 トリィもミニサイズに変わっていて、けれどもう俺にアタックもジャンプもしてこなかった。


 ……色々と濃かったよな。上陸してからめっちゃ色んなことあった。

 たった数日だったけど、強い繋がりが出来た気がする。


「ゴリピー、トリィ。ありがとう」

「水臭いわねェ。こちらこそ」

「コッコケ!」

「『また来いよ!』って」

「うん」


 言葉を交わして船に乗り込む。

 甲板に移動して、陸から飛び立ったゴリピーの翼がゴウッと風を起こした。


「またなー!」


 手を振って、彼等に別れを告げる。

 思いの外風の勢いが強く、船が陸からあっという間に離れて、姿が見えなくなるのもすぐだった。


<勇者>

「ん?」

<彼等に伝えるのか?>

「……伝えなきゃダメだろ」


 聖剣から問われたことに感傷もままならず、現実が目の前にやってくる。

 力を持つ者の“覚醒”のこと。このままでは俺達は死ぬかもしれないこと。


 以前に見せられた地図とルートのことを話した時を思い返す。

 森の聖域の次は確か――火の聖域。

 魔物が暴れて、一つだった島が四島に別れたっていう。


 とてもとても行きたくないが、行かなければ浄化できない。

 しかも暴れて島分断させるような魔物がいるとか、本気でユグドラシルの言う通り死んでしまうかもしれない。何てことや。



 そうした決意をし、“覚醒”していない理由について翌日皆と話をして――――その翌日。




「…………なんっでこうなるん!? どういうこと!? マジで何でこんな自由なん!? 嘘だろこれ本当もう何なん!?? もう知るか元の世界に帰らせろおおおぉぉぉーーーーっ!!!」




 そう言って、船の中でド憤慨する俺がいた。

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