休憩時間 王子は勇者という衝撃に出会う 前編

 こんな筈ではなかった。

 僕はただ、誰かを助けたかっただけなのに――……。




 僕はこの大陸唯一の国、シルフィード王国の第二王子として生を受けて誕生した。


 父上に母上、兄と姉、そして末の王子である僕。

 幼い頃はまだ何も分からなくて、教育係から教わることを一生懸命に学んでいた。兄も姉も優秀だと教育係はいつも言い、僕も立派な王子になりたいと必死に書物を読んだ。


 その頃は、家族は皆優しかった。

 トールは努力家で、素直で良い子だと褒めてくれた。そのまま成長して、立派なシルフィードの王族として時期王となる兄を補佐するのだと言われてきた。

 いつからだっただろう、皆が僕に優しくなくなっていったのは。



 ――きっかけはあった。

 国の歴史が記されている書物を読んで、疑問を抱いたのだ。


 先人のおこした政策を学び、もっと国が豊かになれば良いと思ったから、書庫にある歴史書物は全て読んだ。

 書物には確かに国が興った時から現在までがずっとつづられていたが、途中、どうにもおかしな部分があって納得がいかなかった。


 それを教育係にどうなっているのかと聞いて、そしてその後、父上に呼び出された。



『書物にしるされていることが全てだ。おかしな部分などない』

『ですが父上。途中までは人と魔物が共存し、魔物が大陸を豊かにしてくれ、人はその恩恵を受けていたと。それが何故ここ――この時代から人が急に魔物を討伐対象と見なし、攻め入っているのですか。それに魔王が現れている時でも、この大陸の魔物は人に害を及ぼさなかったと――』

『トール!! 魔物は人間を襲うのだ! 理性も知性もない魔物を討伐し、民のために国をより栄えさせた先祖を、お前は侮辱するか!!』

『っ!? そんなつもりでは……。ただ、僕は』

『記されていることが全てだ。何も間違ってなどいない。私達は、正しい道を歩んでいるのだ』



 教育係から教わることだけを学べと、父上はそう仰った。

 それ以降書庫は歴史書のあるところのみ立ち入りを禁じられ、ならば優秀な兄と姉はどう考えているのだろうかと確かめに行った。


 そうしたら、兄が。



『トール。魔物は悪い生き物だ。人間と魔物が仲良くなんて、そんな訳はないだろう』

『しかし兄上。でしたら何故、魔物が大陸を豊かにしたなどと書物に――』

『いいかい。それは人間にまだ魔物と対抗する力がなかったからだよ。人間は魔物の奴隷だったのさ。そうでも書かないと、魔物に殺されるからだとは考えなかったかい? 魔物は悪だよ、トール』



 言い聞かせるように、そう言われる。

 姉は兄へと頷き、僕の考え方はおかしいとなじった。


 それからどことなく父上と兄から向けられる視線に変なものが混ざり始め、母上と姉もそんな彼等の態度に追随ついずいするようになった。


 城内は居心地が悪く、何だか学ぶことも億劫おっくうになって、教育係から逃げるように人気のない場所に身を潜め始めた。

 僕が納得いかない様子を少しでも見せたら頭ごなしに、「これが正しい。間違っていない」と言われるようになったから。


 ……ただあの歴史は本当に正しいものなのかと、どんな理由でそうなったのかを、知りたかっただけだったのに。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 城内の庭に生えている一番高い木に登り、そこから見渡せる森の景色が好きだ。

 長閑のどかで、きっと空気もここより良くて、たくさんの生き物が暮らしているんだろう。


 この大陸にも魔物が棲息しているらしいが、城には魔物が絶対に入って来られない結界が張ってあるから安心だと言う。


 どうやって結界が張ってあるのか、僕は知らない。教えてもらえない。

 ……あの森に行けば、魔物に会えるだろうか? 魔物は本当に理性も知性もなく、ただ悪の存在なのだろうか?


 知りたかった。

 話を聞くだけで、本当はどんな存在なのか見て確かめないと、そうだと言い切れない。

 人間だって今はないけど、昔は国同士で戦争を起こしていた。


 人間が良い者達ばかりでないことは、ちゃんと解っている。

 盗みを働くし、戦争で同じ人間を殺すことだってあるのだ。人間がそうなのに魔物だけが悪だなんて、そんなことはあるのだろうか?


 そう思って森に行きたいむねを告げたら、自室から一歩も出るなと命じられた。

 ちゃんと勉強しろ、考えを改めろと頭ごなしに言われ、納得いかなくて無視した。


 そうしたら、お前はシルフィード王族の恥だと言われるようになった。

 先祖の功績を顧みないうつけ者だと。


 国王である父上や時期王である兄が、それに追随する母上や姉を見て、城で働く者達も僕を腫れ物に触るような扱いをするようになった。

 僕の存在は兄を支える努力家の第二王子から怠け者の穀潰し王子になって、王族にいらない者として、空気のような存在へと転落した。


 そんな頃だ。

 あの声が聞こえ始めたのは。


 無気力になった僕は時間を無為むいに過ごしていた。

 自室の窓から何を思うこともなく、ぼんやりと外の景色を見つめていて。


<……けて……た……けて……>

「?」


 初めは空耳かと思った。

 けれど声は耳から聞こえるものではなく、直接頭に響いていることに気づく。


「何だ。誰だ!? 誰が僕の頭の中で喋っている!?」

<たすけて……。力が……なくて……たすけて……>

「……何なんだ。この声は」


 頭がおかしくなったのかと思ったが、断続的に聞こえてくる声はとても悲痛で悲哀に満ちていて、とても無視できるようなものではなかった。


「どうして僕に助けを求める? お前は一体何なのだ!」

<力がない……。閉じ込められて……。たすけて……たすけて……!>


 それからもずっと救助を求めてくるその声に、もしかしたら国民の誰かが、どこかで僕に助けを求めているのかもしれないと思うようになった。

 誰からも認められない僕なのに。必要とされていない僕なのに、助けてほしいと。


 国は民の力で成り立っている。

 ならば僕は王子として民……民じゃなくても誰かを守り、救わなければならない!


 声は、力がないから閉じ込められていると言う。

 では力があれば助けられるのかと思って、身体を鍛え始めた。城に魔物は入り込まないと警戒心を失くしている衛兵どもなぞ見た目だけなので、書庫から剣術などの知識を得て一人動きを練習する。


 家族も、城で働く者さえも僕のことを何も気に掛けなくなったから、見張りも気を抜いていて部屋から抜け出すのなんて何とも簡単なことだった。

 そして声が閉じ込められている場所の心当たりだが、恐らくだが城の結界のことなのでは、と思う。


 人気のない場所や重要と思われる場所を何日も掛けて探してみたが、しかしどこにも結界のみなもとらしきものを見つけることはできなかった。


<時間がない! たすけて! たすけて!! たすけて!!!>


 頭の中の声が焦燥に満ちて響く。

 弱弱しかった声が強く叫ぶようなものへと次第に変わっていって、もう猶予ゆうよがないのだと理解する。


「どこにいるんだ……っ!!」


 城の中は全部探した。

 一番重要だと思われる宝物庫にだって何とか入って、隅々まで見たんだ。閉じ込められているのを意味しているのは部屋だけでなく、封じられているとも考えて片っ端から調べたのに。


 繊細せんさいな模様と宝飾が施された壺や水差し、何代か前の王が着用されたとされる鎧や盾、短剣を掲げる彫像、色とりどりの宝石などが並ぶ中で、最早これは一体何に使うのかと思うような、どう見てもガラクタだろうというものまで。


 覗けば遠くが近くに見えるという道具を唯一手にし、どうすることもできず何の進展もなく失意の中、自室に戻る。

 部屋の窓から二つの筒を覗き込んで、真っ青な青い海を見つめた。



<たすけて! たすけて!!>



 手が震える。筒から見える青い景色がにじんで、ゆらゆら揺れる。

 唇を噛みしめ必死に耐える。けれど、堪えられないものが胸の奥でジクジクと痛んでいる。



 僕が間違っているから、見つけられないのか。

 僕が間違っているから救えないのか。



 ――たった一人の、必死に願う、その手さえ



「……?」


 見える青に異物が混じる。


 船が一せき、こちらに向かってやって来ている。

 何故だろう、随分と前から貿易は止まっているのに。


 気を抜いている城の者らは僕が近くに潜んでいたことも知らず、話に花を咲かせるのを聞いていたから知っている。

 新たな魔王がこの時代に生まれ、その影響からなのだと。けどこの城に居れば守られているから安心だ、と。


 一昔前に国同士の戦争があった時代には海賊という、荒くれ者が存在していたことは書物から学んでいた。

 もしや、魔王が生まれたから、海賊もまた姿を見せるようになったのか……?


 そしてもう一隻の船が大陸からあの船に向かって行くのが見え、そして戦い始めてしまった。

 戦況を見守っていたが何と海賊に敗れ、ロープで縛られて捕虜にされている!


「何と言うことを……っ! よくも我が国の民を!!」


 悪逆非道な行いに怒りが突き上げた。

 居ても経ってもいられずに剣を携え、厩舎きゅうしゃから一頭馬をかっぱらって急ぎ現場へと向かう。


 救わなければ!

 何としてでも僕が救わなければっ!!


<……たすけて……>



 ――自分が“何を”救いたいのか、もう、見えなくなっていた。

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