休憩時間 王子は勇者という衝撃に出会う 後編

「……っ!?」

「クリストファー? どうなさったのですか」

「何だ?」


 初めて野宿というものを経験して早朝の時間帯に城下へと戻ってきた時、賢者殿の様子が変わり、それに気づいた聖女殿が彼に問う。

 彼は手に持つ杖をグッと握って何かに耐えるような様子でいて、その顔が向く先は――――僕の住まう、シルフィード城。


「これは、魔素の吸収?」

「……王子さまさ、城の結界の話ってガセ?」


 盗賊殿に話を振られ、首を横に振るう。


「いや。僕が生まれるより前に、城には結界が張られている。僕はその源が、どこにあるのかまでは知らないが」

「結界ですって……? そんな筈はありません! 結界は光属性の力を持つ者にしか扱えない筈です!」

「え? いやしかし、実際に僕は昨日襲われるまでは、一度も魔物を目にしたことはなかったのだが」


 有り得ないと言われても、そのような話は初めて聞いた。

 光属性の力を持つ者にしか、できないことなのか?

 だって結界は、ものなのではなかったのか?


「……身体に巡る魔力が、魔法を発動してもいないのに抜かれていきます。これでは魔法師はおろか、魔素で全てを構成されている魔物は確かに近づけない」

「私と聖剣オルトレイスの展開する結界は、浄化の力を纏ったものです。魔素を吸収する結界なんて、そんなの、聞いたこともありません!」

「魔物を寄せ付けないものが結界じゃないってんなら、じゃあもう原因は一つしかないだろ」


 結界ではない?

 盗賊殿へと答えを返したのは、聖騎士殿だった。


「魔道具か」

「ああ。そういう効果を発揮する魔道具、魔法師は作れたりすんのか?」

「……かなり能力に優れ、魔力量の多い魔法師でない限り、そのようなものを制作することはできません。私でさえ失敗する確率は高い」

「で、では、もし過去にそのような人物が存在していたとして、制作に成功した可能性は」


 思わず話に口を出してしまったが、その問いに対して賢者殿は。


「……あります。過去に存在していた人物で制作に成功していたと推察されるのは、歴史を振り返ってもただ一人。先代賢者である、アイルしかいないでしょう」

「先代賢者。……私達の一代前の勇者とその仲間はとても強く、長い歴史の中でも最速で魔王を討ち取ったとされています。魔法師でも前線で活躍し、彼は魔王討伐後も最後まで勇者の傍で彼を守り抜いたと。先代聖騎士は勇者と故郷を同じくとし、聖女もまたアルガンダ国領内の村出身で、先代盗賊はこのシルフィード国の王族であったと」

「え?」


 先代の盗賊が……この国の王子だった?

 疑問の声を発した僕に聖騎士殿が反応する。


「どうした。先代勇者らの話は有名だろう」

「僕は。僕はずっと歴史書を学んできた。王家の系譜けいふを辿ってもそのような人物の記載など、どこにもなかったぞ!? 勇者の仲間であったなど、そんなほまれ高きことは記されていなかった!」

「何?」


 場が静まり返り、チッと舌打ちが聞こえた。


「チンタラしてる暇なんてないぞ。クリストファーはどうする。動けんの?」

「……問題ありません。貴方こそ大丈夫なのですか」

「平気。俺も勝手に抜かれんの苛つくけど、動ける」


 彼等がそう確認し合った後、城へと歩みを再開させたものの、僕の頭はグルグルと先程の話に囚われたままだった。


 シルフィードの王族が先代の盗賊であったなど、知らなかった。

 禁じられる以前に何度も確認したから、見落としていた筈がない。

 それに城に張り巡らされているのは結界ではなく、魔道具の発する効果によるもの?


 ならばどれが、何が魔道具だ。

 宝物庫には確かな宝物かガラクタしかなかった。それらしいものなんて、何も。


 そんなことを考える間にも、遂に城へと辿り着く。

 僕が一日不在にしていたことに気づいて騒ぎになった様子はなく、それどころか門兵が僕を見て目を見開いたことで、今発覚したという有様であった。


 まぁ、そうだろうとは思っていた。

 既に世話は付いておらず、食事は僕のみ自室で摂るようになっていたから。

 部屋の扉を開けて差し入れられるだけで、残された食事を見ても今日は食べなかったのかぐらいにしか思われなかったのだろう。


「我々は魔王討伐の旅の最中、貴国の王子殿下を保護した。私は聖騎士であり、ソルドレイク国領アルベリオ辺境伯家が次男カイン=アルベリオ。聖女であらせられるエミリア王女殿下と共に以前賓客として招かれたことがあるが、覚えはあるか」

「は、はっ! 存じ上げております!」

「無礼は承知で申し上げる。謁見を申し入れたいのだが」

「すぐに確認して参ります!」


 門兵は慌てて城内へと入って行く。


 昨日のことだが、聖剣と勇者殿は繋がっているらしく、勇者殿も城に向かうと知った彼等はひとまず城に滞在することを話していた。

 僕が堂々と案内できればいいのだが、父上と兄が認めないだろう。きっとまた叱りを受ける。


 そして騎士団長と宰相がすぐさま飛んできて謁見を受けること、いま暫く王陛下らの準備が整うまで待って頂くため、貴賓室へと案内する旨を伝えてくる。

 僕に関してはやはり衛兵が部屋に戻そうとしてきたが、しかし聖女殿から発せられた思わぬ言葉で、それを止められた。


「申し訳ありませんが、トール王子殿下と共に待たせてもらいます」

「しかし、王女殿下」


 宰相が困惑の表情を見せても、聖女はニコリと有無を言わさぬ微笑みで続ける。


「魔王討伐の旅を終えた後、国同士の和平のために親交を重ねておきたいのです。第二王子殿下であらせられるトール殿下の国に対するお考えを、ぜひお聞きしたく。私も将来母国・ソルドレイクの女王となる身ですから」


 大陸は離れているとは言え、ソルドレイクの方が国力は格上。

 時期女王となる方の言葉に逆らうことはできず、僕は彼等とともに貴賓室へと共にすることに。


 部屋に入っても聖女殿は人払いを願い出、この場には僕以外のシルフィードの人間はいない空間が作り上げられる。

 柔らかなソファに皆が腰掛けた後、「さて」と聖女殿が口を開いた。


「トール殿下。これは一体、どういうことですか」


 柔らかな笑みを消し、厳しい顔つきで告げられたそれに何のことかと瞬く。


「どういうこと、とは」

「まだ城下では魔道具の効果ゆえか薄ら感じる程度でしたが、はっきりと感じ取れます。ダンジョンを訪れなければ感じることのない筈の穢れの気配が、何故この城内から感じるのでしょうか」


 僕以外の三人が一斉に聖女殿を向く。


「それは誠ですか聖女さま!」

「はい。聖域でもダンジョンでも、力ある者しか入れません。それ以外の何者も立ち入ることが不可能な場所にしかないそれが、どうして守護水晶の穢れが、こんなに近くで感じ取れるのです!?」

「はっ? ……待て。そういや城下の植物は枯れてなかったよな? 木も葉が茂ってた。おいまさか」


 何のことだ。一体何の話をしていると言うのだ!?

 知らない。僕はそんなこと、知らない……!


 何がどうなっている。

 何故城下以外の植物が枯れているのか。守護水晶のことは知っている。

 あれは本来聖域に存在している、至高の宝珠。


 それの気配が城内にある?

 馬鹿な、有り得な……。


 ハッとした。

 そんな筈はないと思うのに、その考えが浮かんでくる。

 僕の頭の中で聞こえていた、助けを求める声。あれはまさか……守護水晶の声だったのか?


「……力を持つのは人間だけではない。土地を守護している守護水晶でさえ、欲望の対象ということでしょう」

「! 父上や兄は、そんな考えではっ」


 違う。どうして、人間と魔物が共存していた歴史が途切れた?

 違う! どうして、歴史に疑問を抱いた僕を否定された?

 違う!! ……真実を、僕が知ったら?


 納得できなかった。理性も知性もないと言われた。

 僕は――――共存が叶っていたのなら、協力できるのなら、共に在れればと。


 この国は緑豊かで、実りも豊潤で。

 皆、天の恵みに感謝して暮らしていたとあった。僕達の暮らしは天の恵みあってのもの。


 いつからそれがしまった?

 いつからその対象が、先祖の功績に?



 ――――先祖の功績は本当に、功績だったのか?



 何かを掴みそうだったその時扉が叩かれ、「謁見の準備が整いましたので、ご案内致します」と声が掛かった。

 聖女殿がソファから立ち上がり、他の三人もそれに倣う。


「あ……」

「真意はシルフィード国王ヴィアス陛下にただします。場合によっては、お覚悟頂くことになるかもしれません」


 絶対的な意志を真っ直ぐと宿す瞳を見て、何も言えなかった。

 グッと拳を握り締め、聖剣を預かっているが故に彼等の後に続く。


 騎士団長を先頭に謁見の間までを進むが、朝の早い時間だからか、登城してくる貴族らの姿は見なかった。それどころか、城で働いている侍従や侍女の姿さえ。

 どことなく不審に思いながらも謁見の間へと辿り着き、明朗な声で勇者一行の入場を宣言した騎士団長が前を譲り、聖女殿を先頭として入室する。


 左右にそれぞれ三十人ほどの騎士たちが並び、壇上の玉座には父上、その隣に母上が座し、兄と姉は両陛下を斜め後ろから挟むようにして立っていた。

 中央まで進み、頭を垂れる聖女殿。


「遠い地からようこそお越し下さった。頭を上げるがよい」

「感謝致します」


 家族は皆、微笑んでいる。おかしな様子はない。

 けれど何か違和感を覚える。こんなに騎士を配置する意味は何なんだ?


「御一行には愚息が迷惑を掛けた。何分王族としての自覚が足りぬ故、表には出せぬと控えさせておったのだが……」

「いいえ。訳を伺えば、危機に瀕した国民を救おうと動かれたとのこと。私はその心だけは王族として足るものであると考えております。……不躾ながら一つ、聖女として問います」


 凛としてその場に立つ聖女殿、彼女から遂にその言葉が父上へと紡ぎ出された。


「王陛下、私は聖女であるから断言できます。ダンジョンにある筈の守護水晶が何故、この城の中から気配を発しているのですか。土地を守護する為に創造神が齎した守護水晶は、在るべき場所になくてはその真価を発揮しません。決して国の……人間の物としてはならない筈です!」


 場に静寂が落ち、黙したまま兄が手を上げる。

 すると室内にいる騎士の全てが一斉に剣を抜き、聖女殿らへとその剣先を向けた!


「なっ!? これは、これはどういうことです!?」


 堪らず口を開いて問えば、玉座の父上はクツクツと笑った。


「トールよ、見て分からぬか。例え大国の王女であろうと魔王討伐の力ある者らであろうと、国の宝を奪おうとする者には立ち向かわねばならんのだ!」

「チッ! やっぱそういうことかよ。騎士配置してっから、ンなことだろうと思ったぜ」

「何故です! ソルドレイク、我が国がこのようなことを知れば、戦はまぬがれません!!」


 悲痛な聖女殿の問いに答えたのは兄。


「結界がある限り、我が城は魔物から守られる。何も動きを見せない魔王なぞ取るに足らんな。……さて、勇者御一行は魔王討伐の道中、我がシルフィード国領にて棲息する魔物により無念にも散った。援護の為我々も後から向かったが間に合わず、既に変わり果てた姿と成り果てていた。筋書きとしては、こんなところかな?」

「兄上!!」

「トール。血を分けた実の弟よ。王たる父上も時期王である俺の忠言も、幾度となく否定したお前はこの国において、既に危険分子と成り果てた。残念だが、お前も一行と共に散るがいい」

「な、にを……」


 冷たい視線が突き刺さる。

 兄はおろか、父上も、母上も姉も家族である筈の僕を、まるで壊れて遊べなくなった人形のように捨てると……!? 家族なのに、僕を、殺すと……?


「……下衆が」


 賢者殿が呟いたと同時、聖騎士殿が剣を構え、盗賊殿も短剣を手にする。


「フッ、城に張り巡らされている結界は魔素を吸収する故、賢者は魔法を使えぬだろう! この人数の騎士たちを相手にトールを除き、たった四人で勝てると思うのか! ……四人? 数が足りぬような気もするが……まぁよい。さあ騎士たちよ、勇者一行を打ち倒せ!!」

「トール殿下、聖剣オルトレイスを構えて下さい!」

「っ」


 何が起きているのか、この場にいた筈なのに理解ができない。

 何もかもの感情が追いつかず、現実離れした世界の中に聖女殿の言葉が届いて、手が勝手に聖剣を構えた。


 どうしてだ。何故だ。何でこんなことに。

 何がいけなかった。どこから間違っていた。

 僕はただ、父上や兄の助けになりたくて学んでいた。助けたかった。


<……たすけて……>


 こんな筈ではなかった。

 僕はただ、誰かを助けたかっただけなのに――……。


<……たすけて……>


 助けたかった。

 …………助けたかったんだ!!



 ――――カタカタカタカタ!!



「なんっ!?」


 手にしている聖剣が突然振動し始めた。

 そして武器を構えて騎士らを見据えていた四人が、同時にハッとするような気配をさせたかと、思うと。



「――――…………ァァァァァァアアアアアア!!!」



 次第に大きくなる何かの音が人の叫び声だと認識した瞬間、ガッシャーーーーンッッッと謁見の間の右上窓が突き破られて、何か大きな物体がそこから落ちてきた。

 いや、落下は途中で止まり、それを掴んでいる人の形をした鳥型魔物の翼が大きくバサリと羽ばたく。


「……あー、あともうちょっとで地面とこんにちは♡するところだったわねェ」

「死ぬかと思った。死ぬかと思った!!」

「コケコッコォ」

「『怖がりすぎぃ』ですって」

「俺はただの人間なの!! 普通の人間は普通に死にます!!」

「生きてるじゃなァい。てか勇者なんだから普通じゃないわよねェ」

「コケッ」

「勇者を人外みたいに言うのやめてくれます!?」


 今まで緊迫していた空気が霧散した。

 誰も彼もが派手に侵入してきた人物達へと、視線が釘づけになる。僕も、信じられないとただ一人を見つめる。


 僕に教えてくれた時のように、話している。

 アレは僕らを襲ってきた魔物達だ。けど、彼はまるで遺恨などないと言うようにそれらと話している。

 歴史書に記されていたように、かつて人と魔物が共に在ったと体現するかのように。



「――勇者殿!!!」



 無意識に叫んだ言葉は彼へと届いて、僕を見た彼は目を見開いた。

 そして。


「あ、トールだ。無事に帰れたんだな! お帰り!」



 そんな脱力するようなことを、言ってきたのだった。

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