お勉強35 その常識が通用するのは人間だけ

 シルフィード城を目指して大樹から飛び立ち、遂にその真上に到着した俺達だったが、勢いだけで具体的にどういう風に城に入れてもらうかは深く考えていなかった。

 仲間が先に到着していたら勇者って言えば大丈夫だと思うが、まだ到着していない場合の方法はノープランである。


「えっと、ゴリピーとトリィは入れないんですよね? 取り敢えず予定通り俺だけ行ってくるので、どこかの地面に降ろして下さい」


 無理に入ろうとしたら、結界の力で魔素を吸収され尽くして消滅してしまう。


 だから飛び立ってから何でトリィまで来たのかと首を傾げたが、多分俺と離れるのが寂しいから付いて来たのだと考えて、受け入れることにした。

 村からずっと俺に付いて離れなかったもんな……(集中砲火だったけど)。


 そう思いながらゴリピーに話し掛けるも、「……あらァ?」と不思議そうな声を降らせている。


「ゴリピー?」

「……何か、平気なんだけど」

「え?」

「コケコ!」

「あら、トリィちゃんも? どうしてかしら。いつもぐぃーん!って吸われるのに、全然大丈夫よ!? 魔素が吸収されていかないわ!」

「ええ??」


 どういうことなん。

 吸収されていた時と今って何か違うもの…………え、俺?


「何てことかしら! これも勇者の力なのかしらァ!?」

「いやいや、何でもかんでも俺のせいにされても困……あ」


 一つの可能性が頭に降りてきた。


 仲間以外の攻撃はクリストファー作魔防具により、貫通しない俺。トリィのアタックや毒視線、ゴリピーの羽飛ばし攻撃も無効。

 であれば、勇者の変な力とかじゃなくて、魔防具の効果で魔素の吸収も防がれている……?


 もしかして俺の身体に触れていることにより、ゴリピーとトリィは俺の装備品扱いになっている?

 魔防具さん(思わずさん付け)はそう見なして、俺の他の装備品まで守ろうとその耐性能力(耐性とかじゃなくて最早無効化)を発揮している?


 ……クリストファーの有能さがとんでもねぇ!!


「多分これ賢者の力です! 賢者のクリストファーさんはとってもデキる男なんです!!」

「賢者とんでもないわね!?」

「とんでもないんです! それで、俺と離れなかったら多分、魔素が吸収されることはないと思われます!」

「坊やすごい! さすが勇者!」

「はい! ……いや俺何もしてないわ」


 全部クリストファーのおかげだわ。

 思っちゃいけないけど、エミリアがブラックしてくれて良かったわ。


 幼馴染達がすごい人物ばかりだったから、俺はいつも身近でそのすごさに触れてきた。

 だから自分の身の程はちゃんと解っているので、褒められても勘違いしたりはしない。そりゃ正しく俺自身の力で為したことだったら喜ぶけど。


 しかし余程テンションが上がっているのか、ゴリピーがとんでもないことを言い始めた。


「ねぇねぇ。今までのさ晴らしに、ちょっと暴れてもいいかしらァ?」

「え? ダメに決まって――」

「コケッコッコ。コッコケコッコケ、コケッコッコー!」

「そうよね、トリィちゃん!」

「トリィ何て言った!? 通訳! 通訳!!」


 腕に抱えているトリィまでがウキウキしていそうな様子に、とてつもなく嫌な予感しかしない!

 そりゃ長年魔素奪われて動けなくさせられて、ユグドラシルの件もあって鬱憤うっぷん溜まっているのは分かるけど!


 慌てる俺にゴリピーが「うふっ♡」と笑い、背に悪寒が迸った。


「『皆で乗り込めるじゃん。あそこに勢いつけて落ちてって、窓突き破ってやろうや!』って」

「何そのどっかのチンピラが言いそうな台詞!? ダメ! ノー! 人様の家を訪ねる時はちゃんと玄関から入りましょう!!」

「ヤダァ、それ人族の常識でしょォ? アタシ達ィ、魔物だしィ」

「コッココォ」

「魔物側いらんチーム力発揮すな! ……え、ちょ、本当やめて。こんな高いところから落ちたら、俺死ぬかもしれない」


 ギャアギャア騒いでいる内に、ゴリピーはより高い位置へと飛翔していた。

 真下を見下ろした俺の顔から血の気が引く。


 ゴマ粒! お城デカい筈なのにゴマ粒なんだが!

 どんだけ高いところから落下する気なん!?


「高い高い! 怖い!! 落ちたら死んじゃう!!」

「えー? もう、しょうがないわねェ」


 駄々っ子を宥めるような声を発した後、グッと身体が上に引っ張られた。


「じゃあ落ちる時はアタシの翼で坊やを包んで、ガラスが刺さらないようにしてあげるから」

「そういう問題じゃない! ゴリピー! ゴリピー!?」

「コッココォー!」

「いっくわよォー!」

「ちょまっ! 暗い! 前が真っ暗! 落ちっギャアアアアアアァァァァァァ!!!」


 上に引っ張られた感覚は足を曲げたからで、翼で足を抱えるようにしてゴリピーが丸まった体勢になったのだと、ギュオオオオオーーーーッッともの凄い空気を切る音が落下と同時で、状況を無理やりに理解させられる。

 もうほんっとこの世界のヤツら、俺の話聞いてくれねえぇぇ!!


 まるで終わりのないジェットコースターに乗せられている感覚。内臓が浮いて今にも口からこんにちは!しそうな……。

 気を失って次に目が覚めたら、自分の部屋で寝ていて、今までのこと全部夢でした!ってなっていてくれ頼むから。


 よし、失神しようと決めたその瞬間にガッシャーーーーンッッッ、と近くでガラスを割る音がしたと思ったら、バッと急に視界が開けて急激な落下も止まる。


 ……浮いていた内臓が唐突に戻ってきて、とても気持ち悪い。うえぇ。

 ……しかも真っ暗だった視界も急に明るくなって、とても目に優しくない。うえぇ。


「……あー、あともうちょっとで地面とこんにちは♡するところだったわねェ」


 絶賛グロッキー中の俺の頭上からそんな暢気のんきな声が降ってきて、ブチッと何かの神経が切れた気がした。


「死ぬかと思った。死ぬかと思った!!」

「コケコッコォ」

「『怖がりすぎぃ』ですって」

「俺はただの人間なの!! 普通の人間は普通に死にます!!」

「生きてるじゃなァい。てか勇者なんだから普通じゃないわよねェ」

「コケッ」

「勇者を人外みたいに言うのやめてくれます!?」


 もうヤダ何なん!?

 キングにも魔物が化けてると勘違いされたし、同じ人間にもお化け釜とか言われるし!


 あと従者とか付き人とかも言われるし!

 雑魚勇者だからって、何言っても許されると思うなよ!?


「勇者殿!!!」


 と、俺を呼ぶ声があったのでグロッキーでも何とか顔を上げて見ると、何とトールが今にも泣きそうな顔でそこに立っていた。


「あ、トールだ。無事に帰れたんだな! お帰り!」


 知っている顔があったので何気なくそう返すが、勇者と言われたことをふと疑問に思う。


 何でトールから勇者って言われるんだ?

 従者って勘違い……あ、うわ皆いるじゃん。

 何か気まず! それに何で武器構えて……あっ!!


「違っ、違いますよ!? 確かに連れ浚われましたけど、酷いことは何も(今あったけど)されていませんから! むしろ酷い目に遭ったのは、女王からボロ雑巾にされたゴリピーの方で!」

「サトー!!」

「え。わ、ビルさん!?」


 俺の装備品となっている魔物達への攻撃かと慌てて弁明していたら、ビルが跳んで俺に抱きついてきた。

 間に挟まれて潰されるトリィが、「コケェ!?」と鳴く。ていうかこういう再会の場面で抱きついてくるのは、エミリアの役目では。


「何なんだよサトーは!! 連れ浚われた癖に、どういう登場の仕方してんだよ!? 本当に、本当にっ……ゴメン! 俺のせいでゴメン……!!」

「え? ええ??」


 怒られているのか謝られているのか、どっちやこれは。てか何でビルのせい?


「いや、俺は聖剣のせいだと思います」

<何故に我!?>

「お前が石化解除の方法をベネロ草限定で言ったからだろうが!!」


 お前だけは絶対的な有罪や!

 カインへと視線を向けると、彼の石化はちゃんと解除されて動いている。うん、良かった。

 エミリアもトール同様泣きそうな顔で安堵しており、クリストファーはフードだから分からん。


「なっ、何故魔物が城に……!? 結界で阻まれている筈だぞ!?」


 混乱しきった声が聞こえたので見れば、ソルドレイクでの出立式で見たような、玉座に王様と王妃様みたいなのがいた。

 あ、ヤッベ。もしかして挨拶中だったのか?


「すみません! 俺は玄関から入ろうってちゃんと言ったんですけど、コイツらがどうしても窓を突き破るって言って聞かなくて」

「サトー、シルフィード王家は敵だ。俺らと第二王子は囲んでいる騎士達に、いま殺されそうになっている」

「え」


 ヒソッと耳元に呟かれた情報に目を見開く。

 頭に一瞬内容が入ってこなかったが、すぐに照らし合わせて理解する。


 ……エミリアが守護水晶の穢れを感じ取って、どうしてここにあるかを問い質した。

 悪事が露見したコイツらが口封じと守護水晶を奪われないように、ここで勇者パーティを始末するっていう。本当にそういうことなのか。

 ……でも、何でトールも殺そうとしてんだ!?


「エミリアさん、守護水晶はここにありますか!?」

「は、はいっ! 穢れの気配を感じます!」

「俺もです! シルフィード王!!」


 落下したグロッキーのせいもあるが、覚えのある気持ち悪さがここに来て、ずっと纏わりついていた。

 蔓ポシェットから偽水晶を取り出し、それを皆に見せるように掲げる。


「森の聖域にあったこれは偽物です! 本物とユグドラシルさまはどこですか!!」


 突きつけ、魔物が入ってきたことに動揺していた壇上の人物達はしかしすぐに落ち着きを取り戻して、俺を睨んでくる。


「魔物の手先め! しかし侵入して来たからと言って、弱体化はしている筈! 皆の者恐れるな!! 人数では圧倒的に我々が有利なのだ!!」

「そうかしらァ?」


 王の言葉を受けて殺気立つ騎士達に向け、今まで様子を見ていたゴリピーが笑いを含ませて言う。


「坊やと引っ付いていたらアタシ達、大丈夫なのよねェ。――――トリィちゃん!」

「コケッ!!」

「わっ!?」


 腕に抱えているトリィが力強く鳴いた瞬間、その小さな身体がグンと成長し始めビルが咄嗟に離れて、自然と俺はトリィの首にかじりつく体勢となる。

 成長したトリィの身体は馬ほどの大きさとなり、ガシッガシッと太い鳥足を床に擦り削って威嚇いかくした。


「トリィ!?」

「んふふ。これがトリィちゃんの本来の姿よ! 今まで最小限に魔素を押さえていたからあんな可愛い姿だったけど、森に生きる魔物の中で今や二番目に長く生きている魔物なのよ? 魔素の吸収さえ解決してしまえば、森の陸地でトリィちゃんに適う存在なんていないわよォ!」

「ヤバいトリィ何て頭良い鳥!」


 鳥頭とか言ってごめんな!

 ん? あ、そうかだから女王も通訳してくれたんだ! 女王ハーピーより歳上の鳥だから!


 俺とゴリピーを乗せたままジャンプしたトリィがドスンと床に大きな衝撃波を生み出し、足を取られた騎士達が体勢を崩したところで、大きく太くなった青緑色の尾で一気に薙ぎ払って壁へと叩きつける。

 運の悪いヤツは窓を割ってその向こうへと飛ばされた。


 仲間達はちゃんと対応しており、トールも聖剣が衝撃波を弾いたのか無事だ。


「あっ、逃げていきます!」


 エミリアが叫ぶことに反応して目線を追えば、壇上に居た筈の人間が慌てて逃げていく姿があった。


「私が追う! その魔物達がお前に従っているのなら、サトーは聖女さまと共に守護水晶を捜せ!」

「……私も聖騎士と共に追います!」

「分かりました!」


 カインとクリストファーが追い、残った人間で守護水晶を捜す。


「トリィ、ゴリピー! 多分ユグドラシルさまは、守護水晶と同じ場所にいるんだと思う! 重要なものを別々に隠しているとは思えない!」

「ケコ!」

「アタシもそう思うわ!」

「よし、じゃあ捜しに――」


「――――宝物庫だ!!」


 遮って声を上げたのは、立ち尽くしているトール。

 強張った顔をしている彼の視線は、ビルの握っている短剣へと向けられていた。

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