お勉強36 魔道具の正体と穢れの影響

 一斉にトールへと向けられた視線に彼は青褪めながらも、唇を震わせて必死に伝えてくる。


「守、守護水晶もユグドラシルというものも僕には分からないが、魔道具が何なのかは、分かった!」

「魔道具?」


 首を傾げる俺に、エミリアが説明してくれる。


「この城には魔素を吸収する魔道具が存在していると話しておりました。城下に到着した時に、クリストファーが魔力を吸収されていると」


 なるほど。

 結界じゃなくて、魔道具の効果だったのか。

 確かにエミリアと聖剣の結界は、魔素吸収しないもんな。……あれ?


「え、それなのにクリストファーさんあっちに行ったんですか!? 大丈夫ですかそれ!?」

「大丈夫だろ。俺も動けているし。で、王子さまは宝物庫の何が魔道具って?」


 ビルが問い掛けると、トールが再度口を開く。


「この剣は、生きているのだろう? 自ら動いていたし、勇者殿とも繋がっているという。なら、他の武器だってそうかもしれない」

<そのような特別な存在は、我ぐらいしかおらぬ!>

「盗賊殿の扱っている武器は、短剣と見受ける。先代の盗賊がもし同じ武器を扱っていたのだとすれば、宝物庫に短剣を掲げる彫像がある。あれは同一の作りではない。短剣と彫像の本体は、別個のものだった!」


 ビルが手に持つ短剣を見、俺は昨日読んだ日記帳の内容をふと思い出した。



『俺が旅立つ故、サウザスは一人、この森を人族側の立場で守らなければならない。俺がシルフィードを不在にする間、ある懸念を失くすため、サウザスにあれを託そうと考える。俺のためにと作られたものだが、国を、物心ついた時からの遊び場であったこの森を想う気持ちを、彼も理解してくれる筈だ』



 サウザスに託した、あれ。


 魔法師が魔防具を作れるのなら、魔力を宿した武器だって作れる筈。

 旅立つ王子さまのために作られた物が魔物を退しりぞける効果が付与された短剣で、森を守る役目を負ったサウザスに、それを託したのだとしたら。



 王子さまの心配事が何なのかは分からないが、森を守りたいと、王子さまがサウザスに託したその想いを――サウザスが裏切ったのだとしたら。



 待て。そもそも何でサウザスは一人で森を守らなければならなかった?

 森を王子さまと守っていた。遊び場だったから。

 いや、それだ、け――……。



『……勇者殿なら、救えるのか? あの声を』


『管理者の一族は、魔物ともある程度は渡り合える力を授けられているとも聞いているわ。だからこっちも変に手出しできないって伝えられていて』


『先代は忌々しげによく口にしていたわ。「身の程を弁えぬ愚者どもが、世の理に逆らいおった!」ってね』



 ――――ああ、そうか。だからなのか。



 繋がった。

 繋がってしまって、ギュウゥッと、心臓が締めつけられたような気がした。



<……勇者>


 聖剣の声が頭に響く。

 どうして耳じゃなく、頭の中に響かせた。


 ……どうしてこんな人間達のために、俺達は旅をしている? 魔王を討とうとしている?

 争い続けて、平和なんて訪れはしないのに。

 誰かの想いを踏みにじって得る、そんな、そんなもののために守護水晶の穢れなんて、



 ――こんな最期を知るのならっ、穢れなど浄化しなければ良かったんだ!!!



 浄化しなくても、いいんじゃないか?



「勇者殿」


 トールが俺をジッと見つめる。

 青褪めていながらも最初に出会った時のように、その身に覇気を纏わせている。


「僕はずっと、助けを求める声を頭の中で聞いていた。ずっと僕が助けなければと思っていた。でも、僕の力じゃ助けられない。本当はこうして、誰かに助けを求めなければいけなかったんだ。それが僕の役目だった。勇者殿、お願いだ」


 クシャリと顔を歪め、涙がポロポロと零れ落ちる。


「声が消えかけている。ずっと僕に助けを求めていた声が。ずっとずっと、長い間ここに囚われているあの声の主を、救ってほしい……!!」


 ――救って



 聞かれた。救えるのかと。

 何のことか分からなくて、あの時は答えられなかった。


 トールは良いヤツだと俺は思った。

 良いヤツだから、声が聞こえた。


 きっとトールに助けを求めたのは、必死に願っていたのは――……。



「……一緒に行くぞ、トール!」

「え……」


 トールに向けて手を差し出したものの、うろたえて動かない彼に更に言葉を重ねる。


「俺達だけじゃ、宝物庫の場所なんて分からない。トールが一緒じゃないとすぐに辿りつけないぞ! ……あの時の問いの答えだ! 俺達で救うんだ!!」

「っ!!」

「勇者じゃ何もできない! 言っただろ、協力し合わないと生きていけないって。ほら」


 催促さいそくして再度手を前に出すと、泣きそうだった顔を引き締めて俺の手を取る。


 そのまま引っ張り上げ……上げ…………溜息を吐いたゴリピーが飛んで、芋づる式に浮いた身体をトリィの上に乗せてくれた。格好つかない俺ェ!


 ちなみに状態としてはトリィの上の前後に俺・トールのニケツで、俺の肩にゴリピーが直立で捕まっている。どういう図。


「あ、トリィ大丈夫か? 俺達乗って重くない?」

「コケコ!」

「『そんな軟じゃないわ!』って」

「ありがとう! よし、今度こそ行くぞ! トールどっち行く!?」

「ま、まず扉から出て直進して右だ!」


 大きくなって歩幅も広くなったので、走ったらかなり速い。

 ビルは自身とエミリアに盗賊の何かの力を使って、ちゃんと俺達の後を走って付いて来ていた。


<穢れの気配が近くなっておる>


 聖剣が伝えてくるがより気持ち悪さが増してくので、近づいていること自体は俺も分かる。


 ……めっちゃくちゃ気持ち悪い!

 マジで吐きそう! 水のダンジョンじゃこんなに気持ち悪くならなかったぞ!?


 エミリアの様子も確認したいが、振り返るだけでもう口から何かをオロロロロしそうなのでできない。

 走る振動に耐えるだけで精一杯な状況。


 トールの案内であれでも大分移動した俺達は、ようやっと宝物庫へと辿り着くことができた。

 ここでエミリアを見ると、やはり彼女も大分顔色が悪い。片手で口を押さえている。


 トールが降りて懐から鍵らしきものを取り出して挿し、重厚な扉を開けたその瞬間。


「「うっ!」」


 俺とエミリアから苦悶くもんうめきが漏れ、咄嗟に俺も口を押さえた。


「坊や! 聖女も大丈夫!?」

「どうした!?」


 ゴリピーとビルから声が上がるが、ちょっと説明が難しい。絶対オロロロロする。


<勇者! 我を手にするのだ!>

「ト……トール……聖剣……返して……」

「あ、申し訳ない!」


 あまりの吐き気に聖剣の指示に従って途切れ途切れ要求したら、素直なトールはちゃんと返してくれた。

 そして手に持った瞬間、とてつもない気持ち悪さは少し緩和かんわした。でも吐きそう。


「穢れ……は、確かにあの彫像から、感じます」

「はい。ごめんトリィ、あれ蹴って」

「ケケッ」


 短剣を持つ彫像をトリィが蹴り、床と衝突した衝撃で砕けて、その中から真っ黒なもやに覆われた水晶がゴロリと出てくる。

 くっろ! 真っ黒なんだけど!?


 浄化前の守護水晶(紫)と比較するまでもない、グロい程の黒さに絶句する中、聖剣が推測する。


<恐らく短剣の効果は、魔素を吸収するのみ。溜め込むことはできぬ。ならば森の魔物等から奪ってきた魔素の流れ先は、近くに在る特別な力ある存在へと向かうであろう。盗賊よ、魔道具たる短剣を手にし、吸収の効果を止めるのだ!>

「俺が!?」

<その短剣が盗賊のために制作されたのであれば、盗賊である其方の力で止められる筈!>

「分かった!」


 彫像の手から離れて転がった短剣をビルが手にして、暫く。

 彼がハッと小さく息を吐いた。


「……止まった、と思う。もう魔力が抜けていかない」

「……あら、ホントだわ。あああ良かったァ~」


 ビルの言葉を受けて恐る恐るゴリピーが俺から離れてみて、本当に魔素吸収が止まったようで心底ホッとしている。


 俺もトリィから降りて、エミリアとともに水晶へと近づく。


「エミリアさん。森のダンジョンのボスはユグドラシルという魔物で、前の勇者達が大陸を離れた時にダンジョンから消えたと、魔物達から聞いたんです。大陸の緑が枯れているのは穢れのせいじゃなくて、元々枯れた大陸に魔素を繋いで、緑に変えたユグドラシルが消滅しかけているからです」

「え、そうなのですか!? でしたら、では穢れの影響は何に」

「穢れは……」


 絶対悪だと、そう思っていた。

 けれど今回は人間側が悪くて、穢れの影響は何に作用しているのか。


 守護水晶が悪しき者から自分を魔物に守らせていると知って、考えた。


「穢れは多分、ユグドラシルを守るためのおりです。大陸の地を守護している水晶と、命を繋ぐユグドラシルは切り離せません。一番近くで魔素を奪われていたユグドラシルがずっと生き長らえてこられたのは、奪われた魔素を取り込んだ穢れが、ユグドラシルを守るための壁となっているからだと思います」

「じゃあ坊やの推測だと、ユグドラシルさまは」


 頷き、黒い水晶を見つめる。


「はい。……多分、水晶の中に」


 今回の浄化は一筋縄じゃいかない。


 本当に何でただ穢れを浄化するだけのお仕事が、こうもハードな展開になるのか。

 ただ浄化してはい終わり次ー!にしてくれよマジで。


 カタリ、カタリと、水晶がひとりでに揺れ始める。



 ――来る。



 エミリアも察知して杖を掲げて詠唱し、淡い白の光で周囲を内包して穢れに備えた。

 そして。


 自分を浄化して消滅させんとする存在に向かって、怒涛の勢いで漆黒の靄を放出し始める!


<勇者!>

「分かってる!!」


 こればかりは魔防具でも防げない。

 掴もうと伸ばす手に断続的に針を無数に突き刺されるような凄まじい痛みを受けながら、必死に黒い水晶を掴んだ。


 ドポッと溢れ出た黒が俺を呑み込み、暗黒の世界へと誘う。




 た  す  け  て




 意識が途切れる瞬間、どこかで聞いたような声が、聞こえた。

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