休憩時間 王子は勇者という衝撃に出会う 中編

「この字の形としては、人間と人間が支え合っている姿を模しています。つまりですね、人は人によって支えられています。極論で言えば、協力し合わないと人間は生きていけないんです! 一人で突っ走る前に誰かに相談! 王子様なんだから直訴じきそすれば誰か一人くらいは聞いてくれる人が居る筈! 報告・連絡・相談! 適材適所!」


 僕には、僕の話を聞いてくれる人はもういない。

 だから自分がしなければ、自分が行かなければと考えた。


「お部屋から抜け出すの、最初の一回でできました?」


 できなかった。

 腑抜けていても、最初は見つかって戻された。


 僕の話をちゃんと聞いて、教えてくれる人がここにいた。

 どうして僕が行ってはダメなのか、ちゃんと理由を教えてくれる。


 どうして。どうして“今”なんだ。

 間に合わない……。……いや、まだ間に合うのか?


「……勇者殿なら、救えるのか? を」



 ――教えてほしい。まだ僕は、間に合うか?





 襲撃してきた魔物に勇者殿が敗れ、従者が彼を救うために連れ去られてしまった。

 僕はずっと従者に庇ってもらっていて、自分が魔物に狙われていることに恐れを抱き、どうすればいいのか考えることさえできなかった。



『トール。魔物は悪い生き物だ。人間と魔物が仲良くなんて、そんな訳はないだろう』



 襲ってきた。アイツの狙いは僕だった。

 勇者殿を襲撃し、従者を連れ去ってしまった!


 父上と兄が言っていたことが正しかったのか。

 けど、あの魔物は確かに理性も、知性もあった。ニワトリの魔物と連携を取っているように見えた。


 取り残されたままただ茫然と空を見上げていたら、「ちょっと出掛けてきまああああああす!!!」と小さいながらも声が聞こえる。

 そして枯れ木の向こう側から、人間が急に飛び出してきた。


「おいっ、何があった!!」


 頭巾ずきんを被った少年がそう言って、僕がいるのも気づいていない様子で勇者殿へと一目散に駆け寄る。

 その後から紫色のローブを着用した人物と少女……彼女は遠目から見たことがある。ソルドレイク王国のエミリア王女までが出てきて、場の惨状に息を呑んだ。


「カイン! ……まさか、石化ですか!?」

「……そのようです。聖女、貴女なら解除可能でしょう」

「はいっ! 浄化の力リュミアレンス!!」


 彼女の持つ杖に埋め込まれている宝珠が白い光を放ち、勇者殿に掛けられた異常が取り除かれる。

 勇者殿の無事に安堵する間もなく、頭巾の少年が焦りもあらわに彼へと詰め寄った。


「サトーは!? サトーはどこだよ!?」

「……変異種のハーピーに、浚われた」

「っ、カインがいて何でそんなことになるんだ!!」

「ビ、ビル! 落ち着いてくだ――」

「コールドワークの時とは違うんだよ! 戦闘痕があるこの状態見たら分かるだろ!? サトーは戦えないんだぞ!? 戦えるヤツが、守れるヤツが傍にいるから二手に分かれたんだろうが!!」


 少年の怒りが混ざった乱暴な言葉に、王女がビクリとする。

 普通であれば無礼だと注意するものの、あまりにも緊迫しピリついた空気に口どころか、身体を動かすことさえ許されないように感じた。


 項垂うなだれて言葉を発しない勇者殿に、ローブの人物が僕へと身体を向けた。


「……なるほど。確かに変異種は通常種よりも強い魔物。サトー殿は貴方を守るために聖剣を置いて、浚われたのですか」


 彼の発言に少年と王女も今気がついたとばかりに、バッと僕を見る。


「貴方は……」

「何でサトーがそんなことするんだよ!」

「……その男が、この国の王子だと名乗った。村からサトーにずっと付いて回っていたニワトリは、コカトリスだった。私がヤツの石化に掛けられ、ハーピーがベネロ草をチラつかせて、それを呑んだサトーが連れ浚われた……っ!」

「!? ニワトリ……何で、ハーピーも俺の探知の力ディテクションに引っ掛からなっ……くそっ!!」


 ダンッ!と木の幹を殴りつけた少年を、ハッとしたように勇者殿が見た。


「力を使っていたのか……? どちらもここからは遠い森に棲息している魔物だ。初めから、近くに潜んでいた可能性を知っていたのか!?」

「ハーピーだけならな」

「何故言わなかった!!」

「お前らがくだんねーことで揉めたからだろうが! あの流れで俺が話したとして、お前らまとまって動いたのかよ!? 絶対意見割れて別れるだろうが!! ……だからサトーだけには話していて、気配消しの力ディスピアも解除してた。俺だって探知の力ディテクション使ってさぐって、魔物なんか引っ掛からなかったから、二手に別れることを同意したんだっ……!」


 激しくも次第に苦しげに吐き出される内容に、勇者殿は拳を握り締め、王女は顔を青褪めさせる。

 ローブの人物だけが僕の方を……いや、僕の背後を見ているのか? 僕の後ろには、まるで生きているかのように自ら動き、地面に突き刺さった剣がある。


 恐らく賢者殿だろう、彼は暫く剣を見ていたかと思うとおもむろに向かってきて剣を抜き、そして僕へと差し出してきた。


「……聖剣が言っています。サトー殿は貴方と聖騎士を守るために、自分を置いて行ったと。聖騎士はもう自身で身を守れます。ならばサトー殿が不在の間は、聖剣は貴方が持つべきです。シルフィードの第二王子」

「ぼ、僕のことを知っているのか? ……え、聖騎士? か、彼は勇者殿では!?」

「……各国の現王家に連なる人間は覚えています。あれは聖騎士です。……魔物に浚われた彼が、勇者です」

「なっ……!」


 彼が勇者殿だと?

 勇者殿が僕達を守るために、大切な聖剣を置いて……?


 確かに、彼は冷静に状況を見ていた。

 ハーピーの動きに注視しながら、コカトリスに妨害されても僕を激励し、守ってくれていた。

 魔物と会話を試みようとし、意志疎通を図ろうとしていた。


「あ、あの魔物達の狙いは僕だった……っ! 彼の、勇者殿の言う通りだ。僕の危機管理がなっていなかったから、僕のせいで彼が連れ浚われることにっ!」

「……責任の所在は後回しにしましょう。そこの三人もです。今は何を置いても、魔物に浚われたサトー殿を……」


 振り返り淀みなく話していたが途中で不自然に止まり、再度手にしている聖剣を見つめる。

 他の三人の顔も何故か同じように聖剣へと向けられていて、一体何が起きているのか分からなかった。


 そしてハァと賢者殿が小さく息を吐いたと思ったら、「所持していてください」と僕の手に聖剣を持たせてきたのを、混乱しながら受け取るしかなかった。


「……アンタ、本当にこの国の王子さまなわけ? 怠惰たいだな穀潰し王子って一応聞いたことはあるけどさ」


 頭巾の少年が猜疑さいぎも顕わな態度で言ってきたことに、素直に頷く。

 僕が周囲からそう呼ばれているのは、紛れもない事実だから。


「そうだ。僕はトール=カーネッツ=ラダ=シルフィード。確かなことだ」

「ふーん。じゃあさっさとこの王子さまお城に届けて、森に行こうぜ。こんなトコに置いてって、もし王子さまに何かあって、シルフィードからソルドレイクに責任問題勃発しても困るよなー?」

「っ、何という事を言うのですかビル!?」

「事実じゃん。国で立場がある人間って大変だなー。どっちも両立しなくちゃだもんなー」

「言葉が過ぎるぞ!!」


 棘を多分に含んだそれに対し、より場の空気が悪くなり始める。



 全部、全部僕のせいだ。

 僕が城から出なければ魔物に襲われることも、勇者殿が浚われることも、彼の仲間が険悪になることもなかったのに。


<……た、す……けて……>

「!」


 肩が揺れ、目の前が暗くなりかけた時。



「いい加減になさい!!!」



 賢者殿の鋭い叱責が空気を震わす。


「私達がここで立ち止まっている今もサトー殿は危険に晒されています! 彼がいま命の危険に晒されていないとは言え、猶予ゆうよがいつまであるのかも知れないことは明らか! 私と聖女は情報共有を失わせた責任。聖騎士はここの魔物が森にしか棲息していないと、固定観念に囚われた責任。盗賊は……己の力を過信した責任。サトー殿がこうなってしまったのは、私達全員の責任です!」

「「「……」」」

「サトー殿を救出しに向かうことは最優先事項です。ですがその彼が身をていして守ろうとした、この国の王子をここに捨て置くことは、彼の思いにそむくと同義。……聖剣なくともキングサハギンと打ち解け戦闘にならなかった、彼の力を信じるべきではないですか?」


 全員の責任。


 賢者殿の言った言葉には、誰からも言葉が返らなかった。

 黙すその様子は、誰もが己の責任として抱いているのだと感じられた。


 その後は僕を護衛するように適度な距離で囲み、城へと向かって歩く。

 僕が乗ってきた馬は焦るあまりに繋ぐのを忘れていたので居らず、帰巣本能により既に単体で戻っていることだろう。


 道中に聖剣がカタカタと振動することもあったが、勇者殿の危機ということでもないそうなので、そこは心底安堵した。

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